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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
4章 これが恋だと分かっても、今のままじゃ意味がない。
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あぶり焼き牛タン丼

◆◇藤峯シンヤ◇◆


 ボクはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、決済アプリにて駅の改札を抜けた。


 思ってたより早く着いたな……


 取り出したスマホの画面には11時25分の文字。待ち合わせの12時まで、後30分以上ある。待ち合わせ場所に到着するまでどれ位掛かるか分からなかったから、余裕をもって早めに家を出たのだが、少々早過ぎたようだ。

 かといって、喫茶店に入って時間を潰すには中途半端な時間だし、それにお金が勿体なかったため、そのまま待ち合わせ場所でまひるさんを待つことにした。

 スマートフォンの動画で適当に暇を潰していたが、それにも飽きてきたため、何となく駅の改札口の方に目を向けた。丁度地下鉄が到着したらしく、階段から大勢の人が集中豪雨時の下水道のように溢れ出てきた。その人混みの中に見知った顔を発見した。

 まひるさんではなく……同じクラスの、辻君とよくつるんでいる3人組の男子。辻君の姿は見当たらなかったから、今日は彼等3人だけで遊んでいるのだろう。そして彼等はこちらへの方へ向かってきた。ボクは思わず近くの柱の陰に隠れ、彼等をやり過ごそうとした。

 3人組はボクの姿に気付くこともなく、ド・モールへと続く専用エスカレータに乗り、地上へと昇って行った。ボクは安堵で嘆息を漏らし、同時に不思議に思った。

 人からどう思われても気にしてこなかったボクが、どうして今日に限って姿を隠すような真似をしたのだろうか?


「ふーじみーねクン!」


 自問する中、突如背後から声を掛けられ、アヒルの悲鳴のような声を上げてしまった。


 ***


◆◇五里守まひる◇◆


 ちょっと驚かせようと思って、背後からゆっくりと藤峯クンに忍び寄り、彼の名前を呼びながら両肩に手を掛けた。すると彼はグワグワとガチョウのような怯えた声を上げた。何事かと周囲の視線がわたし達に集まり、ちょっと恥ずかしかった。


「あ、ああ何だ……まひるさんか」

「驚かせてごめんなさい」


 化け物を見たかのような藤峯クンの驚きっぷりに、わたしは少しショックだった。

 まあ、驚かせようとしたわたしが悪いんだけど……


「とりあえずモールに行こっか」


 空気を変えようと、わたしは明るく言いながらド・モールへと直通するエスカレーターを指差した。しかし、藤峯クンは何故か口元を引き締め、渋い表情を見せた。そんな彼の顔を見て、わたしはなんとなく不安な気持ちになった。


「……運動不足気味だから、ちょっと外を歩きたい。散歩しながらモールに行こう」


 でも、彼の提案で不安は一瞬にて霧散した。

 わたし達はド・モールとは反対方向の西1の出口から外へ出て、適当に周囲を散策する。特に目的も無く、ド・モール周辺をぐるりと回っただけだったが、彼と並んで歩いているだけで、遊園地のどんなアトラクションよりもドキドキし、楽しかった。

 まるでデートみたいだ。いや、間違いなくこれはデートだ。

 でも、彼にはそういう意図は無いのだろう。その証拠に、彼はいつも通りのお澄まし顔だった。それでもわたしは嬉しかった。


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


 ……どうしよう。まひると並んで歩いてるこの状況が凄く恥ずかしい。

 正直まひるさんと隣り合ってではなく、その後ろを歩きたいが、男として女の後を金魚のフンみたいについていくなど情けないにも程がある。でもやっぱり恥ずかしくてしょうがなく、平常心を保つことで精一杯だった。

 対するまひるさんはいつもと変わらぬニコニコ笑顔で、とても自然にボクの隣を歩いている。デートのつもりで彼女を誘ったのだが、そういう意識は無いのだろう。それが少し悔しかった。


 ド・モールの周辺をぐるりと回ってから、ボク等は当初の予定通り映画館のある2号館へと向かった。1階から2階、2階から3階そして3階から4階へとエスカレーターを昇り、映画館のエントランスに到着した。以前は青と赤が主体の、薄暗くお化け屋敷のようなエントランスだったが、最近はリニューアルにより白と緑を基調とした、森にあるオープンカフェのような内装に模様替えしていた。

