【ろくろ首】(7)
逢坂結女乃をすっかり脇に退けて、勝手に事故物件で盛り上がっている松竹梅の三婆たち。
「あのな、知り合いがな、建坪が100坪の豪邸を買ったんよ。それもな、庭付きで2000万切っとったんね。こりゃええ買い物したわって、喜んどったら、引き渡しの時にな、なんか嫌な感じしたんやと。でも、作りも立派やし、欄間の透し彫りなんかもある金のかけてある家やし、あんまり手もかけなくて住めそうだったから、気にしてもしゃあないかな、ってそのまま住み始めたんよ」
「それで」
「その一階に続きの和室があってな、片方を仏間、もう片方を寝間にしたんやと。ある晩な、夜中にギシッ、ギシッって音がする。古い家だから家が軋んどるのかと、そん時は気にせなんだけど、朝、目を覚ましたらな、梁にな、黒い跡がついとるんよ。『あれ?あん跡、知らんかったわ』って、ちょっと気持ち悪くなったんやと」
「面白いわねえ。なんか事件でもあった家なの?」
「いや、そんなに話を急がんと。でな、次の夜も、ギシッ、ギシッって音がするんよ。ややなぁ、って思うたんやけど、そのまままた寝てしもうた。でも、そうちょうど夜の2時くらいやろか」
「来た!来た!丑三つ時!」
「しいっ!少しは黙って!それでな、また、ギシッ、ギシッって音するんよ。それで、完全に目え覚めてしもうて、梁のところを透かしてみたらなあ」
「それで、それで」
「透かしてみたら、梁のところから黒い塊がぶら下がってんよ。なんやろ、と目を凝らしたらなあ、黒い塊がぐるりと回って」
「うんうん」
「ぎろりとこっちを睨んだんよ」
「うわーっ」
「お化けよ、それ!」
突然叫びだした松子と竹子の大きな声に、肝をつぶしたのは、側で聞いている旗屋欽之助の方である。
「それわなあ、・・・髪振り乱した人間の生首でなあ。梁のところからロープでぶら下がっとんのよ。そうやねん、前の家主が首吊りをしとったん。こんな顔でなあ!」
そして、小梅は、目をむきだして、口から舌をダラリとはみ出した顔を欽之助に近づけた。
「う、うわあ!や、やめてください!」
たまらず、椅子ごと飛びずさる欽之助。
「はあ、はあ・・・。ああ、びっくりした」
「なあんや、だらしない。ええ男が」
「だ、だってですよ。山田さんの顔が、すごく怖いから」
「な!なんやて!こら、ボウズ!」
そう言って、小梅は拳を振り上げて、欽之助を打つふりをした。
欽之助が顔を腕で覆って難を逃れようとした時、
「うふふ、うふふ」
鈴の振るように、静かな笑い声がその場に染み透った。
結女乃が突然小さく笑ったのである。
見かけによらぬ、澄み通った心地の良い声である。
「ほう、笑ったのお」
「笑ったわね」
三婆たちは顔を見合わせて、いかにも意外そうな顔をした。
「だ、だって・・・、その方・・・、おばあさまたちへの反応が・・・、とても面白いんですもの」
笑いながら、区切り区切り言葉を発し続ける。
「う〜ん、さてはボウズ、あんた、案外ゆめちゃんに気に入られたもんとみえるの」
(これは、喜んでいいのだろうか)
そう心で思いながらも、欽之助はとりあえず答えた。
「あ、有難うございます」