決意
◆◇藤峯シンヤ◇◆
小学生の時、傷害沙汰を起こしかけたことがある。ボクの瞳は、日本人にしては極めて珍しい青い色で、この目の色が原因で虐められたことがあった。でもボクは共感能力者だ。相手がボクに悪意を持てば、ボクもそれ相応の悪意を相手に持ってしまう。そして自制心の無い小学生が互いに悪意を持てば、それはどんどんエスカレートしていき、危うく取り返しのつかない事態になりかけた。
あの時学校に来た両親の表情は今でも忘れられない。だから何事にも動じない強いココロを身に付けなければならないと思った。
中学生の時、ボクは自殺しかけたことがある。でもそれはボクの意思ではなかった。そういう願望を持つ人と関わってしまったがために、ボク自身にはその気がなかったのに、死という道を選びかけてしまった。
あの時、両親の深い絶望を受信し、与えてしまった痛みと悲しみに激しく後悔した。二度とあんな思いをさせてはならないと思った。だからもう、人と関わってはいけないと思った。
地蔵のように、ただ空虚に独りで生きるしかないと考えていた。人と自分の感情の境界線が曖昧な、共感能力という障害を有するボクに残された道は、もうそれしか無いとずっと思っていた。
――キミが好きです!
でも、ボクは彼女と出会ってしまった。
***
「つーかさ、お前の言うとおり五里っちマジでいたな」
「だろ。あんなスタイルのいい女子、五里守以外いねーよ」
「隣のチビも藤峯で確定だな。凸凹カップル誕生ってか」
「馬鹿ちげーよ。五里っちやさしーから、可哀想な奴に付き合ってるだけだろ」
「いやー、可哀想ってだけで映画まで付き合うかな?」
「五里っちならやりかねねーだろ。つーかさ、あいつ最近調子乗り過ぎじゃね?」
「藤峯のことか?」
「いや、ウジ峰」
「お前本当に藤峯のこと嫌いだよな。何かあったのか?」
「……だってウジ峰見てっとムカツクじゃん。いっつも暗えし何考えてんのかわかんねーし」
「まあ俺も別に好きじゃないけどさ、あんま露骨にするのもクラスの雰囲気悪くすっから止めとけよ」
「つーかさ、アイツ本当に気味悪いじゃん。何もしてないのに妙に存在感があるっていうか、つーかさ、何で五里っちも亮平もウジ峰に絡むかな。あんなウジに絡んだらランク下がんだろ」
「……いや、もうちょっとした噂になってるぞ。五里守は男の趣味が悪いだとか、亮平への当てつけで藤峯と仲良くしてるだとか」
「あー、俺も小耳に挟んだことあるかな。五里守さんそんなことする人じゃないんだけどねー」
「ホントウジ峰疫病神。ウジはウジらしく潰れてろっつーの」
「ま、カースト最底辺に絡んでも碌な事が無いのは確かだな」
「ねー。俺達で亮平のことを守ってやらないとなー」
3人組の足音が遠く離れていく。ようやく彼等はトイレから出ていったようだ。
ボクは万が一でも鉢合わせる可能性をゼロにしたかったため、彼等が出ていってから5分以上経過してから個室から出た。
水道で手を洗い、ハンドドライヤーで手を乾かした。そのついでに鏡を見た。肩口まで髪を伸ばし、前髪で目を隠した自分は、陰で貞夫と呼ばれるのも納得な薄気味悪さだった。
ボクは自分の目が嫌いだった。母親はとても綺麗な瞳だと褒めてくれたが、ボクには濁った水面のような汚い色にしか見えない。それに小学生の時みたいなトラブルはもう二度と御免だった。だから前髪を伸ばし、誰にも見られないよう隠してきた。
――誤解されることに慣れちゃ駄目。
陰で色々言われているのはずっと前から知っていた。でもボクは何もしなかった。肯定も否定もしなかった。人と関わらないで済むのなら、むしろ悪評が広まるのは大歓迎だった。人と関わると今まで碌な事にならなかったのだから。
――当たり前じゃないっすか! 尊敬する人が悪く言われてるのなんて嫌に決まってるっす!
そうだ……ボクもそうだ。自分が関わったことで、好きな人が悪く言われるのは我慢ならない。嫌だ。物凄く嫌だ!
――髪を切った方が絶対に格好いいですよ!
今のままじゃ駄目だ。
空っぽのままじゃ駄目だ。
変わらなければ駄目だ。
前を見なければ駄目だ。
――キミの能力は誰かを助けることができます。もっと胸を張りなさい!
もう能力を嘆くのは終わりにしよう。
彼女の言葉通り、胸を張り誇れる自分になろう。




