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卒業式

 冷めた雰囲気の中、担任の如月(きさらぎ)先生が教卓に立って、話し始めた。

「え〜、あと三十分で式が始まります。え〜、今から配るやつを自分の制服の胸のところにつけてくれ」

 そう言うと、花にリボンがついたようなものが配られた。いかにも人工だと分かるプラスチック製の花で、リボンには多分筆ペンで書かれたであろう文字で『第七十二期 卒業生』と書かれている。紅葉高校って、意外と古い歴史があるんだなぁ。

「みんな付けたか〜? 付けたら廊下に並べ」

 ざわざわとしながら、廊下に出ると、出席番号順に並ばされた。オレは神崎だから、前から六番目。ちなみに梓は上岡だから、四番目。前に立っている内原が邪魔であまり見えないが、トレードマークのポニーテールが時折、春風に揺れているのが見えた。梓はその前の井藤さんと微笑みながら話している。

 井藤さんはいかにも『文学少女』って感じで、いつも休み時間には小説を読んでいる。

二年生の時には、生徒会に入っていて、生徒会新聞を締め切りギリギリまで忘れていたと言うのに、三分で完成させたと言う伝説を残している。眼鏡をかけていて、いつもスカートは折り曲げたりせず、膝下までちゃんと伸ばしてある。しかし今日はそのスカートが膝上まで微妙に上がっている。とうとう井藤さんも色気づいたのかな? 

 そんな想像を膨らませていると、後ろの木下の指が、オレの肩を何回もつついた。

「前、見てみ」

 木下に言われた通り前を見ると、さっきまでいた出席番号五番までの人の姿が見当たらなかった。

「あれっ、みんなは?」

「体育館」

 またぼ〜っとして周りを見ていなかった。オレより前に並んでいた人はみんな先に行ってしまっていたのだ。ちょっと一言くらいかけてくれれば良かったのに。

「早く進んでくれないとオレらが進めないんですけど〜」

 嫌味たらしい木下だったが、さすがに今回はオレが悪いので、反論することは出来なかった。

「ごめんごめん。今から進むから。ハハハ」

 オレは小学生みたいに廊下を勢いよく下った。やっと前の内原が見えたと思ったら、もう体育館の側だった。

 体育館に近づけば近づくほど、厳粛な雰囲気に包まれそうになった。体育館内では、二年生の主任である岩内先生らしき声が響き渡っているのが分かった。きっと最後に注意事項を確認している最中なのだろうと思う。

 やがて、吹奏楽部の演奏が始まった。曲名は分からないが、卒業式にピッタリな華やかな曲だと言うことだけは分かった。

「卒業生、入場」

 岩内先生の声だ。その声と同時に、まずはオレら三年A組から入場しはじめた。拍手に包まれながら真ん中に敷いてあるレッドカーペットをゆっくり進んで、自分の席に座る。それをF組まで繰り返すと、流石に疲れたのか、拍手が徐々に小さくなっていくのが分かった。全員が揃ったところで、教頭先生が開会宣言をして、その後、国歌・校歌斉唱に移った。

「きぃらめぇくぅ我らのぉ〜〜こぉおよぉおこぉこぉ〜」

 七割の元気いっぱいの歌声と、三割の音痴な歌声が混ざって、不思議な国歌・校歌斉唱になった。それが終わると、卒業証書授与が始まった。ステージの真ん中へと続く階段を、赤嶺(あかみね)が登っていく。校長と一礼を交わし、卒業証書が授与された。その後も朝倉、井藤と続き、梓の番になった。

「上岡 梓」

「はい」

 ゆっくりと階段を登る梓は、もう少しで溢れだしそうなほど、下瞼(したまぶた)に涙を浮かばせていた。卒業証書が授与されて、ステージ横の階段をゆっくりと下りて自分の席に帰ってくる頃には、もう涙はこぼれてしまっていた。それを見ながらぼ〜っとしていると、辺りが徐々にざわめき始めた。

「……神崎くん?」

 真ん中のレッドカーペット側の一番はしっこに座っている西岡さんが、昨日肩を叩いたときのように、オレのズボンのポケット辺りを軽く叩いた。オレがびっくりして西岡さんを向くと、昨日ハナケンを指さしたように、ステージの方をさした。ステージの方を見ると、校長が薄ら笑いをうかべていた。

「あ、やばっ」

 辺りのざわめきは、オレがぼ〜っとしていて、名前を呼ばれているのに気付いていなかったせいだと言うのがたった今分かった。顔を赤らめながら担任を見ると、やっぱり薄ら笑いをうかべながらため息を吐いていた。

「神崎 潤」

「はい」

 校長の前まで進むと、皆と同じように卒業証書を受け取り、皆と同じように横の階段をゆっくりと下りて、自分の席に座った。ほっと一息ついて、目線をステージに移すと、坂木がちょうど卒業証書を受け取り終わったところだった。坂木が下りてくるのを見ていると、坂木と目が合った。坂木は目が合ったとたんにニヤけて、声を出さずにわざとらしく笑う仕草をした。それを見ていたのか、その何人か後に高橋が同じような仕草をし、ハナケンも同じような仕草をした。最後の最後にこんな場面で笑われるとは……情けないもんだな。

 最後にF組の若林くんが卒業証書を授与されて、自分の席に座るのを見計らって、岩内先生が次に移った。

「学校長、挨拶」

 校長が横の階段をゆっくりと登っていく。しっかり胸を張っていて、堂々としている。実は今の校長はオレらが三年になると同時に赴任してきた新しい校長で、迫力だけは県内のどの高校の校長よりも勝っていると言われている。まぁ、前の校長が弱々しかったから余計にそう思うのかもしれないけど。その校長の長ったらしいであろう話が始まっても、オレは前の校長と今の校長を頭の中で比べてばかりいた。

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