【ろくろ首】(2)
梨田祐璃は、今年27歳。
短大卒業から7年勤めて、今は美次建設不動産部門の中古物件課の主任を任されていた。
トレードマークは細身の黒縁めがねである。
めがねが引き立つように作った前髪と、後ろに流してリボンで結んだ長い黒髪、そうして、際立つうなじのライン。
きちんと折り目のついたワイシャツと、濃い色のジャケット、そしてベージュのロングスカートを好んで着用していた。そんな佑璃は、知的女子のカタログページからそのまま抜け出してきたような女性だった。
建設会社の不動産部門の、さらに中古物件の取り扱いは、確かに花形とはほど遠い。しかし、まだ30前の女性に主任を任せていることで、会社の祐璃に対する高い評価が現れていた。
恵まれた容姿で、服装も隙がない。感情を滅多に外に出さず、落ち着いた対応を心がける。周りがそんな彼女に求めるのは「安心感」そして「安定感」であった。
佑璃のチームは、古参の二川、エースの杉野、中堅の丸川、佐山、あと新人の旗屋の5人。
建設会社のリーダーは押しが強く、実力差でメンバーを引っ張るタイプが多いが、祐璃のリーダーシップは異色だった。彼女の場合、指示をするより、まずは話を聞くのである。
席で業務をこなしているかと思えば、いつのまにかメンバーの近くで会話に加わっている。そして、壁にうち当たっていたり、困っていることを巧みに聞き出して、親身にアドバイスする。先頭切って走るタイプでないし、滅多に現場にも出ない。しかし、祐璃のもと、それだけでメンバーは一定の結果をあげることができた。
新人の旗屋欽之助の目から祐璃はどのように映っていただろう。
柔らかな物腰の彼女も、欽之助には少し近寄りがたい存在だった。まだ半人前の気後れもあるが、そもそも祐璃には姿勢とか、生き方に隙がないのである。穏やかな笑顔を浮かべながら、しかしその表情は決して崩さない。その作り上げたような完璧さに、欽之助は違和感を感じていた。
その祐璃が、夕方のオフィスで小競り合いをはじめた丸川と佐山みゆきの間に入り込んだ。
小首をかしげながら、いたずらっぽく笑うと、頰にえくぼができる。
「佐山さん、本当に音大出なんですか?」
「そうよ。ねえ、佐山さん」
それにみゆきが反応する。
「主任、だからそう言ってんのに、このマルのボケカスが信じないの」
「じゃあ、なんで音楽関係の仕事してないんだよ」
ボケカス丸川が食い下がる。
「それは、イロイロ、あったのよ」
「いろいろって?」
「うるさいなあ、イロイロはイロイロよ。それに、音大出たって、音楽で生きていけるのは才能に恵まれたごくごく一部だけなんだから」
そこで、なおも何か言おうとする丸川だったが、
「まあ、そんなところで」
と、佑璃がその場を引き取った。
ここで、さらに欽之助がつっこみを入れた。
「じゃあ、マル先輩が僕を体よくパシリに使ったのもホントですよね」
「まあ、パシリなんて、高校生みたいね」
「あ、すいません」
年上の女性にたしなめられて、少し恥ずかしい気持ちになる。
「でも、丸川君、まだ新人さんなんだから、そこは考えないと」
「え、佑璃、いや主任。それは、俺なりの教育で」
部が悪くなると、ついつい丸川の地が顔を覗かせる。
「だけど、お給料の安い新人さんに自腹切らせたままじゃ後味悪いでしょ?」
「まあ、そうですけど」
「どこかで穴埋めしてはあげなさいよ」
「だから、それは仕事で・・・」
と言いかけたが、それでは収まりがつかないと思ったか、
「チェッ、敵わねえなあ。分かったよ。給料が出たら・・・」
と、
その最後の台詞を言い終わるか終わらぬうちに、丸川の携帯が鳴り響いた。




