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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
6章 たとえこれが最期でも、あんたの雄姿を焼き付けたい。
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足枷

◆◇五里守まひる◇◆


 可能なら、藤峯クンと一緒に文化祭を回りたかった。高校最後の文化祭を好きな人と一緒に回るのは、どんなに素敵な事なんだろう。でも藤峯クンは占い喫茶の重要ポスト。彼と一緒に文化祭を回ることはできない。


「まひるさん。よかったら、文化祭一緒に回らない?」


 だから藤峯クンにそう尋ねられた時、わたしは天にも昇る気分だった。


「勿論回る回る! でも本格占いは大丈夫なの?」

「うん。昼をちょっと過ぎた頃に休憩を取ることになっているから、その時なら大丈夫。まひるさんはどう?」

「大丈夫! 一緒に楽しもうね」


 文化祭の日が、楽しみで楽しみで仕方なかった。もしかしたら、ようやく彼に返事を貰えるのかもしれない。期待と不安が混ぜこぜになり、浮かれすぎてその日は眠れなかった。わたしは文化祭を心待ちにしていた。


 でも翌日、おばあちゃんの体調が悪くなったと、お昼にヘルパーさんから連絡があった。

 わたしは文化祭を諦めざるを得なかった。


 ***


 土曜日の休日、わたしはおばあちゃんと一緒に少し遅めの昼食を食べていた。予定通りなら、きっと今頃わたしは藤峯クンと文化祭を回っていたのだろうか。


「まーちゃん……大学には行かんのかい?」


 お昼を食べ終えた後、おばあちゃんがそう尋ねてきた。


「……突然どうしたの?」

「これをヘルパーさんが見つけてくれてね」


 そう言って、おばあちゃんは皺くちゃになった小さな紙をわたしに見せた。それはわたしがゴミ箱に捨てた、進路調査票だった。


「大丈夫。それに書いてある通り、わたしは大学に行かないよ。安心して――」


 わたしは笑顔でそう言った。


「行きなさい」


 でもおばあちゃんの反応は、わたしの想像と違っていた。


「まーちゃん。大学に行きなさい」


 真剣な眼差しで、おばあちゃんはわたしの決意を否定した。


「勝手なこと言わないでよ!」


 大学に行ってもいい?

 どの口が言ってるんだ。そんなこと、できる訳がないのに!


「わたし今までずっと我慢してきたよ。友達と一緒に遊ぶことも、好きな陸上も、やりたいこと一杯一杯あったのに、全部我慢してきたよ。それを今更……」

「まーちゃん。ワタシは大丈夫だから」


 大丈夫? 何が大丈夫だというのだ。全然大丈夫じゃない癖に!


「大学は高校よりも遥かにお金も時間も掛かるんだよ。分かってんの? 行けるわけ無いじゃない!」

「まーちゃん……大丈夫。大丈夫だから」

「それにおばあちゃんが居る限り、大学に行っても同じだよ。同じように、学校に行って、授業が終わったら家に帰って、おばあちゃんの介護をして……」


 言葉が止まらない。わたしの中に溜まった膿が、言葉と共に流れ出す。


「おばあちゃんが居る限り、何も変わらない。おばあちゃんはわたしの足枷なんだ!」


 言ってはならないことを叫んでしまった。

 ハッとして、わたしは顔を上げた。

 おばあちゃんの、とても悲しそうな顔が目に入った。

 わたしは家を飛び出した。


 無性に、彼に会いたかった。

 彼の顔を見たかった。

 藤峯クンに会いたかった。

 わたしは学校へ向けて駆け出した。


 でも、数キロ走ったところで、わたしは立ち止まり、ウチに戻らなければと思った。

 おばあちゃんを放置しておくことはできない。

 わたしは踵を返し、家に戻ろうとした。


 でもその途中、偶然いつものヘルパーさんに出会った。

 ヘルパーさんは暗いわたしを見て察してくれたのか、特別に今日家に行ってあげると言ってくれた。

 わたしはヘルパーさんの言葉に甘え、学校へと向かった。


 ***


「まひるさん?」


 数日振りに見る藤峯クンの顔。数日振りの藤峯クンの声。


「座ってもいい?」

「……どうぞ」


 わたしは藤峯クンの正面に座った。それだけで、わたしはとても安心できた。


 ……しかし、わたしは気付いてしまった。藤峯クンの様子がいつもと違う。いつもは冷静で泰然自若としている彼から、困惑した空気が伝わってくる。馬鹿なわたしは今更気付いた。

 藤峯クンは共感能力者エンパスなのだ。このままだと、自らの醜さを暴かれてしまう。いや、彼の能力は強力だ。きっともう彼に伝わっている。ならいっその事……


「好きな人が、今、すごく頑張って変わろうとしています」


 藤峯クンは黙ってわたしの言葉を聞いてくれた。


「いや、もう変わっています。周りの、彼に対する態度は大きく変わりました。それはとても喜ばしいことの筈なのに、わたしは……」


 わたしは罪人が贖罪するかのように、淡々と話した。


「わたしは、それがとても嫌です。イライラします。自分はどんどん嫌な女になっていくのを感じてます」

「まひるさん」

「そんな嫌な女であるのを見透かされたのか、その人はまだ返事をくれない――」

「まひるさん!」


 恐かった。彼の優しくて、わたしのことを気遣う声が、とても恐かった。


「まひるさん。ボクは――」

「イヤ!」


 わたしは耐え切れず、その場から逃げ出した。


 ***


 体育館で凛花ちゃんに励まされて元気を取り戻し、わたしは家に戻った。藤峯クンの事は気がかりだが、まずはおばあちゃんに酷い言葉をぶつけたことをことを謝らなければ。

 わたしは玄関の前で少し逡巡した後、ゆっくりと扉を開いた。


「ただいま……」


 おかえり、の声はない。そもそも人の気配が無かった。

 わたしは慌てておばあちゃんの部屋に行くと、ベッドの上で寝ているはずのおばあちゃんがそこに居なかった。

 代わりにヘルパーさんからの書置きで、今すぐ連絡を寄越せと、電話番号が書かれたメモがテーブルの上に置かれていた。

 わたしのスマートフォンは、自分の部屋に放置されたままだった。

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