【ろくろ首】(11)
ガタンガタンとリズミカルな電車の音に紛れて、スー、スーと気持ち良さげな寝息が聞こえる。
梨田祐璃は、地下鉄の座席に腰を下ろすなり、首を垂れてそのまま寝入ってしまったのだ。
先輩の丸川尚二との会話の後、旗屋欽之助は、逢坂結女乃の一件を主任である祐璃に相談した。
事の次第を聞いて、祐璃からは特にアドバイスはなかった。
ただ、いつもの穏やかな顔で、
「う〜ん、現場でもないし、私が行ってみようかな」とだけ言った。
なぜ、祐璃が欽之助との同行を望むのか、また、主任である祐璃が出向くほどのことなのか、欽之助にはわからないことが多かった。
ただ、祐璃との会話が週末だったので、2日後の週明けの訪問となった。
例の団地へは、電車に乗って30分程である。帰宅ラッシュが始まる前の時間帯を選んで、2人で地下鉄に乗った。
佑璃は、いつもの隙のない事務所ルックから一転、白いゆったり目のシャツにフレアスカート、そして、淡い色のストールで、まるで風に誘われ街に舞出た蝶さながらだった。
(僕とそんなに変わらない年に見えるんじゃないか)
欽之助は心の中で思った。
地下鉄はやがて地上の私鉄へと連絡する。
その瞬間、夜の世界を走っていた車内が、突然眩しい昼の光で満たされる。急に開けた車窓の光に子供たちがわあっと声を上げている。
時間は、午後の日差しに赤みが混じり始めたころ。車窓から差し込む光が眠りに落ちている佑璃の横顔を撫でていく。
その光の眩しさに、瞼越しに覚醒を促されたのか、
「う、うん・・・」と佑璃が軽く呻いた。
こんなに、人前で前後不覚に眠り込むなんて、オフィスの佑璃からは想像もできなかった。人は、みんなの知らないところでは全く違う顔を持っていたりする。その場所、その場所でいろんな顔を作って、ふさわしい顔で演じ分けているのかも知れない。
「う、うふふ」
不意に佑璃が一人笑いした。
「ごめんね、みっともないとこ、見せちゃって」
「え、っと。まあ、日頃が日頃ですから、かなりお疲れなのか、と」
時折、浮かべる佑璃のいたずらそうな笑顔。頰にくっきりと笑窪ができる。
「ううん、私、いつもこうなの。会社では、目一杯背伸びして、それなりに優秀な社員を演じてるつもり。だから、外で気が抜けると、たちまち電池が切れちゃうのかな」
そこは、「そうですね」とも、「そんなことないですよ」とも言いづらい。次の言葉を探していた欽之助であったが、ついに諦めて不意に話題を変えた。
「あの・・・、今回のこと、マル先輩、あの、丸川さんに相談しなくても良かったですか?」
「ん?ああ、それ?大丈夫、そこは私たち阿吽の呼吸だから」
そう言った佑璃の目は少し遠いところを見ていた。




