【百鬼夜行】(141)
「こおら、佐山君!高山巡査に失礼じゃないか」
美次航平は、あの晩に駆けつけてくれた警察官の名前を覚えていた。
「いえ、本日は公務ではありませんので、その呼び方はやめてください」
MCキョーヘイこと、高山恭平巡査は、言葉つきを改め、ピッと姿勢を正して言った。ただ、さすがに敬礼まではしなかった。
数日前の夜、『店に女が侵入して暴れている』との救援要請で、高山は同僚の警官と一緒に現場に駆けつけた。
現場の一階は、負傷した男性が一人、乱暴を受けて介抱されている女性が一人。そして、加害者の女は2階に立てこもっていると言う。さらに、2階に取り残されている女性が一人。
加害者は、大きな釘抜きのついたハンマーを凶器にして、その女性を襲おうとしていた。
まずは、2階に取り残された女性を救い出すことが急務だった。だが、2階への入り口は分厚い内開きの扉の裏に大きな家具を落とされて完全に塞がれていた。
そこで、迅速な判断が求められた。直ちに本部に連絡を取り、扉の破壊の許可を要請する。
携行していたガスバーナーで扉の蝶番を焼き切り、2階に突入しようとした時、階段を何かが落ちてくるけたたましい音がした。同僚を励まして作業を急ぎ、扉を外してそこに見たのは、階段から落とされて意識が無くなっている女性と、それを上から冷たい目で見つめる半裸の女性。
その白い肌は妖艶としか言いようがなかった。その姿に思わず吸い込まれそうになった時、階段上の女性もまた気を失ってその場に崩れ落ちた。
急ぎ、階段の下に倒れていた女性を運出し、階段の半裸の女性も毛布にくるんでおろした。
それが、高山のあの晩の記憶である。
自分の前に半裸で立っていた佑理の姿は、特にあらわな胸を中心にして彼の脳裏にこびりついた。
あれから、困ったことに何度も夢に出てくる。公務中の出来事なので不謹慎とは思ったが、できればあの時の女性にもう一度会いたいと思った。どうやら、彼は軽い恋の病にかかったようである。
「や、やあ。もう、怪我はいいの?」
その時の女性が目の前にいた。ただ、今日はメイクで行く分迫力が増している。
佑璃は立ち上がって、お辞儀をした。
「あの、この間は助けていただき、本当に有難うございました」
その時気を失っていた佑理は、高山のことは知らない。だが、美次航平から高山と言う警官に助けて貰ったことは何度も聴かされていた。だから、丁寧にお辞儀をし、心を込めてお礼の言葉を口にした。
「へえ、なかなかちゃんとした娘なんだ」
今の怖そうなステージメイクと、しおらしい態度のギャップは高山のハートを鷲掴みにした。
そう、佑璃は、無自覚の『年下キラー』なのである。




