【ろくろ首】(5)
「す、すいません!お、遅くなりました」
顔を真っ赤にして、汗だくで駆けつけた旗屋欽之助に、
「遅おい!待ちくたびれたわ!」
と、一喝したのは、三婆のリーダー格、山田小梅。
「申し訳ありません!」
上気した赤い顔を、更に真っ赤にして頭を下げる。
「まあまあ、梅ちゃん。電車が遅れるかなんかしたんよ。それより、あんた、そこに座ったら」
霜山松子がとりなしながら、席を勧めた。
「はい、失礼します」
とりあえず知った仲なので、ハンカチで汗を拭きつつ、勧められるまま、まずは席に腰を下ろす。
「本日は、お待たせして、まことに申し訳ありません」
「まあ、そんなことより、こちらが逢坂結女乃さん。有名な小説家さん。あんた、知っとる?」
「あ、はい。『朧の寒苦鳥』今読ませて貰ってます」
そう、丸川の伝言で予習もバッチリである。
「本当に、こんな若い女性の方が書かれていたなんて驚きです」
欽之助としては、精一杯の賛辞である。
しかし、結女乃は、うつむいたきり、特に反応はしなかった。いや、顔を隠した前髪の下、薄く笑ったかも知れない。
「あ、申し遅れました。私、美次建設 不動産営業部の旗屋と申します」
欽之助は、名刺を一枚取り出して、結女乃に手渡そうとした。
しかし、心得ているのか、代わりに受け取ったのは、三婆の小梅だった。
「悪いなあ。この子、あまりしゃべれへんの。だけど、心配いらんよ。用事はみんな私らが伝えるから」
「はあ・・・、有難うございます」
「それでな、実はこの子、今で言う引きこもりみたいなもんでな。家族が転居先を見つけて越して行った時も、ここから動きたくないと言い張って、結局みんな愛想つかして、この子を置いて出ていったんよ。あとは、わずかばかりの仕送りで細々暮らしとったんやけど、たまたま趣味で投稿していた小説が当たってなあ。小金が入ったから、中古の家でも買おか、思うたんやと」
いわゆる引きこもり女子の逆転サクセスストーリーである。どうやら、その当たった小説がくだんの『朧の寒苦鳥』ということらしい。
「それで、また丸川はんに頼もうかと思ったら、代わりにあんたが来とるやない。顔も風体もしけっとる風采の上がらん男やな、最初はそう思ったけど、まあ、別に結婚相手を紹介するんやない、いい家を見つけてもろたらいいんや、そう思い直して、話を聞いたらな、なんや、あんまり頼りにならんちゅうか。丸川はんに聞いたら、まだ新人だってなあ。だけど、まあ、真面目なんは本当だし、一生懸命なのはええことだし、丸川はんも請け負うてくれたし、それでな、あの後三人で話し合って今回は頼んでみよか、言うことになったんよ」
小梅は、欽之助をさんざんこきおろしながら一気に喋ると、喉の渇きを癒すように、ズズズと目の前のコーヒーをすすった。
その話し中、どんな顔をしたら良いか分からず、欽之助はずっと引きつった笑いを浮かべていた。
(さんざん人の容姿をこきおろして、むしろ、僕の両親に謝って欲しい)
その時、ふと見ると、結女乃がこちらをジィッと見つめている。いや、うつむいているし、顔が髪に隠れているからハッキリとは分からなかったが、欽之助には確かにそんな気がしたのである。