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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
1章 彼女の気持ちが分かっても、恋というものは分からない。
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特訓は長町・ド・モールで

◆◇五里守まひる◇◆


 長町・ド・モールは数多あまたの専門店と映画館からなるS市内最大級のショッピングセンターだ。市の中心部から離れた場所にあるが、地下鉄長町駅から降りてすぐの場所にあるため利便性は悪くなく、いつも大勢の人で賑わっている。今日は平日だから休日に比べて人は少なめだが、それでも人の多い場所であることには変わりない。

 そう、ここがわたしの選んだ能力訓練場である。ド・モールに到着し、早速わたしは藤峯クンと特訓に励もうと思っていたのだが、


「ゼエ……ゼエ……ま、まひるさん……歩くの……というか走るの……はやすぎ……」


 肝心の藤峯クンが息を切らしていた。


「情けないこと言わないの。地下鉄高いからお金が勿体ないって言うから歩いてきたんじゃない」

「遠まわしに断ったつもりだったんだけどな……」


 藤峯クンの呟きを無視しつつ、わたしは店内地図で休憩できる場所を探した。


「すぐそこにフードコートがあるみたいだから、そこで休もっか」


 わたし達は店内中央に位置するフードコートへと向かい、4人席のテーブルに腰を下ろした。わたしはフードコート内の店でドリンクを2つ注文し、その内の一つを藤峯クンに渡す。


「汗を掻いたら水分補給。これもトレーニングの基本です」

「あ、ありがとう……」


 藤峯クンはコップを受け取るとすぐストローに口を付け、容器内の液体を吸い上げた。両頬がハムスターのように膨らんで可愛かった。彼の様子を眺めながら、わたしも飲み物に口を付けた。

 藤峯クンの飲み物が半分ぐらい減った辺りで、彼はストローから口を離し尋ねてきた。


「まひるさんは、ボクの能力を何とかできると思っているのか?」

「思ってる」


 藤峯クンが不思議そうに、かつ、何かを期待するような眼差しで私を見つめてきた。わたしは自分がまだ小学生だった頃を思い出しながら話す。


「わたしね、昔はすっごく足が遅かったの。徒競走はビリ当然。のろまなカメ女ってしょっちゅう笑われてたの」


 今では考えられないが、小さい頃の私は運動が超が付くほど苦手だった。わたしは自分の運動音痴をいつも嘆いていて、家族もみんな心配していた。一人を除いて……


「でも、おばあちゃんは、おばあちゃんだけはわたしを甘やかさず『できないことをできないと嘆く暇があったら、できるようになる努力をしなさい』って叱ってきたの」


 ある日、おばあちゃんは特訓だと称してわたしを市の体育館に連れていった。そして、トレーニングルームのランニングマシンをひたすら走らされ続けた。


「辛くなかった?」

「それがねえ……意外にも面白かったの」


 シュルシュルシュルと音を鳴らしながら川のように流れるベルト。スピーカーから発される軽快な音楽。とってもハイテクそうな電子パネル。どこか近未来的な雰囲気を感じさせるそのマシンは、まるでゲームをプレイしているような感覚で、マシンの上でなら走るのが全然苦じゃなかった。それどころかランニング中にペカペカ光る電子パネルに、走れば走るほど上昇していくデジタル数値がなぜか面白かった。


「それにトレーニングを終えた後、おばあちゃんは必ず好きなアイスクリームを買ってくれたの。汗を流した後のアイスクリームって本当においしくて、わたしは次はいつトレーニングに行くのかって自分から望むようになったの」


 完全におばあちゃんの思うつぼだった。わたしってすっごく単純だったよね。


「そして体育の授業で、わたしは初めてビリから脱却した。わたしは嬉しくて嬉しくて堪らなくて、何度も何度もそのことを家族に伝えたの」


 あの時、わたしは努力の喜びを知った。あの日以来、わたしは走るのが苦じゃなくなった。ランニングマシンに頼らずとも自主的にトレーニングをするようになった。


「そして遂に、わたしは小学生のマラソン大会で1位を取ることができたの。信じられる? カメと馬鹿にされた女が1位をもぎ取ったの。落ち込んでいたおばあちゃんも涙を流して喜んでくれて、本当に嬉しかった」


 その日から、わたしは走ることが本当に好きになった。あの日、わたしの世界が一変したのだ。

 一しきり語り終え、わたしはあらためて藤峯クンの顔を見た。藤峯クンの目から涙が零れ落ちていた。それも一筋ではなく、流れる涙は頬から顎にかけて川を成していた。彼が泣いているという事実に、わたしは心底驚いた。


「ど、どうして泣いているの? そこまで感動することだった?」

「え? いや、これは……」


 藤峯クンは腕で顔を庇いわたしから表情を隠す。彼が泣くのを見るのはこれで2回目だ。わたしは空気を変えようと明るく振る舞う。


「と、とにかく、わたしが走るのを好きになったように、超能力的なものにもトレーニングが重要なのです。藤峯クンのキャンパスもトレーニングで何とかできると思うのです」

「キャンパスじゃない。エンパスだ」


 藤峯クンは鼻を啜りながら訂正した。彼は隠していた顔を上げ、わたしに向けて宣言する。


「わかった……そこまで言うなら、少し頑張ってみようと思う」


 かくして、わたしと藤峯クンの秘密特訓が始まった。

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