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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
1章 彼女の気持ちが分かっても、恋というものは分からない。
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2度泣くことは3度泣く

◆◇五里守まひる◇◆


 わたしはトイレの鏡で髪を整えながら反省していた。

 正直、藤峯クンの能力を甘く見ていたところがあった。人の感情に影響されるといっても、精々泣いたり笑ったりする程度だと思っていた。しかし、先程の駄々っ子事件で、彼の能力の厄介さをあらためて理解した。彼の共感能力エンパシーは感情だけでなく、場合によっては彼の行動にまで影響を及ぼしてしまうのだ。

 ……モールに連れてきたのは失敗だったかもしれない。ここには感情の抑制が未熟な子供が多い。もし、癇癪かんしゃくを起こした子供が暴力的な行動に走ったら……想像するだけでも恐ろしい。

 それと、変に感情的でおかしな行動を起こす人を動画サイトでよく見かけるじゃないか。画面の向こう側の人だと、身近に感じていなかったが、ああいう人が現実に存在することは確かなのだ。もし、運悪くそういう人と巡り合ってしまったら……


 わたしは急に不安になり、足早にトイレを退室した。そして外のベンチに待たせていた藤峯クンのところに戻る。しかし……そこに藤峯クンの姿はなかった。


「……帰っちゃったのかな」


 わたしはポツリと呟いた。

 公衆の面前であれほどの恥を掻いたのだ。嫌気が刺し、家に帰っても無理ないだろう。だが、それと同時に別の不安を覚えた。彼の能力が悪い方向に作用して、性質たちの悪い連中に絡まれてしまったとか……はたまた、不運にもヤクザの怒りを買ってしまい、事務所に連れてかれちゃったとか!


 ピン ポン パン ポーン♪


「迷子のお知らせを致します。迷子のお知らせを致します。五里守まひる様。只今迷子センターにて藤峯シンヤ君をお預かりしています。至急、3階迷子センターにまでお越しください。繰り返します。五里守まひる様。五里守まひる様。只今迷子センターにて藤峯シンヤ君をお預かりしています。至急、3階迷子センターにまでお越しください」


 ピン ポン パン ポーン♪


「良かった! 無事だったんだ」


 この出来事を凛花ちゃんに話したら、その感想はおかしいと言われた。好きな人の無事を喜ぶことの何がおかしいんだろうか。


 ***


 迷子センターの受付で自分の名前を告げると、受付の女性は申し訳なさそうに苦笑いしながらセンターの中にわたしを促した。

 センター内には二人いた。もちろん、その内の一人は藤峯クン。彼は部屋の隅で体育座りし、背を向けていた。もう一人は、小学生と思わしき子供。その子は藤峯クンの頭を撫で「すぐにまひるって人が迎えに来てくれるよ」と慰めていた。状況がイマイチ理解できないが、とりあえずわたしは彼に優しく声を掛けた。


「藤峯クン。どうしたの?」


 藤峯クンは顔を上げ、首だけをこちらに向けた。彼の目は泣き腫らした痕で赤く染まっていた。


「お兄ちゃんは大人なのに迷子になっちゃったんだって」


 隣の子供が、こまっしゃくれ気味に答えた。


「えーっと、キミは?」

「ゆうき。友達からはゆうちゃんってよばれてる」


 ゆうきが胸を張りながら答えた。中々しっかりとした子供のようだ。


「まひるさん来てくれてありがとう。それと、勝手にいなくなってごめん。迷子の子を見かけたから、ここまで連れてきたんだ」

「違うでしょう。お兄ちゃんが迷子になっちゃったって言うから、ゆうきがここに案内したの。ちゃんと正直に言いなさい」

「ああ……うん。そうだね。迷子はボクだったね」


 ……成程。今のやり取りで大体事情は理解できた。藤峯クンは迷子のこの子を迷子センターに連れて行こうとしたんだ。でも、このおませな子供は「迷子じゃない」って言い張って拒否したんだろう。だから藤峯クンは「自分が迷子だから、迷子センターまで連れてって欲しい」と機転を利かせたんだ。藤峯クン優しいなあ……惚れ直しちゃう。


「今の放送で分かっただろう。迷子になっちゃったお母さんを見つけるためにも、お母さんの名前をあそこのお姉さんに教えてやってくれないか?」


 藤峯クンは受付のお姉さんを指差しながら言った。


「でも、知らない人に名前を教えちゃいけませんってお母さんが……個人情報ホゴホーを破っちゃう」


 本当におませな子供だなあ。最近の子供は皆そうなんだろうか?


「大丈夫だよ。個人情報保護法は、緊急時には破っても大丈夫なの」


 わたしは身を屈めつつ、ゆうちゃんと目を合わせながらそう言った。


「えっ、そうなんですか?」

「そうなんですよ。お母さんが迷子なら、早く見つけてあげないといけないよね。緊急だよね。だから受付のお姉さんにお母さんの名前を言っても破ったことにならないの」

「そうなんだ。黙ってて損した。ちょっと行ってくる!」


 ゆうちゃんは嬉しそうに小走りで受付へと向かった。藤峯クンは体育座りの姿勢から腰を上げる。


「ありがとう。あの子全然名前を教えてくれなくて、ボクも受付の人も困ってたんだ」

「どういたしまして。でも、これで一件落着かな」

「……だといいけど」


 暫くして、全館に向けて母親を呼び出す館内放送が流れた。放送後1分……2分……5分……15分と時が経過したが、母親は現れなかった。30分……1時間……待てども待てども母親は姿を見せない。何度か同じ内容の館内放送を流したが、それでも母親が迷子センターを訪れることはなかった。


「ビエ゛エ゛エエエン!!」


 唐突にゆうちゃんが大声で泣き叫び始めた。あ、もう展開が読めたぞ、この後――


「ビエ゛エ゛エエエン!!」


 と、予想通り藤峯クンも同じように泣き叫んだ。


「「ビエ゛エ゛エエエン!!」」


 狭い迷子センターの中で、子供と高校生による合唱コンクール。高度な技術で2人の泣き声はハモっており、入賞は確実だった。耳が痛い。

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