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竜は空を駆け、少年は疾走する  作者: 塞翁が馬
1章 少年とドラゴン
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1章 ドラゴンと少年


「今日も良いのが生ってるなぁ」


赤色の実がなる木々の間で、麻布の服を纏った初老の男が言った。

男はこの島で農園を営む農家であった。

この近辺の者は果樹栽培をしており、それを市場に卸すなどして生計を立てている。


「こんにちは、プラントさん」

「今日も警邏かい、仕事熱心だねぇ」


これが仕事ですから、と4つ足の大鷲"グリフォン"に跨る男が挨拶をした。

男は"飛鳥隊"の者だ。

この島ではグリフォンはなくてはならない存在であった。

「ま、少し小屋で休んでいきなよ、グリフォンもこんな生真面目に付き合わされちゃ疲れんだろ」

「彼も私以上に生真面目ですよ、でも折角なのでそうさせていただきます」

表情の堅かった男から笑みがこぼれた。

真面目な仕事ぶりと気さくな人間性が周囲の人を虜にするのがこの男であった。


「あぁ、待った。その前に」

プラントは男の耳元で小声で聞いた。

「ドラゴンが現れたっていうのは本当なのかい」

「まだ見たことはありませんが、ならず者と一緒に行動しているそうです」

笑顔で対応していた男は仕事の話になると再び表情を堅くした。


「なんでも本隊の方では今までに例がないという話で混乱しているようですよ。特に作物の出荷中のグリフォンや、農園のある島を狙うそうで…」


「そうか…。まっ、そん時はそん時だな!」


プラントは少し視線を下げて、髭を触りながら何か考える素振りを見せたが、開き直ったかのように言った。


「その時はよろしく頼むよ!来月には昇進で本国に帰るんだろ?」

「えぇ、まぁ…それまでは勿論この島々を守らせてもらいますよ!」

「ま、さっき取れたばかりのがあるから昇進祝いにくれてやるよ!ちょっと用意してくるから待ってな!」

「いつもすみません…」


そういって男はグリフォンを連れて小屋の前にベンチに腰掛けた。


男はグリフォンの頭を撫でていた。

ふと小屋から農園の木々に目をやると、見慣れない少年が木によじ登り、持っていたカゴ一杯に果樹の実を詰めていた。


--はて、あんな男の子この島にいたかな…?


齢は12、3ほど。黄味がかった麻布の服を着た、いかにも純朴そうな少年ではある。

しかし男は気が付いた。


--"ならず者"!?


