【ろくろ首】(8)
「うふふ、うふふ」
鈴を鳴らすような、涼やかな声を立てた逢坂結女乃が、うつむいていた顔を上げた。
そして、前髪に隠れていた顔全体が見えた。
下ぶくれで、顔にできものは目立つものの、面長のすっきりとした顔立ちだった。ほかの女性のようにきちんと手入れをすれば、かなりの美人に違いない。
時に巷にはこのような女性が存在する。自分の容姿の価値を自覚せず、女性の一番輝ける時期に、その宝を生かさずに終わるタイプである。その周りの人間はそれを心より惜しむのだが、今は女性が男性の庇護を受けるために美貌が必須な時代ではない。容姿を保つより、自分の興味の沸くところにエネルギーを使う女子がいるのも今様なのかも知れない。
それにしても、目尻に向かってすっと伸びた切れ長の目と長い睫毛、そしてすっきりとした鼻筋は、旗屋欽之助の上司の梨田祐璃の面影にも似ている。ただ、その目には別な光があった。妖気とでも言うべきだろうか、周りに何か悪戯でも仕掛けるような妖しげな光を帯びている。
「あの・・・」
やがて笑いを消した結女乃は、欽之助におずおずと尋ねた。
「今の2500万の家、私のようなものでも構わないかしら?」
「えっと、はい」
予期しなかった結女乃の申し出に、欽之助はすこしドギマギした。
「なあ、ゆめちゃん、あんたまた・・・」
と、気遣わしげな霜山松子の一言。
「まあ、まあ、ええやないの。買いもんには必ず信用調査が入るし、それで無理やったら縁がなかったと諦めたらええ。まずはゆめちやんのしたいようにさせたり」
「そう?」
そう言って、松子は欽之助を一瞥する。
「あの、ちょっと私も、それ触らせてくださらない?」
結女乃は、欽之助のタブレットのタッチペンを要求した。
「あ、はい」
そう言って、結女乃に手渡そうとした刹那、欽之助の手が軽く彼女の手に触れた。
「あっ・・・」
と、弾かれたように手を引っ込める結女乃。
その刹那の反応があまりに激しくて、むしろ欽之助が動揺をした。
「も・・・申し訳ありません」
と、やっとそれだけを言えた。
引っ込めた手を固く、もう片方の手で握りしめ、まるで辛い仕打ちを受けた子供のように身を丸めて縮こまる結女乃。彼女もまた、絞りだすように言った。
「い・・・、いえ、その・・・」
「あの、その、とにかくすいません!すいません!」
欽之助は、そんな結女乃の姿に、なすすべなく、這いつくばらんばかりに謝り果てるしかなかった。
「わたし、わたし・・・、ごめんなさい。触れられるのはちょっと・・・」
松竹梅の三婆は、面白そうになり行きを見ていた。
「まあの、わしらの若い頃は、みんなこんなもんじゃったのお」
「嘘を言いなさいよ。うめちゃんは、うぶな男子学生をことごとく食い物にしてたって、もっぱらの噂よ」
「バカ言うでない。だが、ボウズ・・・」
「えっ、はい・・・」
「お前さんも、昨今まれに見る・・・、ウブじゃのお」