【百鬼夜行】(148)
ミユキのキーボードから溢れる電子音が、ユーリの細身の身体目掛けて飛びかかってくる。
ユーリは盾のように歌声を連打して、その攻撃から身を守ろうとした。そして、隙あらば電子音の牙城を突き崩そうと鋭い声の槍で応酬する。
しかし、本来バンドの演奏は、楽器の奏でる音の川にボーカルの舟を浮かべ、聴衆の心を乗せて疾走する、その醍醐味を楽しむものである。ところが、ユーリとミユキの演奏は、音の調和から二重螺旋、そして、激しい剣戟へと目まぐるしく変わった。
それは、予定調和のホームドラマではなく、むしろ観客にとってどう展開するか分からないサスペンスドラマである。
それまで観客はバンドの演奏に合わせて、リズムをとったり、一緒に声を出したりして、演奏に参加できた。現に『the Rapis』が一回戦で奏でたメロディも、いつの間にか聴衆のほうが巻き込まれて演奏の中心になっていた。それが気持ち良くて、彼らはこのバンドを推したのだ。
だが、今観客は完全に置いてきぼりだった。一緒にリズムをとったり、声を出したりするものは誰もいない。しかし、それで白けたり、退屈しているものはいなかった。次どう展開するか、今度この2人は何をしでかすのか、皆んな息を呑んで見ているのだ。彼らにとって、こんな形で音楽に集中したことは、今まで一度だってなかったに違いない。
そして、ミユキの演奏がさらに加速した。なめらかな絹のような主旋律に、和音を組み合わせて重みをつけ、さらにズンチャ、ズンチャと小刻みに打撃音を参加させる。それは、まるで音の重戦車が行進してくるようだった。そして、ユーリは、まさにその進撃に立ち向かおうとしていた。
(私、声が出てる。不思議。さっきまであんなに歌うことに自信がなかったのに。音痴?ううん、もうどうでもいい。どんなにバカにされたって構わない。だって、こんなに楽しいんだもの)
それはユーリを包み、そして心を解放させる不思議な音の繭だった。厚い音の壁に抗うように、ユーリはすううと大きく息を吸い込んだ。そして、一気に吐き出した息に彼女にありったけの声を乗せた。それは、広くて、深く、そして遠くまで、皆んなの心を解放する歌声。
いつの間にか暴れ回ったキーボードは手懐けられ、手綱のついた馬のように従順となる。そして従者のごとくボーカルに寄り添っていく。
ユーリの口から出るのは、日本語かも英語かも分からないめちゃくちゃな詞だったが、上気して笑い出さんばかりに楽しそうなユーリの表情と、溢れる豊かな歌声に、聴衆は今宵魅了されたのだ。




