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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
6章 たとえこれが最期でも、あんたの雄姿を焼き付けたい。
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けっぱれ

◆◇五里守まひる◇◆


 わたしは焦っていた。思うようにペースを上げられず、先頭との距離は開くばかり。まもなく折り返しポイントの勾当台公園。このままのペースでは1位なんて夢のまた夢だ。


 悔しかった。折角藤峯クンが手伝ってくれて、わたしも1位を取ろうと張り切っていたのに、1位どころか上位にも組み込めないなんて。でも、当然だ。今日は小学生の時の小さな大会とは違う。先頭を走っている人達は、今まで絶え間なく努力を積み重ねてきた人達なのだ。それを一ヶ月程度で何とかできるなんて、烏滸がましい考えだった。


――まーちゃんのけっぱる姿を見てっと、元気が貰えさ。


 でも、ここで諦める訳にはいかない。1位がどうした。上位に食い込めないからどうした。あの時の言葉を信じているから、わたしは今走っているのだ。わたしは足に纏わりつくマイナス思考を振り切り、落ちかけていたペースを元に戻す。


「まひるの姉貴ーーー! 歩道橋の上だあーーー!」


 折り返し地点の勾当台公園で、やたら目立ってしょうがない鬼瓦がわたしに向けて叫んだ。歩道橋の上、がどういう意味なのかはよく分からない。でも、彼の叫びは鬼気迫るものがあって、わたしは血液中を流れる酸素と共に、その言葉を脳に送った。


 折り返し地点を超え、今度は逆方向に定禅寺通りを駆け抜けていく。ケヤキのトンネルを潜り、アーケードの入り口、ガラス張りが特徴的な図書館、そして夏の思い出像を横切り、市民会館のカーブを曲まがって西公園通りへと躍り出た。


 西公園を脇に走りながら、わたしは先程の鬼瓦の言葉を思い出した。そういえば、この道路の先に大きな歩道橋がある。途中にある温水プールの施設を横切った辺りで、わたしは俯けがちだった顔を上げ、歩道橋を見上げた。


 わたしは驚愕した。橋の中央に、居ないはずの人が居た。自宅に居るはずの、藤峯クンとおばあちゃんが、そこに居る。


 藤峯クンが歩道橋から身を乗り出してわたしを見下ろしている。おばあちゃんもまた、車椅子を宙に浮かせ、手すりの上から走る私を見下ろしている。


 おばあちゃんどうして? 無理してない? 体は大丈夫なの?

 わたしは喜びよりも先に、不安でココロを刺された。でも――


「まーちゃあああん! けっぱれええええ!」


 藤峯クンが大声で叫んだ。

 声は藤峯クンのものだったが、わたしには分かる。これは、おばあちゃんの言葉だ。

 おばあちゃんが、あの時と同じように、わたしに向けてエールを送っている。


「まーちゃあああん! けっぱれええええ!」


 歩道橋を潜り抜けた後も、背後からおばあちゃんの叫びが聞こえる。

 馬鹿なおばあちゃん。藤峯クンにまで迷惑かけて。本当に馬鹿。


 でも、わたしも馬鹿だ。おばあちゃんの声援を受けて全身に力が漲っていく。

 何て単純。おばあちゃんと同じ大馬鹿者。でもそれがわたし。走ることしか能のない五里守まひる。

 わたしの全身が軽くなった。


「まひる!」


 青葉通りを駆け抜け、旧バイエー前を曲がったところで、凛花ちゃんの叫び声が聞こえた。


「待ってるから! 皆ゴール地点で待ってるから! だから諦めんな!」


 言われるまでも無く、わたしは諦めたりなんかしない。現在の走行距離は10キロ。残りは約半分。ここからなら、まだきっと追いつける!


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


「ハア……ハア……ふ、藤峯……人遣い荒すぎ……」


 気合と根性で車椅子を手摺の高さまで持ち上げていた辻君が、息を切らして地面に座りこんでいた。


「休んでる暇はないよ。急いでゴール地点に行かないと、間に合わないかもしれない」

「い、いや……ちょっと休ませて……」

「却下! 休むのは地下鉄の中で」

「い、1分だけ……」

「五月蠅え! つべこべ言わずボクの言うことに従え! 実は未だ経験なしのなんちゃって色魔が!」

「ギャアアアアア!」

「さあ行くぞ!」

「ふ、藤峯性格変わり過ぎい!」


 辻君の言うとおり、今日のボクは何だか凶暴だ。理由は分かってる。まつ子さんの影響だ。

 今ボクは、まつ子さんの感情の赴くままに動いている。彼女はかなりエネルギッシュでエキセントリックな人間だとまひるさんから聞いてはいたが、想像以上の強烈さだった。


「さあまつ子さん覚悟はいい? まひるさんの雄姿を冥途の土産にするんだろう」

「冗談でも恐いこと言うな!」

「もう少しだけ気張れよ!」


 辻君の突っ込みを聞き流しつつ、ボク達はゴール会場のアスリートパークへと向かった。


 ***


 地下鉄東西線を宮城野通り駅で降り、ボク達は車椅子用エレベーターにて陸上に昇った。そしてエレベーターの出口で、隼人君と夏木さんに合流。


「兄貴こっちっす!」「着いてきて!」


 下調べして貰っていた夏木さんの誘導で、ボク達は最短ルートでゴール地点を目指した。

 だが、会場の入り口にて頭の固そうな警備員に阻まれた。それと同時に15番優勝しろ15番優勝しろとの強い念。それプラス後ろめたい気持ちと麻雀、パチンコ等のイメージ……


「会場内は大変混雑しておりますので、入場制限が――」

「退け! マラソンで賭け事してることを本部に報告すんぞ!」

「どうぞお通り下さい!」


 共感能力はココロが傷付いた人に向けて、一番投げかけて欲しい言葉を理解することができる。

 逆に、後ろめたい気持ちがある人に向けては、一番投げ付けられたくない言葉をぶつける事も可能だ。でも、この悪用は罪悪感が凄まじいため、今日で最後にしたい。


 警備員を退けたボク達は入り口を通り抜け、会場内へと踏み入った。だが、警備員の言う通りアスリートパークの中はゴールの瞬間を見届けようと、大勢の人々でごった返していた。このままでは、ベストポジションでゴールの瞬間を拝めない。


「隼人君お願い!」

「道を開けろやゴラア!!」


 鬼の一喝にて、モーセが起こした奇跡のように人の海が割れていく。


「退け退け小童共こわっぱども! デラックスなまつ子様のお通りじゃい!」


 テンションが色々とおかしくなってしまったボクは、まつ子さんと共に出来上がった道を駆け抜け、観戦にベストな位置を確保した。それとほぼ同時に、後方から大きな歓声が上がった。ボク達が入ってきたのと逆方向から、2人のマラソン選手が先頭争いをしていた。

 一人は背の高い黒人女性の選手。もう一人は……


「まひる走れエエエエエエ!!」


 夏木さんが叫ぶ。


「意地を見せろゴリラあああ!!」


 辻君も叫んだ。


「姉貴イイイイイ!!」


 隼人君も声を荒げた。


「かっ飛ばせえええ!!」


 ボクも、今日一番の叫び声を上げた。


 そして……


「まーちゃんけっぱれえええ!」

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