 小さな頃ここに足を運んだときは、薄暗くお化け屋敷のようなエントランスが少々恐かったが、今となってはあのオドロオドロしい雰囲気が割と嫌いではなかった。


「どれを観る?」


 まひるさんは上映中のラインナップを見ながらそう言った。ボクも彼女と同じように視線を走らせる中、改札口で見かけた3人組がチケット販売所で並んでいるのを発見した。

 彼等も映画を観に来たのか……


「まひるさんはもうお昼食べた?」

「いや、まだだよ」

「じゃあ先にお昼にしない? 映画観てたら14時過ぎちゃうし」


 ***


◆◇五里守まひる◇◆


 わたし達は予定を少し変更し、先にお昼を食べることになった。映画を観終わった後、互いに感想を言い合いながらのお昼にしたかったのだが、グーグーと腹を空かせて映画に集中できないのも嫌だったため、昼食を済ましておくことに賛成した。

 牛タン屋良次郎に入りテーブル席に案内され、わたし達は同じあぶり焼き牛タン丼を注文した。お冷を飲みつつ注文が届くのを待っていたのだが、わたしは少し後悔していた。

 藤峯クンに何を食べたいと聞かれたため、わたしは好きだからという理由で牛タンを所望した。しかし、女の子なら小洒落た喫茶店……例えばトトールやムーンバックスに入りたいと言った方が可愛げがあったのではないか?

 それと、今日はいつもより気合を入れた衣装にしたつもりだった。クローゼットの奥を引っくり返し、勝負服を選んだつもりだ。余り得意ではない化粧も2時間以上かけてきた。でも、藤峯クンはそのことに全然触れてくれなくて……

 やはり、ゴリラと揶揄される可愛げのないわたしのことなんか、異性として眼中に無いのだろうか?


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


 ボクは心底困っていた。何を喋ればいいのか……さっぱり分からない!

 同級生の目を気にして昼食を先にしたのは失敗だった。元々は映画の感想を話しながらの食事にする予定だったのだ。

 普段はまひるさんの方から積極的に話題を振ってきたため、会話に困ることはなかった。しかし、今日のまひるさんはいつもと比べて少し、いやかなり口数が少ない。散歩の時も、そして今も終始無言の状態だった。

 この状況を打破すべく何か話題を探していたのだが、今まで人付き合いを避けてきたボクにそんな器用な真似ができるわけもなく、ホトホト困り果てていた。

 ……一応、一つだけ口にしようかと思っていたことがある。それはまひるさんの今日の服装に付いてだ。

 彼女は今日、ベージュ色のベアトップロングワンピースを着ており、胸から上の開かれた部分が彼女の健康的な肉体を強調しており否応にも目が惹かれる。彼女が歩く度にフワリフワリと揺らめく裾に、その隙間から顔を覗かせる可愛らしいサンダルと小麦色の足首がとても色っぽい。

 そのことを伝えようかと思ったが「どこ見てんだこのスケベ! 変態!」とか言われたら多分立ち直れない。そもそも「似合ってる」という単純な言葉すら恥ずかしくて恥ずかしくて、とてもじゃないが言えなかった。


「あぶり焼き牛タン丼2つお待たせしました。テールスープは大変お熱くなっておりますのでお気を付け下さい」


 会話に頭を悩ます中、注文していた料理が届いた。丼の上の厚切り牛タンを一枚口に運び咀嚼した。弾力のある歯ごたえと共に、熟成された塩味が口内に広がる。

 そうだ! これを話題にすればいいんだ!


「初めて食べるけど、牛タンって結構旨いね」

「牛タンは美味おいしいよ。我らS市民のソウルフード! っといっても地元の人は余り食べないけど……」

「ふーん。この茶色い物体は?」

「味噌南蛮だよ。口直しに食べてみて」

「うわっ。結構辛いねコレ」

「でもこの辛さが癖になるんだよ」

「しかし、どうして牛の舌なんて食べようと思ったんだろう」

「さあ? でも美味しいからいいんじゃない」

「まあ、そうだね。それにしても牛タン旨え。スープも旨え」

「牛タン美味しい」


 デートだというのに色気が微塵もねえ会話だなオイ。

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