【百鬼夜行】(184)
「玖賀先生、本当にステージに上がっちゃって大丈夫ですか?」
エージェントから指定された場所以外の演奏を厳しく制限されている玖賀正則を気遣って、いつの間にか彼と合流していた佐山みゆきが尋ねる。
マサノリこと、玖賀正則は音楽エージェントとの契約に縛られており、もしもそれに違反すれば多額の違約金が発生するかも知れなかった。
「有難う。大丈夫だよ、そこはきちんと話を通してきたから。僕が演奏しなければ問題ないよ」
「じゃあ、なんでステージに上がってきたんですか?」
「だって、これだけもとのメンバーが集まってるからさ、気分だけでも同じステージに立ちたいじゃないか」
「気持ちは分かりますけど、先生の目の前で、しかも代役なんて荷が重すぎます」
「まあ、気楽にやるんだね」
そこへダンロクが声をかけた。
「おーい、そんなとこでもったいぶってないで、とっとと始めようぜ。あんまり放っておくと、せっかく温まった観客が冷めてみんな帰っちまうぜ」
「ああ、待ってくれ」
ステージ上では、タケハルとコーヘイ、ダンロクが、そしてユーリとコーギーが、2バンド共演でのセッションの準備をしていた。
別にどちらから申し合わせた訳でない。
ただ、なんとなくタケハルがステージに立ち、ボーカルを挟んだ対称の位置にコーヘイが立った。
ダンロクはドラムスローンに腰を据え、ユーリとコーギーは肩を並べて声を合わせていた。
まるでマリーがこの場に戻ってきたような佑璃の歌声を聴いて、メンバーたちの心は40年前に戻っていた。
『バトルライブ』ではライバル同士でも、気持ちは『ロブ・スティンガー』で一つになっていた。時間の隔たりも、立場の違いも、それまでのわだかまりも超えて、自然に音と声を合わせていた。
みゆきもキーボードの後ろに腰を下ろして、キーの一音一音を確かめている。その後ろからキーボードの天板に肘をついて、玖賀は心地良さそうにみゆきの出す音に耳を澄ませていた。
タケハルはジャンと音を鳴らして、コーヘイの方に顔を向けた。
「さあ、どうする?コーヘイ」
「曲目のことか?」
「ああ、俺たちが昔演ってた曲なら目をつぶってでもやれるだろうが、おたくのキーボードやユーリが困るだろう。だからと言って既成の音楽じゃ俺らが演る意味ないしな」
「それだったら、うちが演るつもりだった曲をやったらいい。うちのキーボードも弾きこんでるし、ユーリだって歌いこんでる。あんたらなら、オレたちの演奏を聴いてるうちに合わせることなんてお手のもんだろう」
「ああ、俺はそれで構わんよ」
「よし、決まりだ」
そして、コーヘイは佑璃に向かって声をかけた。
「ユーリ、いや、マリーかな。あの曲でいく。合図は君から頼む」
「は、はい。分かりました」
そして、佑璃は傍らの小菊と目と目でうなずきあうと、
「ワン・ツー・ワン・ツー・スリー・フォー」と曲の始まりを合図した。




