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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
1章 彼女の気持ちが分かっても、恋というものは分からない。
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再告白

◆◇五里守まひる◇◆


 程なくして警察が到着し、男は誘拐未遂の容疑で連行された。

 男の話は半分が事実で、ゆうちゃんのお母さんが昏倒し、男が彼女を病院まで運んだのは本当のことだった。だが話の後半部分、母親が目を覚まし、ゆうちゃんを連れてくるようお願いされたというのは真っ赤な嘘だった。

 後で警察から聞いた話だが、あの男は金銭的な問題を抱えており、半ば衝動的にゆうちゃんを身代金目的で誘拐しようとしたらしい。母親が娘の写真を持ち歩いていたことと、譫言うわごとのように「迎えに行かないと」と繰り返していたことから、ド・モールに置き去りにされた子供の存在に気づき、誰にも疑われずに犯行に及べるのではないかと考えたそうだ。何にせよ、藤峯クンのお陰で誘拐事件を未然に防ぐことができたんだ。


「お母さん! ごめんなさい……ムリさせてごめんなさい」

「まどか。謝るのは私のほうよ。危険な目に合わせてごめんなさい」


 ゆうちゃんとそのお母さんは無事、市立病院にて再会を果たした。今日、母親はあまり気分が優れなかったらしいが、食事と映画の後さらに気分が悪くなり、胃の中の物を吐こうとトイレに向かう途中で倒れたとのことだ。


「あなた達も娘を助けてくれてありがとう」

「お姉ちゃんすっごくかっこよかったんだよ。まどかもお姉ちゃんみたいに強くなりたい!」


 純真無垢な笑顔を向けられると何だか照れ臭かった。


「じゃあ今日からトレーニングだよ! まず――」

「病院ではお静かに」


 藤峯クンにやんわりと注意され、わたしは声を小さくして話を続ける。


「まず、自由にランニングだよ。難しく考えず、毎日楽しく走ればいい」

「うん」

「そして、徐々に距離を伸ばしていくの。最初は500メートル、慣れてきたら600メートルって感じでね。絶対に無理しちゃ駄目だよ」

「うん」

「それと、これが一番大切な事なんだけど……」

「なに?」

「お母さんを大切にね!」

「うん!」


 ***


 わたしと藤峯クンは結城親子と別れ、市立病院を後にした。


「これで一件落着かな。お疲れ様!」

「うん……」


 だが、藤峯クンは浮かばない表情をしていた。


「どうしたの?」

「まひるさんは凄いよ。明るくて、運動神経も抜群で、いつも元気一杯で、見てるこっちが元気になってくる位だ。でも、それに比べてボクは……」


 そこで藤峯クンは言葉を止めた。


「……なに? わたしは藤峯クンと違って、言ってくれないと分からないよ」

「ボクは何て無力なんだろう」


 藤峯クンはか細く呟いた。


「ボクはゆうちゃんを慰める事ができなかった。ただ彼女のココロに潜む悲しみに感応して泣いてただけ。でも、まひるさんは彼女のココロを簡単に開いた。あの誘拐犯についてもそうだ。まひるさんはいとも容易く犯人を捕まえた。まるでヒーローみたいだった。それに比べてボクは……」

