【ろくろ首】(22)
おぼろは言った。
「実は、私、あるものが欲しくてならないのです」
「ほう、そなたからとは珍しい。良かろう。なんでも言うてみよ」
「では、私・・・、さる殿御の両の目を所望致します」
今はおぼろの庇護者となっている楠木実資は、彼女の尋常ならざる懇願に眉をひそめた。
「はて、なんと異様なるものを乞うのか。して・・・、それを我がものとして何とする?」
「はい、私には、深い苦しみがあります。そして、それは、その殿御、かつて私の夫であった清九郎殿がもとなのです」
清九郎はかつておぼろと将来を誓いあった仲であった。それを、彼が留守の間におぼろを奪って、今の館に住まわせている。決して実資にとっても寝覚めの良い話ではない。
「なぜ、かつての夫の目を所望する?昔の想い人の目を手元に置いて、慰み者にでもしようてか?」
「いいえ、そうではありません。私の心はもはや旦那様のものです。ただ、時折この館の周りに清九郎殿が現れては、私のことを両の目でじいっと見るのです。それも、昔変わらぬ親しげな眼で。私はそれを考えただけで、胸の潰れる思いでございます」
「そなたの気持ちはわかった。しかし、この都から追い払えば良いだけのことではないか」
だが、おぼろは表情のない白く冷たい面を実資に見せて言った。
「いいえ、あの目がある限り、私の心はまことには旦那様のものにならぬとお知りください」
「まさか、想いを残しているのか?」
「いいえ、あの目は、呪いです」
その会話の後、直ちに手の者が屋敷の周りに潜んでいた清九郎を見つけだした。そして、川べりに連れていくと、彼の両の瞼を切り取り、襟首をつかんで乱暴に清九郎の顔を川に浸した。そして、むき出しになった両方の目を小刀で抉りだした。空洞になった眼窩から流れ出した夥しい血は川面を真っ赤に染めて、下流で洗い物をしていた女子衆に悲鳴をあげさせた。
手の者は、二つの眼球を丁寧に洗うと手ぬぐいに包み、一方清九郎は命を取れとは言われていなかったので、簡単に手当てを施した後、都の外まで連れ出して置き去りにした。
手の者から清九郎の眼球を受け取った実資は、手ぬぐいに包まれたままでおぼろに手渡した。
手ぬぐいを開いたおぼろは最初、ひどくおぞましげな表情を浮かべた。しかし、やがて満足そうな表情に変わり、嬉々としてかつての想い人の眼球を部屋に持ち帰った。
その妖気すらはらんだおぼろの様子に、実資はしばらくその場に呆然と立ちすくんだ。しかし、やがて我に返ると居室に去ったおぼろを追いかけて、障子戸の前で耳をすませた。
中からは、
「うふふ、うふふ、うふふ」
と嬉々として何かに夢中になっているおぼろの声がする。そして、時折、プチッ、プチッと何かを刺す小さな音がした。
ただならぬ様子に、ガラリと障子戸を開けた実資が見たものとは・・・。




