【ろくろ首】(6)
視線には、不思議な力がある。実際に手で触れたわけではないのに、ジッと見つめると、その相手がこちらを振り返る。
「視線を感じる」という言葉もあるように、強い視線は、相手に自分の念のようなものを送るのかも知れない。
ひょっとしたら、旗屋欽之助が逢坂結女乃から受け取ったのは、そんな念の一瞬だったのかも知れない。
三婆の一人、山田小梅によれば、結女乃は長い間、引きこもり状態だったらしい。確かに、彼女は異様に色が白く、その下ぶくれの顔がそれまでの不健康な生活を物語っている。また、この年齢の女性にしては、顔にニキビのようなできものが目立つ。それが気になるのか、やたら手でさわるので、ところどころ潰れてジクジクと膿を吹き出しているのが痛々しい。
顔立ちは決して悪くないのに、何がそんなになるまで彼女を追い込んでしまったのだろう。
だが、そんな彼女の小説が世の中に認められ、中古だけど家が買えるほどの報酬を手にした。
(きっと、この人はこれからどんどん有名になっていくんだろうな。いつか、あの有名作家さんに家を世話をしたのは僕です、なんて言えたら光栄だなあ)
そんな妄想に浸りながら、欽之助は愛用のビジネスバッグから営業道具のタブレットを取り出した。
「では、さっそく、物件を見ていただきましょう」
そう言って、側面のスイッチでタブレットの電源をオンした。
「ほう、便利な時代になったもんねー」
「昔は、不動産屋にはこっちから出向くか、山ほど見本を抱えてきたもんさね」
三婆たちも感心して口々に声を上げた。
タブレットには、不動産のカタログソフトのホーム画面が表示されていた。美次建設は不動産が本業でないため、市販のカタログソフトにカスタマイズしたものを使用している。経費削減である。
「えっと、若い女性の方の一人暮らしなので、それらしい物件を私の方で選んできました。これなんかどうですか?」
そう言って、タッチペンを軽々と操作しながら、『オススメ』と表示されているフォルダを開けた。
「なかでも、これなんかいいですよ。築30年ですけどしっかりしているし、リフォームはほとんどいりません。なんだったら、家具もそのまま使用できます」
「ほほお、これはいいわね」
「ゆめちゃん、どう」
興味津々で三婆が代わる代わる覗き込む。肝心の結女乃は、ちゃんと見ているのだろうか。
「で、これなんぼ?」
臆面もなく小梅が価格を聞く。
「はい、これだけの物件で、とても考えられないくらいお値打ちです」
「ええから、いくらなのか教えんかいな」
「はい、土地、建物で2500万です」
「2500う?そら、あかんわ」
「え?高いですか?」
「当たり前やん、小説家がいくら貰えると思ってんのや」
「いや、その、『朧の寒苦鳥』は20万部突破って、書いてあったから、その、かなり印税が入ったのかと」
「そやけどな、20万部って言っても、ゆめちやんの本はそんなに高くないから、まあ、一冊40円から50円やろか。だったら、20万部でせいぜい1000万で、税金引いたらいくらも残らんのよ。これから売れる保証もないし、他に収入もないからせいぜい、そうさねえ、これくらいやね」
小梅は欽之助のタッチペンを取り上げると、年齢の割に、サクサクタブレットを高いこなし、価格別に物件を並べ替えた。そして、一番低価格の物件を探し当てると、タップして広げてみせた。
「え!これですか?これは、リフォーム前提で。かなり古いですし、女性の方にはちょっと」
「そやけど、やっぱり先立つもんがなあ。土地建物付で500万、これくらいがいいとこでない?」
「いや、その値段だけでしたら、まだまだ提案できますし」
「事故物件とかな」
「ほお、それは面白そうね」
今度は、霜山松子が食いついた。こういう話が結構好きなのかも知れない。
「壁に、黒いシミがついているとかね」
原川竹子も話に加わる。
「ちよっと、たけちゃん、生々しいわよ」
「ほほほ」
また、三人で盛り上がり始めた。