【ろくろ首】(3)
「はい、丸川です。なんだ、小梅ちゃんか」
夕日の差し込むオフィスで、丸川尚二は、後輩の旗屋欽之助にさせた使いっ走りを皆からなじられていた。
上司の梨田祐璃にまでたしなめられて、仕方なしに渋々穴埋めを提案しかけたことろ、絶妙のタイミングで丸川の携帯が鳴った。
だから、これ幸いと通話ボタンを押した。
「うん、ごめん。分かってるよ。ずっと約束だったもんなあ。でもさあ、僕、結構やり手で忙しいんや」
「やり手」のくだりで、顔を見合わせる祐璃と二川、そして、下を向いてプッと吹き出す佐山ゆかり。
そんな周りの反応に構わず、丸川は続ける。
「それで、のっぴきならない用事が入って。いや、会社の業務命令。うちの上司が頭を下げて『丸川さん、あなたに頼むしかないからお願い』って。そう、それ。でね、うちに気の利く若いのがいたから行ってもらったんだよ。・・・、そりゃ確かに風さいはさえないけど」
「え?僕のことですか?」と、自分の顔を指さす欽之助。側で佑璃が苦笑いをする。
「ん、・・・、あっ、そう!いつも、有難う。・・・、え?今度も旗屋一人で?そおかあ・・・、分かった。でも、ヤツの都合も聞かなきゃ。また、電話するね」
プチッ。ツー。
電話を切った丸川が振り返って言った。
「おい、ハタキン、喜べ。怪我の功名だ」
「誰からですか?」
「さっきまで話してた団地のおばちゃん達の中に、丸っこい顔のおばちゃん、いただろう?」
「ああ、山田さん」
「あの、おばちゃんがな、客になりそうな若い姉ちゃんがいるから、明日にでも来いって」
「明日ですか?」
そう言って欽之助は、胸ポケットの手帳を取り出して予定を確認した。
「明日なら、午後から空いてます。また、団地の下の『クレーム』で良かったですか?」
「すごい名前だねえ。お店?」
みゆきが聞き直す。
「じゃあ、明日昼から『クレーム』な。連絡は俺からしとく。あと、お前一人で来いってよ」
「えー、また僕一人ですか?」
「しょうがねえだろ、向こうが一人で来いっていうんだから。その代わりよ、これが決まったら全部お前の数字でいいから」
「良かったじゃない」
話を聞いていた祐璃が少し大げさに喜んだ。
「あ、有難うございます」
「私にではなく、ほら」
「はい?」
「旗屋君、ちゃんと先輩にお礼言わなきゃ」
「あ!はい!マル先輩!有難うございます」
欽之助は弾かれるように、丸川に向いて頭を下げた。
「じゃあ、今回のことは、これで全部チャラってことで」
ちゃっかりと帳消しを企む丸川。
そして、
「それとな、今度の客、小説家さんらしいぞ。『朧の寒苦鳥』って本、調べとけって、言ってたぞ」
「え、それ題名ですか?メモりますから、もう一度お願いします」
・・・
さて、その翌日。
旗屋が例の団地のおばちゃん連と約束した喫茶『クレーム』。
そこには、おばちゃんたち3人と、うつむき加減の若い女性が、不動産屋の到着を今や遅しと待っていた。




