【百鬼夜行】(131)
「あいつら、リハの時はあんなにグダグダやってたのに、本番になった途端に本気を出してきたな」
ポロリと美次航平が漏らした一言に梨田祐璃が驚いて聴いた。
「リ・・・リハって何ですか?」
「主任、まさかリハも知らないとか」
佐山みゆきがからかうように言えば、
「知ってます。リハーサルのことでしょ。私が知りたいのは、いつ、そのリハーサルがあったかです」
「当然、音合わせしとかないと、本番で音が狂うし、キーボードも持ち込みじゃないから、佐山君も感じをつかまなくちゃならないだろ?」
「それくらいは私でも分かっています。でも、そんな機会があるなら、私も参加させていただきたかったです」
「なんで?」と、みゆきが聴けば、
「それは、私だって自分の声が会場にどう響くか分かっていないと、一音目を出したときに焦るじゃないですか?」
すると、少し意地悪な表情になってみゆきが、
「だけど、リハは私たちだけじゃないんだよ。他のバンドもいて聴くんだよ。その前で歌っても、本当に大丈夫だった訳?」と言う。
佑璃には、みゆきが遠回しに何を言っているかよく分かっていた。佑璃の音痴が他の出場者にバレても構わないのか、と言っているのである。
「でも、歌えば結局バレることだし・・・格好ばかりで、ユーリなんてそれらしい名前までつけて、それで音痴だったら、ギャップが大き過ぎて、私・・・」
そして、少しの沈黙。
聞き手の美次航平とみゆきは次にどんな言葉が飛び出すかしばらく待った。
「結局、旗艦だなんだと持ち上げられて、まともに戦ったら、すぐに撃沈された戦艦大和と一緒じゃないですか」
(ほう、そうきたか)
「いや、戦艦大和は、ガダルカナルやレイテ沖でもそれなりに戦っていたぞ。あまり、戦局には貢献してなかったけど」
「社長、それ、ぜんぜん、フォローになっていませんって」
「ひどすぎます!」
さんざんからかわれて、佑璃は怒り出した。
「すまん、すまん。急に戦艦大和だなんて言い出すから。だけど、きみもそれなりに練習はできたんだろ?」
「は・・・はい。できるだけのことはしました」
「それに、君のことは『秘密兵器』だって言ったろ?」
「そ、それは・・・」
「まさか、冗談かと思ったか?」
「申し訳ありませんが」
「君はあんな『エレクトリック・マウス』の遠吠えなんかに負けないくらい観客の心を動かせる・・・可能性がある」
「な、なんか、歯切れが悪いですね」
「まあまあ、だから滅多なことで人目に晒せないってことだ」
(なんかいいように言われてるけど、本当は物凄く馬鹿にされてるんじゃないかしら・・・)
モチベーション下がりっぱなしの佑璃に比べて、みゆきはいつ自分の出番が来るかとワクワクしている。
「でも・・・」
ふと、みゆきが口にした。
「今更ですけど、ベースに、キーボードに、ボーカルって、バンドとして音が足りなくないですか?」
「おいおい、今それかい?」
「だって、他のバンドにはギターとドラムがいるじゃないですか」
「タケハルだって、ギターとパーカッションだけだろ?あいこだよ」
一瞬、えっと言う顔をしたみゆき。
「まさか、それが理由?」
「そうさ。『ロブ・スティンガー』にほかに余分な音はいらない。私のベースとタケハルのギター、佐山君のキーボードとダンロクのパーカッション。そして、梨田君、君とコーギーのボーカル。掛け値無しの真っ向勝負だ。君たち、ワクワクしないか?」
「あ、そうか!」とみゆき。
「は、はあ・・・」と佑璃。
明らかにテンションの差が見えている。
やがて、ステージの方から一際大きな歓声が起きた。おもむろに美次航平は立ち上がり、
「ああ、『エレクトリック・マウス』の演奏が終わったようだ。いよいよ、私らの出番だぞ。君たち、準備はいいか?」