島々はアスピスという国に治められている。

国によって島々の交流が図られ、食料や衣料の生産、国による病気の治療などが行われていた。

しかし、この国の支配に囚われない者、その集団が"ならず者"であった。

ならず者は自ら生産や加工をする事なく、他の島々を襲い、食料などの強奪により生計を立てているという者たちが大半だった。

ならず者には幼い者から老齢の者まで様々であった。


「待てッッ!!」

男はグリフォンを伴い、少年に向かって一直線に走った。

向かってくる男に気がついた少年も急いで木から降り、島の端に向かって駆け出した。

島の端には格子状の柵が設けられている。


「待つんだ!!」

男の声も虚しく、少年はカゴから実をボロボロと落としながらも駆けた。

そして柵に足をかけると少年の背丈の2倍以上はあろうかという高さを一気に駆け上ると柵の外へ飛び降りた。


「そこから先は島の外だ!!行くな!!死ぬ気かッッ!!」


男がそう言ったのは言うまでもない。


ここが空に浮いている島だからだ。

島を見下ろしても見えるのは雲ばかりで、雲間からたまに目にできる地上もボヤけたものだ。

この高さから落ちれば命が無いのは間違いなかった。


男は漸く柵へたどり着き、柵から空を見下ろそうとした。

当然、少年の姿は無く、ならず者に逃げられた、と思った。


--いや、きっとあのくらいの年齢の者ならグリフォンも操れはしないだろう…若い命を…


息を切らしながら男は柵を少し登り、半身を出した。


すると、目の間には先ほどまで駆けていたはずの少年と目が合った。

「きっ、君は!?」

男は驚き柵から落ちると、ドシンと音を立てて尻餅をついた。

少年の目線は更に高くなる。


やがて、異形の生き物とも目が合った。

真紅の翼、頭に二本の角が生えている。

他者を圧倒する精悍な顔付き。

三本の強靭な爪。


一度の翼のはためきで、周囲の草は大きく揺れた。

後ろに連れていたはずのグリフォンも怯え果て、今は遠くへ飛んで行ってしまった。


「驚かせてごめん!ちょっと貰ってくだけだから!」


そう少年が言い放つと同時に、更に強く翼をはためかせるとあっという間に、遠くへ飛び立ち、点となって消えた。


--------


数日が経った頃、飛鳥隊の本隊には既に報告が回っていた。

アスピス国司法機関本部の会議場に向かって2人の男が歩いていた。


飛鳥隊大隊長

トリガ・アド・ラドラ

「この度は誠に申し訳ありません」

金髪の長髪を後ろで束ねた大柄な男が真面目な顔をして言った。


もう一人の男が返した。

「君の演技は素晴らしいな。何度見てもその言葉が嘘だと分かるからね。何年君を見てきたと思っている」

「流石先生だ」

トリガは急に表情を崩し、両手を頭の後ろに回した。


「で、先生、今後の対策はどうするつもりなの?」

トリガは男に聞いた。

「逆に聞くが君はどう思う?」

「そりゃあ、先生を討伐隊長として討伐隊の結成、情報収集の徹底に伝達速度の向上のための人員確保の徹底に…」

トリガが指折り数えながら言った。

「それは今回の会議で私が言おうとしている"表面上の約束事"だ」


男は少し怒ったような顔付きで真っ直ぐ前を見たまま言った。


「わかってますよ…」

「ならばどうする」

「正直グリフォンでも歯が立たないと言うのは今回の件で間違い無いと思います。でも相手はドラゴンじゃない。ガキさえ捕らえさえすれば簡単にカタは着くかと」

「方法はどうする?」

「今はまだ神出鬼没、って感じなんで少し泳がしましょう。エサを撒いてあげながらね。どうせならず者の一派だ。親玉も近くにいるんだろうし、"巣"に戻ったところを潰せば…ね、ほら簡単でしょ?」

「50点だな、もっと簡単にできる筈だ。会議が終わるまで正解をひねり出しておけ。答え合わせは会議の後にしてやる」


採点官は厳しいな、と言いながらトリガが会議場の扉の取っ手に手を掛けた時男は言った。

「それと会議場では先生と呼ぶな。俺のことはちゃんと長官の呼べ」

「ハイハイ、ちょうかん」


アスピス国司法機関長官

バルガノ・ガンズ


トリガよりは小柄だが屈強な体つきに髪は短く、堂々たる存在感を放っていた。


そして、扉は開かれた。



--------


「チッ、今日はこんなもんかよ」

「こう毎日ビタンの実ばっかじゃあなぁ…」

「そうだよなぁ…そろそろ肉、行こうか」

暗がりに火を焚き囲んでいる3人の男達がいた。


その隅で寝ているのがドラゴンを駆る少年であった。

少年はドラゴンの尻尾を枕にスヤスヤと眠っていた。


「頭ァ!明日はこいつ使って畜産の島狙いましょうやぁ!」

野太い声に太い体をしたダスクと言う名の男。

だらしない体から日々の不摂生を物語っていた。


いかにも悪そうな顔立ちの男が暗がりから出てきた。

「そうだなァ…そろそろ酒も飲みたくなってきたしなぁ…明日はいっちょ酒と肉狙ってみっかァ!」

頭と呼ばれるこの男はこのならず者グループのリーダー、ゲド。

ゲドの声を聞いて火を囲んでいる3人の男達が、おぉっ、と声を上げた。


「ったく、このガキが来てから何でも手に入ってしょうがねぇ」

少年を見てスキンヘッドの男が言った。

男の名はバッケ。

「ガキはバカだし、一緒のドラゴンだかって生き物もガキに従順だから助かるぜ」


「しかしよぉ」

少年より少し大きいくらいの小柄な男、ストロボがバッケに続いて言った。

「何だってこのガキはこんな生き物従えてるんだ…?」


「そもそもドラゴンなんて、噂っつーか物語の中にしかいない生き物なんじゃねーのかよ」

「知るかよそんなこと」

考えても俺たちには分かんねえよと言わんばかりにダスクがバッケに言った。


皆が横になり薪を焚べる者も居なくなり、ゆらゆらと小さな火が揺れていた。

もう皆が寝静まる、といった時にストロボが言った。

「一つ気になることがあるんだけど」

「何だ?」


「このガキ、日に日にでかくなってやしないか?」


「そりゃあオメエがチビだからだろ、ガキはデカくなるもんなんだよ、気にすんな」

「そりゃそうか。所でオメエ言っちゃあいけねえこと言ったな?」

「チビじゃ俺に敵わねえよ」

「だったら今すぐ」

やってやろうじゃねえか、と言いかけた所でゲドの一喝が入った。


「うるせえ!」


すみません、とストロボとバッケが声を揃え、起こしかけた体を元に戻した。

空島では月は滅多に翳ることはなく、青白い光をいつまでも放っていた。


--------


時は遡ること一ヶ月前。

ある島の端の林の中。

木々が生い茂り、陽の光は風で揺らめいた枝葉の間から僅かに見えるだけ。


「ウワァっ!?」

頓狂に驚く男は用足しに来ていたストロボ。

「頭ァ!?たいへんだぁ!!今すぐ逃げないと…!」

ストロボの視線の先には鮮やかな体躯のドラゴンがいた。

しかし、ストロボの驚く声にもドラゴンは一切の挙動を見せなかった。

腰が抜けて全身からジワっと汗が吹き出るのをストロボは感じた。


声を聞きつけて現れたのはゲドだった。

「どうしたんだよ、ったく」

ストロボはならず者の割にはビビリな性格だった。

ストロボはちょっとしたことでよく驚き、時には周囲を混乱させることがしばしばあった。

それに慣れていたゲドは、やや面倒臭そうな面持ちでストロボの側まで歩み寄った。


「頭…ア、アレ…」と言って震えた指を指すストロボ。

ゲドは示した先を目で辿った。

思わず目を見開いた。


--赤い体に巨大な翼…デカイ爪にデカイ角…

--ありゃあ間違いねぇ…ドラゴンだ…


ゲドは生唾を飲んで、その様子を窺った。


ドラゴンは足下の一点を見つめていた。

陽の当たらない土の上に少年は倒れていた。


--ストロボがあんなにデカイ声を出したってのに、微動だにしない…ガキはアイツの主か…?


