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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
4章 これが恋だと分かっても、今のままじゃ意味がない。
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変貌

◆◇五里守まひる◇◆


 藤峯クンがトイレに行ってからもう20分以上経過する。わたしは少し不安になって来た。腹の調子がおかしいと言ってたから、時間が掛かるのは分かるのだが、それにしても長すぎじゃない?

 そろそろわたしは家に戻らなければならない時間だった。でも、このまま顔を合わせずに別れるのは嫌だった。映画を観終わった後、藤峯クンはずっと難しい顔をしていた。もしかして嫌いなタイプの映画だったのか、それとも別の何かが問題だったのか、不安で不安で仕方なかった。

 前向きさが取り柄のわたしが、彼のことになると途端にネガティブになる。わたしはこんなに暗い人間だっただろうか?


「お待たせ」


 藤峯クンがフードコートに戻ってきた。腹の中身を全部出した後のような、スッキリとした声だった。その爽やかさすら感じる声に、気を揉んでいたわたしは些か腹が立った。


「大分長かったね」


 だからなのか、なんだか嫌味っぽく言ってしまった。


「ハハッ。確かに長過ぎたね。ゴメン」

「……藤峯クン?」


 何だろう。トイレに行く前と後で雰囲気が変わった気がする。月並みな表現だが、憑き物が墜ちたというかなんというか、そこまで具合が悪かったのかな?


「まひるさん時間は大丈夫?」

「え? ああ、もう帰らないと……」

「じゃあ駅まで一緒に行くよ。まひるさんは富沢方面だっけ?」

「う、うん……」


 やっぱり何かが違う。藤峯クンと一緒に地下鉄へと向かったが、歩き方まで違っているように見えた。わたしは我慢できなくなり、駅のホームで次の地下鉄を待ってる時に、彼に訊ねた。


「ねえ……何かあった?」

「何かって、どういうこと?」

「いや、何か藤峯クン。雰囲気が変わったような……」

「教えない」


 アナウンスと共に富沢方面の列車が到着した。その時、電車による風圧のためか、地下であるにも関わらず風が吹き、藤峯クンの伸ばされた前髪が吹きあがった。藤峯クンはその蒼い瞳に、いたずらっ子のような笑みを携えていた。


「ほら、電車が到着したよ」

「う、うん……」

「じゃあ、また学校で」


 わたしは開かれた扉を潜り、車両の中に足を踏み入れた。そして背後を振り返り、自動ドアが閉じる直前で、彼はわたしに向けて言った。


「まひるさん……ありがとう!」


 扉が閉まり、列車は発進する。彼の姿はどんどん小さくなって行く。


「いったい何なのぉ……」


 訳が分からずわたしはその場にへたり込み、情けない声を上げてしまった。


 ***


 そして夏休みが終わり、新学期が始まった。

 学生生活の内、約1ヶ月にも渡る長い休みは、程度の差こそあれ変化が生じる。


 例えば肌の焼けた者。


「うわっ……辻君すっごい日焼け」

「ああ。夏休み中はずっと練習してたからな。海に行ってねえのにこの有様だぜ」


 髪型を変えた者。


「あれ……田宮さんお下げ止めたの?」

「うん。思い切ってストレートにして見たけど、変かな?」


 人間関係が変化した者。


「ええっ! オニトさんと一緒に七夕祭りに行ったの? それでそれで!」

「えっとね……それでね……隼人君の方から……」


 特に変化のない者。


「凛花ちゃん実家はどうだった?」

「どうだったって……いつも通りよ。相変わらず何もなくて糞暑かっただけ」


 そして……


「っていうかさ、アンタ私の留守中に藤峯とデートしたらしいじゃん。どうだった? 何か進展はあった?」

「いや……」


 夏木凛花は五里守まひるの反応を見て、深く溜息を吐いた。その後、少し嬉しそうに笑いながら言った。


「ま、あんたも藤峯も奥手なんだから、ゆっくり気長に頑張んな」


 その言葉に、まひるは渋柿を食べたかのような険しい表情を見せた。


「ど、どうしたのまひる?」

「ゆっくりしてたら、奪われそうな気がして……」


 まひるの不安げな声に対し、凛花は声を上げて笑う。


「あんな奴誰が狙うっていうのよ」


 ケラケラと心底可笑しそうに笑う凛花だが、まひるの表情は晴れない。


「え? まひる……まさかあんた本気で不安に思ってるの」

「だって……」

「大丈夫だって! っていうかさ、あんな陰気野郎まひるしか興味もたないってば」

「でも……」

「でもも糞も無いの。まー、藤峯の顔見りゃ安心すんだろ。ああ、でも前髪で隠れてっからみえないか。っていうかさ、藤峯まだきてねーな」

「うん……」


 始業10分前になっても、藤峯シンヤの席は空席のままだった。


「まー、元々早く学校に来る奴じゃなかったし、5分前までには来るんじゃない」


 しかし、凛花の予想は外れ、藤峯は残り5分を切っても現れなかった。刻一刻と時計の針は進んでいく。そして長針が59の刻を示した時、黒板側の教室の扉が開かれた。時間的に担任の教師だと思い、生徒達は各々の席に着いたが、現れたのは見たこともない少年だった。


 短めに切られ、毛先を軽く遊ばせた黒髪。中性的でありつつ、精悍さも併せ持つ端正な顔。ぱっちりと大きな眼は愛嬌を感じさせるが、目元はキリリと利口かつ誠実な印象だ。そして、何よりも特徴的なのはその蒼い瞳だった。秋の空を思わせる深く美しい蒼の双眸は、まるで精巧な彫刻が施された宝石のよう。

 突如現れた謎の美少年の来訪に、クラス一同は息を呑んだ。少年は「おはよう」と一言挨拶をした後、少しぎこちない歩みで教室の中央を抜け、一番後ろの扉側の席にさも当然のように着席し、腕と足を組んだ。


「ふ、藤峯クン……そ、その、か、か、か、髪……」

「ああ、いい加減邪魔だったから切った」


 ぶっきらぼうに彼は答えた。そして、突如現れた美少年が誰であるかクラス全員が理解した次の瞬間、教室内はもはや怒号とも言える喧騒で包まれた。


「手前らうるせえぞ! 休み明けだからってはしゃぎ過ぎだ……ってお前誰?」


 担任の先生を含め、同級生の反応に目を丸くしつつ、藤峯シンヤは悪戯が成功した子供のように、無邪気に笑った。



――4章 これが恋だと分かっても、今のままじゃ意味がない。了

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