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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
6章 たとえこれが最期でも、あんたの雄姿を焼き付けたい。
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爪痕

 あの日、全てが流された。


 数年ぶりに訪れた我が故郷は、最早故郷と呼べるものではなくなっていた。


 あの日、過去の思い出と共に、全部攫われてしまったのだ。


 50年以上続いていた、友人の営む駄菓子屋さんが跡形もなく消えていた。

 以前店を出していたことのある商店街は無人の廃墟と化していた。

 かつて猛々しい漢共の活気で満ちていた漁港は、トラクターやショベルカーといった大型車両のエンジン音が喧しいだけだった。

 延々と続くもう使われることのない錆びついた線路が、ひたすら虚しかった。

 まるで大きな鉤爪で抉り取られたかのような巨大な爪痕が、ワタシのココロを蝕んだ。


 ……息子たちは未だ行方不明のままだ。


 ***


◆◇五里守まひる◇◆


 わたしの家は今時珍しく、おばあちゃんと一緒に暮らす大家族だった。

 いつでも新婚生活みたいな、仲の良いお父さんとお母さん。厳しくも優しいおばあちゃん。わたしは幸せだった。

 ある日、両親は、約1ヶ月の出張に行った。といっても、家にはおばあちゃんが居たし、週末に両親は帰ってきたから、わたしは別に寂しくなかった。

 でもその日、おばあちゃんから、もう両親が家に帰って来ることは無いだろうと言われた。わたしは突然の事に理解が追いつかず、泣くことさえ出来なかった。わたしは週末、もしかしたらひょっこりとお父さんとお母さんが帰って来るのではないかと思った。

 わたしは玄関で待ち続けた。でも、2人が帰って来ることは無かった。


 お父さんとお母さんが帰って来なくなってから暫くして、おばあちゃんは近所のおばさんにわたしを任せて、自分の生まれた故郷に帰った。わたしも連れて行って欲しいとせがんだが、おばあちゃんは首を縦に振らなかった。


 数日後、おばあちゃんは無事家に戻ってきた。いつもエネルギッシュで元気に溢れていたおばあちゃんだが、鈍いと言われてきたわたしでも分かる位、おばあちゃんから元気が失われていた。


「まーちゃんのけっぱる姿を見てっと、元気が貰えさ」


 徒競走で初めてビリから脱却した時、おばあちゃんがわたしに言った言葉だ。


 おばあちゃんに元気になって貰いたかった。馬鹿で単純なわたしは、小学生マラソン大会で1位を取ったら元気になるんじゃないかと思った。わたしは愚直に、1位になるための特訓に励んだ。


 そして来たるマラソンの日、わたしは特訓の成果を出そうと懸命に走った。でも、沢山特訓してきた筈なのに、緊張から思うように走れず、前方との距離は開くばかりだった。


「まーちゃあああん! けっぱれええええ!」


 コースの中盤、おばあちゃんはわたしに向けてそう叫んだ。本当に単純なわたしは、その応援で調子を取り戻し、グングン走るスピードを上げていった。そしてゴールテープを切る直前で先頭を追い越し、わたしはめでたく一位となった。


 マラソン大会以降、おばあちゃんは元気を取り戻した。もしかしたら、わたしの単純な性格は、おばあちゃん譲りなのかもしれないと思った。


 その日以来、わたしはポジティブで元気でエネルギッシュな、おばあちゃんみたいな人間を目指している。


 ***


 時が経ち、わたしは地元の高校に進学した。中学の時、陸上の大会で全国にまで進んでいたわたしは、勿論高校でも陸上部を選んだ。わたしは小学生でのマラソン大会の経験からか、特に長距離走が得意な選手となっていた。


 わたしは5月末に開催される総体の地区大会に向けて、5000メートル走の特訓に励んでいた。同学年、いや、上級生も含めて、長距離走でわたしに敵う人間は居なかった。地区大会優勝間違いなしと、部活の顧問に太鼓判を押されるくらいだった。

 皆がわたしに期待してくれていた。わたしもそれに応えようと張り切っていた。


 だけど……大会前の5月中旬に、おばあちゃんが倒れてしまった。


 その頃のおばあちゃんは、家では家事をこなし、わたしが学校に行っている間はバイトするという生活を送っていた。しかし、80を超えた老体に無茶なハードワークをしていたらしく、おばあちゃんは過労で倒れてしまった。さらに無理していたことが祟り、おばあちゃんは倒れて以降、介護なしでは生きていけない程、体力が落ちてしまった。


 わたしの家に、24時間介護ヘルパーを雇う程の金銭的余裕はなかった。

 故に、わたしに残された選択肢は一つしかなかった。


 ***


 朝起きて、おばあちゃんの様子を確認する。問題が無ければ早朝ランニングへと出かけ、軽く汗をかいて家に戻る。その後、おばあちゃんを起こしてから、2人分の朝食を準備する。おばあちゃんと一緒に朝食を取り、食べ終わったら食器を片付け、洗い物をする。洗い物が終わる頃にヘルパーさんがやってくるため、おばあちゃんの介護を交代する。


 ヘルパーさんにおばあちゃんを任せた後、わたしは学校へと向かう。学校の授業が終わったら、真っ直ぐお家に帰り、ヘルパーさんと介護を交代する。そして6時に、ヘルパーさんが作り置きしてくれた夕食をおばあちゃんと一緒に食べる。


 夕食を食べ終えたら食器を片づけ、洗い物をする。洗い物が終わる頃に、おばあちゃんはトイレに行きたいと言い始めるから、トイレに連れて行き下の世話をする。おばあちゃんの入浴を手伝い、お風呂から出たらおばあちゃんをベッドに寝かせる。その後、掃除や洗濯をする。


 それらが全て終わったら、今度は少しでも金を稼ぐために内職をする。稼ぎは微々たるものだけど、何もしないよりは遥かにマシだった。内職のノルマをこなす頃には就寝時間になっているから、電気を消して眠りにつく。でも夜中に数回、おばあちゃんがトイレに行きたいと起こされる為、眠い眼を開いて、おばあちゃんの下の世話をする。


 高校生になってからこの繰り返しだった。


 変化が無かった。


 ただ日常が通り過ぎて行った。


 中学の頃の、輝かしい思い出が酷く懐かしかった。


 周りの皆は、高校生活を謳歌している。


 部活に恋に勉強に、彼等は一生懸命になっている。


 わたしはどうだ?


 いつまでこの生活が続くんだ?


 どうしてわたしがこんな目に遭わなければならないんだ?


 ……いや、おばあちゃんの方がよっぽど大変なんだ。


 今はもう居ない、お父さんとお母さんの方がよっぽど苦しかったんだ。


 世の中には、わたし以上に大変な思いをしている人が沢山いる。


 わたし如きの苦悩なんて、彼等と比べたら屁の河童だ。


 弱音を吐いちゃいけない。暗い顔をしちゃいけない。


 周囲を、おばあちゃんを不安にさせてしまう。


 わたしは前向きさが取り柄の、五里守まひるなのだから……

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