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スペシャルなゲスト

「え〜、今日はなんとですね、君たち卒業生のために、スペシャルなゲストに来てもらっています」

 スペシャルなゲスト?

……まさか、テレビとかでよくやってる『母校での卒業ライブ』ってやつ?

 その瞬間、体育館内が女子の黄色い声でうめつくされた。女子を中心にみんなが立って、スペシャルなゲストを迎えた。

「え、あれって最近話題のKAIじゃない?」

「え、嘘〜! あたし超ファンなんだよね〜! KAIさ〜ん!」

 後ろのB組の女子が隣の女子と一緒に声を張り上げる。厳粛な雰囲気が一瞬にして崩れた。

「この前のオリコンで初登場で十位だっけ? ヤバくない?」

 最近の若いのはなんでもかんでも『ヤバい』を使いたがる。そんなに言う必要がないのは分かっていたが、気付いたらオレも隣の内原と『ヤバい』を連発していた。

「みなさんこんちはっ!」

 KAIさんが定番の挨拶をしてマイクをこちら側に向ける。

「こ〜んに〜ちは〜〜!」

 校歌を歌った時の数倍は声が出ていた。きっと体育教師達は「校歌もそのくらい歌え」と思っているに違いない。

「おぉ〜元気いっぱいですねぇ〜。三年生のみなさん、卒業おめでとうございますっ。えっと……もう知ってる人が大半かな。KAIと申します。オレのこと昔から知ってるって人!」

「は〜い!」

 だいたい体育館全体の五分の三くらいは手を挙げただろうか。もちろんオレも手を挙げた。手を挙げた人の中に、教師では一人だけ、それはそれは熱烈なファンだろうと思われる人がいた。女性の英語教師の鮫島先生だ。その鮫島と言う苗字がいかつくて、気に入っていないらしく、「早く結婚したい」がいつもの先生の口癖だ。へぇ〜、鮫島先生もラジオ聴いてたんだ。

「え〜っと、実は、僕はこの高校のOBでして。えぇ。ちなみにそこで手を挙げている鮫島京子先生は、同級生でした。付き合っては無いですけど」

 最後の一言のせいか、今度は鮫島先生に向かって声援がとんだ。それは、黄色いと言うより、少しピンクがかった声援だった。鮫島先生は顔を真っ赤にしながら、「そんな余計な事、言わなくていいの」と口パクで必死にアピールした。いや〜、KAIさんや先生の学生時代を見てみたいわ〜。

 KAIさんのトークが続く。

「え〜、三年生の皆さんはこの後屋上から紙飛行機を飛ばすと思うんですが……」

 あっ、たった今思い出した。たしか、西岡さんから卒業前夜プチパーティーの案内を渡された後、ピンクの紙にメッセージを書いて紙飛行機にしたっけ。あれって卒業式に飾られるのかと思ったら、そんなことするのか。

「実はオレが、一番最初に紙飛行機を飛ばした男です。……びっくりしました? 卒業前に何か残したいなって思って、クラスメイト数人と紙飛行機を飛ばしたんですよ。それで、たまたま隣の天王山高校の卒業式を中継していたテレビ局の人がオレの紙飛行機を見つけて、ちょっとしたニュースになったんですよ。……えっ、あぁ、何を書いたのかと言うと、え〜……歌詞を書きました。それが今から唄う、『ノスタルジック・メモリー』だったんです。この曲はオレが三年の時の文化祭で初披露して以来、ずっと歌い続けてます。思い入れのある曲です。じゃあ、そろそろ唄いましょうかね。歌詞に注意して聴いてください。あの頃を思い出しながら歌います。『ノスタルジック・メモリー』」


 毎日通ったこの道 あなたとの最後の帰り道

 無理矢理作った笑顔で だんだん切なくなってきた。

 かぶってた学生帽とって あなたが自分の頭に乗せて

 深くかぶったぶかぶかな帽子で 真っ赤の瞼を隠した。 


 〜


 昨夜、梓と一緒に聴いたのを思い出す。なんとなく梓の方を見てみると、なんと梓もオレの方を向いていた。ずっと瞬きもせずに、オレを見ている。と言うより、目に焼き付けていると行った方が上手く当てはまるかもしれない。澄んだ黒い瞳が、何かを訴えようとしているように思えた。鼓動が、徐々に早くなっていくのが分かる。だんだん恥ずかしくなって目を背けようとしたが、二人とも背けるタイミングを逃してしまっているようで、ずっとお互いに見つめっぱなしだった。


 その間、時間はモノクロで止まっていたようだ。オレと梓だけが感じている空間。いわば、二人だけの空間。ぽっかりと空いたその空間で、オレも梓も、瞬きなどしてはいられなかった。


「思い出すのは〜やっぱり〜あなたの熱心に勉強してる〜横顔だった〜」

 曲が終わった。しかし、しばらくはシーンとしていた。体育館全体が曲の余韻に浸っていた。それから少しすると、拍手が起きた。それまでのどんな場面よりも拍手が大きかった。

 時間はやっと動き出したようで、オレも梓もほぼ同時に目線を移した。あの瞬間(空間)はなんだったのだろうか。さっき目線を移すと同時に静まった鼓動が、またエンジンをかけたようだった。

 目線を移した先には、何人か数えるのが大変なくらいの数の女子が泣いていた。梓の隣の井藤さんも泣いていた。オレの隣の内原も泣いていた。涙が徐々に伝染していって、体育館全体がもらい泣きしていた。

 それから数分経って、落ち着いてきた頃、KAIさんは、最後のトークが終わらせ、司会進行役の岩内先生の案内で、来賓席に座った。たまたま真っ正面に位置している鮫島先生と目があって、はにかんでいた。

 まだ少しざわざわしていたが、岩内先生は式を進めた。オレと梓は、やっと目をそらすタイミングをつかんで、同時に席に座った。向こうの方で感動しきっている坂木や高橋は、自分の第二ボタンをはずすと、それを握った手の中で大事そうにしていた。ま、まさか……。

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