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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
6章 たとえこれが最期でも、あんたの雄姿を焼き付けたい。
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いつか来るその日まで

◆◇五里守まひる◇◆


「うつぅ!?」


 以外過ぎる診断結果に、わたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「はい。五里守まつ子さんは老人性うつです」


 医師は極めて真面目な表情で告げる。


「でもまさか、おばあちゃんがうつ病だなんて……」


 おばあちゃんのようにココロの強い人間がうつ病にかかってしまうなんて、想像ができなかった。


「いいえ。うつにココロの強さは関係ありません。むしろ、統計的には責任感の強い人や頑張り屋さんがかかり易いとの結果があります」

「そ、そうなんですか……」


 医師の言葉一つ一つに、わたしは目から鱗の落ちる思いだ。


「数年前の大災害で、多くのお年を召した方がココロを病まれています。しかし、齢を重ねた人ほど、自らがココロの病だと認めたがらないものです」


 おばあちゃんは『病は気で治す』という思考の持ち主だ。しかし、その"気"の方が病気に掛かっていては、治るものも治らないだろう。


「先程も申し上げた通り、確かに体力は落ちていますが、悲観的になるレベルのものではありません。その医者が言っていた、もう満足に動くことも話すこともできない、というのは大きな間違いです」

「と、いいますと……」

「投薬による治療と、リハビリを続けていけば元通り喋れるようになりますし、立って歩けるようになるまで回復するでしょう」


 医者はにっこりと笑って告げた。


 ***


「じゃあやっぱり、まつ子さんの体はそこまで悪くなかったんだ」


 藤峯クンの言葉に対し、わたしは小さく頷いた。


「まったく……目からコンタクトが落ちた思いだったよ」

「それじゃ逆に見えなくなってる」


 藤峯クンが可笑しそうに笑いながら言った。この下らないやり取りが、ひどく懐かしく思える。


「藤峯クン……本当にありがとう」


 おばあちゃんのうつ病を見抜くことができたのは、藤峯クンのお陰だった。暫くおばあちゃんの介護をしてくれていた藤峯クンは、あのヤブ医者の診断結果に疑問を抱いたのだ。そしてマラソン大会の後、もしかしておばあちゃんは精神的な病かもしれないと考え、おばあちゃんに心療内科の受診を勧めたのだ。

 始めこそおばあちゃんは嫌がったし、わたしもにわかに信じることはできなかった。でも、藤峯クンの懸命な説得により、おばあちゃんは遂に折れ診察を受けた。そして、診断結果は先に言ったとおり。


「でも、ずっと一緒に居たわたしが気付かないなんて……」


 とてもショックだった。一番近くにいたわたしが、真っ先に気付くべき事なのに。


「しょうがないよ。まつ子さんは、まひるさんにだけは絶対に悟られないようにしていたんだから」


 藤峯クンの言葉が、わたしの暗鬱な気持ちを優しく解き解す。


「……それでさ、まひるさん。ボクは一つ決めたことがあるんだ。聞いてくれないかな」


 暫く間を置いてから、藤峯クンは少し言い辛そうに切り出した。


 ***


◆◇五里守まつ子◇◆


 話を聞くに、どうやらワタシはまだ生き長らえることができるらしい。

 最期にまーちゃんの走る姿を見届けてから眠りに付こうと思っていたのに、それが逆方向に働いてしまったようだ。

 死ぬ気で最期の望みを叶えたら、逆に生き延びてしまった。何とも滑稽な話だ。


 わたしは枕元に飾ってある一枚の写真を手に取った。

 そこには、満面の笑みで1位の表彰台に立つまーちゃんの姿が映っていた。


 この笑顔を見ていると、生きる気力がわいてくる。

 足枷になるのは御免だが、まーちゃんのけっぱる姿をもっと見ていたいと思った。

 その為にも、まずは病を治すことに全力を尽くそう。足枷になるのは御免だ。

 それに、まだ、まーちゃんを独り残していくには早い。

 介護されてきたワタシが言うのも難だが、あの子はまだまだ不安定だ。

 まーちゃんには黙っとったけど、必死になって蓄えといた大学資金がある。

 それで大学に行かせて、就職して、独りで歩けるようになるまで見届けよう。


 愛しい息子達よ。まだワタシはそっちには行かない。

 見届けることのできなくなったあんた等の代わりに、まーちゃんのけっぱる姿を沢山この目に焼き付ける。

 だからもうちょっとだけ、土産話は待ってておくれ。



6章 たとえこれが最期でも、あんたの雄姿を焼き付けたい。了

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