【ろくろ首】(15)
山田小梅を見送った旗屋欽之助と梨田祐璃の2人は、エントランスから扉を抜けて、外の階段を登り始めた。
階段と言っても、ほとんど非常階段と大差ない鉄の螺旋である。錆びて老朽化がひどく、時々ギシギシと嫌な音を立て、手すりの向こうに、地面が透けて見える。実は高いところはあまり得意でない祐璃は、地上から離れるにつれ、背中が薄ら寒くなるのに困った。
一方、見かけによらず欽之助は健脚ぶりを発揮して、彼の靴音をカンカンカンと小気味よく鉄の階段に響かせてゆく。
遅れまいと必死の佑璃。
心では、
(こら、欽之助、すこしは年上の女子を労わりなさい)と文句を言う。
そして、5階に上がりきったところで、祐璃は足を止めて、ふう、と息が吐き出した。
「あ、すいません。少し早かったですか?」
「大丈夫よ。でも、少し息継ぎをさせて」と強がりを言う。
「でも、旗屋君、階段上るの早いのね」
「昔、野球スタンドでビールの売り子のバイトしていたことがあって、つい長い階段を見ると早足になってしまうんですよ」
「へえ、男の人でもビールの売り子するんだ」
普通ビールの売り子と言えば、女子と相場が決まっている。
「僕の通ってた球場は、ビールの消費がすごくて、普通に動き回っているだけでも、どんどん売れたんで、男は女の子の何倍も大きなタンクを担がされてたんですよ」
要は、効率重視である。
「ふうん、みんないろんなことをしてるのね」
そんな軽い会話で息を整えながら、いつの間にか7階までたどり着いた。古い団地よろしく、重い鉄の扉が西側に面した通路にズラリと並んでいる。
逢坂結女乃の住む709号室には、黒くなりかかった木製のプレートで『逢坂結女乃』と書かれていた。
「間違いないです。結女乃さんの部屋です」
「このプレートは昨日今日のものではなさそうね」
つまり、このプレートは、彼女がずっとここに住んでいることを意味している。
「やはり、ここに彼女が住んでいるのでしょうか?」
「じゃあ、旗屋君が会った人は?」
「僕は娘さんだと思います。結女乃さん本人が30くらいで出産していれば、あれくらいの娘さんがいてもおかしくありません。それに、昔の結女乃さんの写真に、僕が会った結女乃さんはとても感じが似ていました」
「そうね。そう考えると分かりやすいわね」
祐璃は、すこし考え込んでから続けた。
「すこし空想めいてるけど、私の推理よ。本物の逢坂結女は、一線を退いた後、このマンションに隠棲をして、そこで女の子を産んだ。その子は、母親そっくりな子で、結女乃さんは、まるで人生がもう一回繰り返されているような錯覚を起こしたの。それで、子供に『結女乃』と名乗らせて、母親が娘の身体で自分の代理体験をさせているとしたらどう?だから、山田さんは、結女乃さんの時間が止まっていると言ったの」
「いや、その・・・」
完全に祐璃の想像に置いて行かれた欽之助。
「いや、でも、すこしサスペンスめいているというか、テレビで見るには面白いですが、現実に体験するにしては、突飛な、気がしますよ」
祐璃は、少し尖り気味に、
「だから、すこし空想めいてる、って言ったじゃない」と返した。
それで、しまったと思った欽之助はなんとかフォローしようと焦った。
「すいません。たしかに、主任のおっしゃる通りです。少なくとも僕の考えていたことより、余程現実的です」
「そんなことは、このチャイムを押せばわかることよ」
「そ、そうですね」
そして、欽之助は重い鉄の扉の横の、色のハゲかかったチャイムを押した。




