占い喫茶でのお仕事
◆◇藤峯シンヤ◇◆
ついに文化祭の日がやってきた。
今まで知らぬ存ぜぬを通してきたシンヤにとって、3年にして初めての文化祭であり、前日は緊張でよく眠れなかった。
占い喫茶は好評を博していた。タロットに興味を持つ人が意外にも多く、カジュアル占いはそれなりに賑わっていた。ボクが担当する本格占いは始めこそ客足が少なかったが、結構当たるという評判が広まりつつあるらしく、徐々に客足が伸び始めていた。
「本格占いに1名様ご案内でーす」
受付の声と共に、暗幕で被われた即席の個室に客が通される。ボクはフードをかぶり、それっぽく演出する。
「……って夏木さん?」
訪れた客は同じクラスの夏木さんだった。彼女は無言で向かいの席に座る。ピンと伸ばされた背筋から、彼女の緊張した雰囲気が伝わってきた。
「別にいいでしょう。ちゃんと金は払ったし。それとも私を占うのは嫌?」
いつも通り、どこかキツい様子の夏木さん。だが、どことなく彼女の表情に暗い影が落とされていた。
「いや、ちょっと驚いただけです。では……」
他の客にもそうしてきたように、ボクは丁寧語で凛花さんに訊ねる。
「本日は何を占って欲しいのでしょうか?」
「恋愛で」
夏木さんは間髪入れず即答した。やはり占いはこの類いのものが一番求められているのだなと思った。
「分かりました。ではまず、相手について教えて頂けますか?」
「……何を教えればいいの?」
「そうですね。相手の性格とか、どこが好きなのかを仰っていただければ結構です」
夏木さんは少しの沈黙の後、ポツポツと小さく語り始める。
「わたしには、好きな人がいます。その人は好きな事に物凄く一生懸命な人で、人気者で明るくて、でも……」
夏木さんはそこで言葉を止めた。肌を刺すような悪寒と共に、ボクの心臓が体の中から逃げたい逃げたいと暴れ始めた。
彼女が抱いている感情は……恐怖だ。
「でも……告白する勇気が無い……と」
ボクの言葉に夏木さんは少し驚いた表情を見せた後、無言で頷いた。彼女は恋に恐怖している。告白して、その人との関係が変わってしまうことを恐れている。その人に嫌われるのではないかと恐れている。
「大丈夫です。あなたが告白しても、あなたがその人に嫌われてしまうことは決してありません」
ボクは彼女を安心させようと、優しい声に努めた。
「何でそう言い切れる?」
「占いでそう出ただけです」
ボクは夏木さんから伝搬される感情を手繰りつつ、彼女を少しでも勇気づけられるよう言葉を紡いでいく。
「あなたは正直に自分の気持ちを伝えていいと思います。そうすれば、あなたの目を覆う雲が少しは晴れるのではないかと、占いではそう出ています」
彼女の内なる恐怖は、この程度の言葉で打ち消すことはできない。でも少しだけ、ほんの少しだけ彼女の気は楽になったみたいだった。
***
「本格占いに1名様ご案内でーす」
受付の声と共に暗幕で被われた即席の個室に客が通される。ボクはフードをかぶり、それっぽく演出する。
「……って辻君?」
夏木さんに続き、今度は同じクラスの辻亮平が訪れてきた。しかし、辻君みたいな人が占いに頼るのはちょっと意外だ。
「男の客はNGか?」
「いや、占いに頼る人だとは思ってなかったから」
「受付の子にも言われたぜ」
辻君は苦笑しながら向かいの席に腰を下ろした。ちょっと格好つけて、横向きに座るのが辻君らしい。だが、男が無駄に格好付けているときは、虚勢を張っているという意味でもある。
「では、本日は何を占って欲しいのでしょうか?」
「恋愛だ」
相手に付いて教えて頂けますか? と、ボクが定型句を述べる前に、辻君は矢次に言葉を続けた。
「好きな子がいるんだ。その子は今、物凄く苦しんでいる」
辻君は、まるで自分の事のように語る。
「助けてあげたいけど、俺にはどうにもできない……それが凄く……」
悔しい。辻君は言葉にこそ出さなかったが、彼から伝播される感覚、喉の奥に何かがへばり付いているような息苦しさが、彼の苦しみを物語っていた。本当に優しい人だと、ボクは素直に感心した。
「その人の傍にいて上げて下さい。その人のことを見ていてあげて下さい」
「……でも、その人は迷惑に感じると思うぜ」
辻君がとても悲しげに、いや、実際悲しんでいる声を出した。
「迷惑でも構いません。男には時に強引さも必要です」
そう告げると、辻君はとても可笑しそうに笑った。
「ハハッ! まさか藤峯からそんなセリフが聞けるとはな」
彼の苦しみを取り除けた訳ではないが、少しは元気になったようだ。カラ元気だったが、それでも無いよりはましだった。
***
「本格占いに1名様ご案内でーす」
受付の声と共に暗幕で被われた即席の個室に客が通される。ボクはフードをかぶり、それっぽく演出する。
「……ってまひるさん?」
夏樹さんと辻君に引き続き、まひるさんが本格占いにやってきた。
「数日振りだね」
文化祭までの数日間、ボクはまひるさんと会っていなかった。彼女はここ数日、学校を休んでいたのだ。今日も事情で文化祭には来れないと聞いていた。だから、彼女が来てくれたことはとても嬉しかったのだが……
「座ってもいい?」
部屋に通されたまひるさんは、彼女にしてはとても珍しく、目に見て分かる位に気落ちした表情だった。
「……どうぞ」
ボクが着席を許可すると、まひるさんは物憂げにゆっくりと椅子に座った。彼女の、いつもと全く違う雰囲気にボクは内心動揺していた。
動揺させられたのはそれだけじゃない。まひるさんから伝わってくる、針のむしろにいるような、暗く、どんよりと、昏昏とした感情。これは後悔と自己嫌悪……そして罪悪感だ。
「好きな人が、今、すごく頑張って変わろうとしています」
動揺の最中、まひるさんが勝手に語り始めた。ボクは頭を切り替え、彼女の言葉に耳を傾ける。
「いや、もう変わっています。周りの、彼に対する態度は大きく変わりました。それはとても喜ばしいことの筈なのに、わたしは……」
ジクリと、心臓が膿んでいるかのような痒みを覚えた。
「わたしは、それがとても嫌です。イライラします。自分がどんどん嫌な女になっていくのを感じます」
「まひるさん」
「そんな嫌な女であるのを見透かされたのか、その人はまだ返事をくれない――」
「まひるさん!」
ボクは彼女の両肩を掴み揺すった。彼女の惨憺とした思いがどんどん強くなっていくのを感じた。
ボクの返事はもう決まっていた。でも返事できなかったのは、まだ自分に自信が無かったからだ。彼女に誇れるくらいの、自分になってから想いを告げようと思っていた。
でも、それが彼女を不安にさせていたというのなら……ボクは馬鹿だ。
「まひるさん。ボクは――」
「イヤ!」
彼女は激しく手を振り回し、肩を掴んでいたボクの手を強い力で払った。勢い余って、彼女の手の甲がボクの頬に当たり、逆ビンタのようになってしまう。それに気付いたまひるさんから、激しい自責と後悔の念が流れ込んできた。
まひるさんは無言で部屋を飛び出した。
「まひるさん待って!」
ボクは彼女の後を追い駆けた。だが、彼女の後姿は見る見るうちに小さくなり、あっという間に見失ってしまった。