「なーんだ。そんなことで悩んでいたの」

「そ、そんなこと……? だってボクは――」

「迷子のゆうちゃんに気付いたのは誰?」


 わたしは藤峯クンの言葉を遮って尋ねた。


「別に……」

「何が別に……なの? ちゃんとわたしの問いに答えて。迷子のゆうちゃんに気付いたのは誰?」


 わたしは藤峯クンの目を真っ直ぐに見つめた。わたしには彼と違って、ココロを感じ取る能力はない。だから、目の奥に潜む彼の思いを逃さぬよう、真っ直ぐに見つめ続ける。


「……ボクだ」

「ゆうちゃんを迷子センターにまで連れて行ったのは誰?」

「ボクだ」

「あの男が誘拐を企てていると見抜いたのは誰?」

「ボクだ」

「誘拐を未然に防いだのは誰?」

「ボクだ」

「なーんだ。藤峯クンだって凄いじゃない!」

「いや、この程度は誰にだって」

「できない」


 わたしは断言した。


「できないよ。少なくともわたしには無理。わたしはきっと迷子のゆうちゃんに気付くことなんてできなかったし、あの男の真意を見抜くこともできなかった。藤峯クンがいなかったら、もっと恐ろしいことになっていたかもしれないんだよ。自信を持って」

「で、でも……」

「キミの能力は誰かを助けることができます。だからもっともっと他人ひとと接して、その能力を磨くべきだと思うのです。そうしていけばいつかきっと、自分の能力を上手くコントロールできるようになります」

「でも……ボクは……」

「もー、まどろっこしいな。ちゃんと胸を張りなさい!」


 わたしは藤峯クンの背中をバシンと強く叩いた。


「痛っ!」

「今日わたしは改めてキミに惚れ直したんだからね。だから藤峯クン」


 わたしは手を後ろで組み、とびっきりの笑顔で告げる。


「キミが好きです! わたしと付き合ってください!」


 だが……


「ごめん――」


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


 まひるさんは2年の終業式の時と同じように、満面の笑顔で告白してきた。次の瞬間、彼女の思いがボクに流れ込み、反射的にハイと返事してしまいそうになる。だが、それはいけないことだ。これはボクの想いではない。彼女はとても魅力的な女性だが、こんな風に答えを返すのは酷く不誠実だ。

 それに、エンパスというハンディキャップを背負ったボクという存在で、彼女のような素晴らしい人の足枷になんかなりたくない。だからキッパリと拒絶しよう。迷惑だからボクにもう関わるなと突き放そう。大丈夫。ボクはずっと独りだったのだから。

 ……でも、ボクの口からその言葉が出てくることは無かった。


「ごめん……まだよく分からない。だから、返事を待ってて欲しい」


 代わりに、何とも曖昧で男らしくない先送りの返答をしてしまった。すると、まひるさんは嬉しそうに、本当に嬉しそうに眩いほどの笑顔を見せた。


「本当! よかった……一瞬振られちゃったかと思ったよ」


 でも、まひるさんは曖昧なボクの返事を大喜びしてくれた。ボクも自然と笑顔になった。これはボクの感情じゃない。彼女の感情だ。だからボクは、本心では喜んでいないのだ。その事実にボクは悲しみを覚えてしまう。

 ……彼女は、こんなボクのどこを好きになったのだろう?


「じゃあ藤峯クン。明日からまたよろしくね!」


 まひるさんは女の子にしては背が高く、小柄なボクは今彼女に見下ろされている。男女問わず、見下ろされることは余り気分のいいものではないが、どうしてかまひるさんのそれは不快に感じなかった。

 少し癖のある、ふわふわとしたセミロングの髪が風に靡いていた。夕日を背後に、まひるさんはその柔らかくて可愛らしい顔立ちに満面の笑みを浮かべていた。誠実そうな琥珀色の瞳から伸ばされる真っ直ぐな視線が、ボクを捉え離さない。何だか恥ずかしくなり、ボクは彼女から視線を逸らした。


 彼女の笑顔を見ていると、ボクも笑いたくなってくる。彼女が喜んでいると、何だかボクまで嬉しくなってくる。そして彼女に好きだと言われて、胸の内側にポツリと暖かな火が灯るこの想い。これらは全て、エンパスによるものなのだろうか? それとも、僕自身の感情なのだろうか?


 分からない……全然分からない。


 彼女の気持ちが分かっても、恋というものは分からない。


 果たして自らの感情すら定かでないボクが、彼女に対し誠意ある返事ができるのだろうか?



――1章 彼女の気持ちが分かっても、恋というものは分からない。了

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