持て余す感情
◆◇辻亮平◇◆
「ってなわけで亮平。機会を作ってやったんだから、今度こそ決めろよ」
と、ニコニコ笑顔の友人達。やはりというか、彼等はいつまで経っても進展しない俺とまひるの仲を案じて一計を講じたのだろう。多分、クラス委員長も関わっているな。
「だからいつも言ってんだろ。俺は別に雌ゴリラのことなんか……」
「またまた照れちゃってもー。あーんな分かりやすい態度を取ってるのに」
「お前の甘いマスクならガードの固い幼馴染でもイチコロだって」
「ぽっと出の藤峯なんかに負けんなよ」
俺は「まあ頑張ってみるぜ」と友人達に笑顔を向けてから玄関口で彼等と別れ、部室へと向かった。
友人達は本気で俺のことを応援してくれている。その気遣いは本来であれば嬉しいことなのだが……
「……余計な事しやがって」
俺のココロは冷たくなるばかりだ。
***
◆◇五里守まひる◇◆
「何で出るって言っちゃたんだろう……」
わたしは誰も居なくなった教室で、机の上に突っ伏しながらぼやいた。
「ああ、ちゃんとカプコンの意味分かってたんだ」
「凛花ちゃんわたしを馬鹿にし過ぎ」
そう、カプコンが何のイベントであるか、わたしは十分理解していた。そしてそれに亮平と共に参加することが何を意味するかも十分理解していた。理解していたのだが、クラスの女子に持て囃される藤峯クンを見ていたら何だか腸が煮えたくり、気付いたら亮平とのカプコン参加を了承してしまった。自分でも何故こんな行動を取ってしまったのか、まるで理解できなかった。
そもそも、藤峯クンが人気を得ている今の状況がとにかく嫌だった。藤峯クンの悪い噂が無くなり、彼が楽しい高校生活を送ってくれることを何よりも望んでいたはずなのに、実際そうなると心底面白くなかった。矛盾していると思った。
この矛盾した思いが何なのかは薄々勘付いている。それは嫉妬だ。わたし以外の人が藤峯クンと仲良くしているのを見ると、激しい嫉妬を覚えてしまう。わたしは嫉妬という初めての感情を持て余していた。
「っていうかさ、嫉妬というよりも、独占欲って感じじゃない?」
「……声に出てた?」
「いや、まひるの顔見てたら何考えてるか大体分かるし。アンタ単純だから」
「むー、凛花ちゃん酷い」
何かを独り占めしたいとか、そういう思いを抱いたことは余りない。寧ろわたしは皆に分け与えて、喜んで貰ったほうがが嬉しいタイプだ。だから、そういう感情とは無縁だと思っていた。
でも凛花ちゃんの言うとおり、わたしは藤峯クンを独占したいのだろう。彼が他の女性に笑いかけるのを見るとイラッて来るし、逆に女性が藤峯クンの綺麗な瞳を褒めているとジェラって来る。
恋に先も後も無いというのに、わたしが先に見つけたのにという理不尽な憤りを覚えてしまう。そもそも藤峯クンがわたしの返事を先送りにしてるからだと、八つ当たりに近い感情を抱いてしまう。
「わたしってこんなに醜い人間だったかな……」
藤峯クンと出会ってから次々と発見する知らない自分に、わたしは慄くばかりだ。
「でも……なんか羨ましい」
凛花ちゃんは甘く切ない声で呟いた。
「私はいつものまひるよりも、今のまひるの方が好きだよ。だって人間なんだから嫉妬するぐらい当たり前じゃない。好きな人に群がる奴がムカつくのは至極当然よ」
凛花ちゃんが励ますようにわたしの肩を叩いた。
「っていうかさ、藤峯も藤峯よ。あいつまだ返事してないんだろ。男らしくさっさと付き合うか振るか決めやがれっつーの」
「振るとか言わないでよー」
現実味を帯びた言葉を聞き、わたしは情けない声を上げてしまった。
「ごめんごめん。っていうかさ、アンタ十分可愛いんだからもっと自信持てっつーの」
「ほ、本当。ゴリラ神の五里守なのに?」
凛花ちゃんは笑顔で頷いた。
「っていうかさ、アンタをゴリラ呼ばわりする男子が糞なのよ。っていうかさ、藤峯はどうなの? アンタをゴリラ呼ばわりした?」
わたしは首を横に振った。
藤峯クンはわたしをゴリラ呼ばわりするどころか、苗字で呼ばれることも嫌だったわたしを気遣い、名前で呼んでくれていた。
「だったら十分脈ありじゃない。前向きが取り柄のあんたが、そこを前向きにならなくてどうするのよ」
「凛花ちゃん……ありがとうー。大好き」
「ちょっと! 暑苦しいから引っ付かないで!」