「おい、アイツ、どう思う」

小声でゲドはストロボに聞いた。

「どうったって、今のうちに逃げましょうよカシラ!」


その答えを聞いたがならず者の血が騒いだか、ストロボとは違う答えをゲドは導き出した。


「おい!ガキは大丈夫か!?」


ゲドはドラゴンに向かって聞いた。

グリフォンでも簡単な意思疎通なら可能であり、伝説のドラゴンなら意思疎通は出来るであろうと考えた。

更にドラゴンは少年を襲ったりするような素振りも無かったため、主人が少年ではないかと判断した結果だった。

しかし、それでもドラゴンは微動だにしない。


そこでゲドは思い切って、少年に近づいてみた。

「おい、ガキ!大丈夫か!」

少年は妙にこけた顔をしており、ここ数日は食事を取っていない様子だったが息は微かにしている程度だった。

--よし、まだ息はある、ドラゴンの様子を見てもガキが主人なのは間違いない

そう思ったゲドがドラゴンに向かって言った。


「コイツは俺たちが預かる!着いてこいッ!」


それから数日が経った。


ゲド率いるならず者「装鬼」の寝ぐら。

「カシラはやっぱすげえよ」

ダスクが言った。

「まさかドラゴンが俺たちの支配下に入るなんてな!」

「さすがは俺たちのリーダーだ」

バッケとストロボがそれに続く。


「だろ?ドラゴンの足下にガキがぶっ倒れてるところを見て、このガキがドラゴンの主人なんだなと思ったわけよ。それならガキを支配下に置きゃ俺たちはもう最強の"ならず者"ってわけよ」

ゲドが高笑いしながら言った。

斜面を削って作った大穴の寝ぐらにゲドの声は外まで響いていた。


「だけどよ」

バッケが困った表情を浮かべながら言った。

「やっと喋れるようになったけど、コイツ何にも知らねえのな」

「名前どころか、最初は、あー、とかうーとかしか言えなかったしよ」

「そればっかりか大飯食らいだしな」

ストロボとダスクも不満を吐き出すかのように言った。


それもそうだ。三人が言うようにゲドが寝ぐらに少年を連れ帰った後、少年に食事と休息を与えた。

しばらくすると少年が体を起こしたので、四人は少年に色々と聞いた。

しかし、何を訊いても首をかしげるばかりか、あー、と言ってみたり、うー、としか言えず、意思疎通が難しかった。

しかしそれも暫くすると少しずつ話せるようになり、今では年相応な会話をゲド達と交わせることが出来るまでになった。


「まぁ、でも、コイツ教えたことはすぐに覚えるし、喋れるようにもなったからいいじゃねぇか」

ゲドの声に三人は、確かに、と口を揃えた。

ゲドは、それに、と続けた。

「何にも知らねえガキの方が都合がいいぜ」


ゲドは不敵な笑みを浮かべた。


外に出ていた少年が寝ぐらに戻ってきた。

「聞いて聞いて!ドラゴンが口から火を出したんだよ!すっげえよ!」

「そりゃあ良かった、ドラゴンはオメエの言うこと聞くのか?」

「うん!」

「さすがだな!」

「ありがとう!ゲドに褒められて嬉しいよ!」


ゲドはククク、と思わず笑いを堪えきれなかった。それは他の三人も同じであった。

少年とドラゴンは完璧にゲド達の支配下に置かれていた。


「よし、いっちょ明日から遠出してみっか!」

ゲドが言った。

「とおで?」

「遠いところに行くって事だよ、楽しいんだぜ」

「また色んなこと教えてやるよ」

「ホント!?楽しみだなぁ!」


「おっとそうだった、いつまでもオメエ、じゃ可哀想だからな、名前をやろう」

ゲドが少年に言う。

「なまえ?」

「そうだ、オメエの名前は今日からレイドだ、よろしくなレイド」

「レイド!分かった!俺の名前はレイドだな!」

「あぁ、きっちり働いてもらうぜ、"奴隷"のようにな…」

ゲドは目を細め、最後にボソッと口に出した。


--------


この時、俺はまだ知らなかった。


世界にはどんな悪があって。


それがどんな悪なのかを。


俺の隣には気がつくといつもドラゴンがいた。


それは全てが奪われ、全てを与えられた証だった。


だけど、俺はまだ何も知らなかった。



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