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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
4章 これが恋だと分かっても、今のままじゃ意味がない。
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駄々っ子再び

 映画チケットの購入を終えた3人組はシアタールームに入場し、指定された席に腰を下ろす。そして上映開始までの間、周囲の迷惑にならない程度の声で雑談していた。


「そーいや、さっき五里守を見かけたぞ」

「え? どこでだ」

「ここのエントランスで。男連れだったぞ」

「お! ようやく我らが王子様がマジになったのか?」

「いや、隣にいたのはチビだったから亮平じゃねーよ。多分あれは藤峯だ」

「五里っちがウジ峯と? 何で?」

「多分デートじゃね。五里守大分めかしこんでたし」


 それを聞いて、他の男2人が声を押し殺して笑った。


「いやいやありえねーって。つーかさ、あんな陰キャと五里っちがデートとか、バランス悪すぎんだろ」

「なんかの見間違いじゃねーの?」


 2人は笑いをかみ殺しながら面白おかしく指摘する。


「うーん……まあ、確かに遠目だったし。でも背の高い女だったしなあ……」

「背のたけえ女なんて五里っちだけじゃないだろ。見間違いだ見間違い」

「でも、もしそれが本当なら亮平が浮かばれねーな。あんなに分かりやすい態度取ってるのに」

「いやいや、本命以外の女に声かけまくってんだからむしろザマアって感じじゃね。あいつ最近付き合いりーし」

「そりゃ最後の大会が近いから――」


 話の途中で上映開始を告げるブザーが鳴り、3人組は席に座り直した。否定こそしたが、2人の男は五里守と藤峯がデートしてるという話が中々頭から離れなかった。


 ***


◆◇五里守まひる◇◆


 あぶり焼き牛タン丼を食べ終え、わたしと藤峯クンは今度こそ映画館へと向かった。前に観ようとして観れなかった『キサマの名は。』がまだ上映中だったため、わたし達はそのチケットを購入した。『キサマの名は。』はかなりの大ヒット映画で、4月の時は常時満席の状態だったが、ロングラン上映の終わりも近い今は空席が目立っており、わたし達は前から7列目の中央というベストの席を確保することができた。


「後は正面に背の高い人が座らなければ完璧だ」


 藤峯クンの呟きに、わたしは悪いと思いつつも笑ってしまった。


「さっき昼食取ったばかりだけど、ポップコーンでも買っとく?」


 藤峯クンが売店を指差して言った。


「こういう所で食べるポップコーンって無性に美味しいんだよね」

「じゃあ買ってくるよ。飲み物は?」

「蟹はコーラを欲して穴を掘るって言うから、王道のコーラで」

「コーラで溺れ死にたいのかな? つまりLサイズをお望み?」


 わたしは笑顔で頷くと、藤峯クンは「じゃあ買ってくる」と言って売店へと向かった。

 よし……いつもの調子が戻ってきた。藤峯クンもわたしの無茶振りボケに突っ込んでくれている。

 しかし、こういう時に限って邪魔というものは入るもので――


「ヤダヤダ! ジバワンのシール買ってくれなきゃヤダー!」


 グッズストアの正面で小さな子供が駄々こねていた。何というデジャブ。しかも藤峯クンは売店に向かって駄々っ子のすぐ傍を通り過ぎるところだった。このままだと、彼の共感能力エンパシーが問答無用で発動し大恥かいてしまう!

 わたしは慌てて彼の元へと駆け寄った。


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


「ヤダヤダ! ジバワンのシール買ってくれなきゃヤダー!」


 ポップコーンとコーラを買いに行く途中、既視感のある騒ぎがボクの直ぐ真横で起きていた。人気ゲーム『妖怪デバイス』のシャツを着た子供が地団駄を踏んでいる。


「だから売り切れちゃったから買えないって言ってるでしょ!」

「買ってくれるって約束したじゃん! 嘘吐き嘘吐き嘘吐きーーー!」

「嘘なんか吐いてません! しょうがないの! 無理なものは無理なの!」

「ママの馬鹿あああああ!!」

「親に向かって馬鹿とは何ですか! もう知りません! 悪い子は置いていきますからね!」


 そう言って、母親は子供に背を向け、出口に向けて足早に歩き始めた。子供は尚更大声で泣き喚き始め、子供特有の耳を劈くような叫び声が周囲に響く。


「うるせーぞ餓鬼! 公共の場所では静かにしろ!」


 そこに大人げない怒鳴り声。いい年した大人の癖に、感情の抑制ができない子供を恫喝したら、余計酷くなるということを知らないのだろうか。案の定、子供はガラスを割らんばかりの勢いで泣き叫んだ。

 ボクはゆっくりと傍に行き、膝を突いて視線の高さをその子と合わせる。


「ねえキミ。騒いでも欲しい物は手に入らないよ」

「ナナ悪くないもん! 約束だったもん!」


 ボクは財布から1枚のシールを取り出し、子供に見せた。


「あ! ジバワンのシール!」


 一瞬で泣き止み、目を輝かせる子供。単純な子供で助かった。


「ボクの頼みを聞いてくれたらご褒美にコレを上げるけど、聞いてくれるかな?」


 子供はコクコクと頷く。単純な子供で良かった。


「じゃあクエストだ。そこのお店でポップコーンを買ってきてくれるかな。それと交換だ」

「でも、ナナお小遣い持ってない……」

「ごめんごめん。ちゃんと渡すよ」


 そう言ってボクは子供に500円玉を握らせる。


「それじゃあクエスト開始!」


 ボクがそう言うと同時に、子供は売店に向けて駆け出した。そして指示通りポップコーンを買い戻ってくる。


「クエスト達成だね。じゃあ、これはその報酬」


 ボクはポップコーンを受け取り、代わりにジバワンのシールを渡した。子供は誇らしげにシールを掲げる。

 直後、子供の母親が慌てた様子で戻ってきた。母親は3階まで子供が降りて来るのを待っていたのだが、急に泣き声が止んだため不安になったらしい。母親は礼を言った後、子供と一緒に映画館を後にした。


「藤峯クン……どうして?」


 まひるさんがボクのことを驚いた目で見ている。確かに、全く関係無い他人として出しゃばり過ぎだったかもしれない。


「ああ、ボクにもあれくらいの歳の離れた妹が居てね。何だか放って置けなくて」

「いや、そうじゃなくて」

「うん? ああ、ジバワンのシールのこと? あれはダブったからいらないって妹が無理矢理――」

「藤峯クン……気付いてないの?」


 まひるさんが困惑気味に告げる。


「藤峯クンの共感能力エンパシー……何で発動しなかったの?」


 言われて初めて、ボクはその事実に気付いた。

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