彼との出会い
◆◇五里守まひる◇◆
――先輩は髪を切った方が絶対に格好いいですよ!
そう声を弾ませ、頬をさくら色に染めた亜美ちゃんの嬉しそうな顔が頭から離れない。彼女は恐らく、藤峯クンに好意を抱いた。わたしが仲良くなれと発破をかけ、その通りの結果になったことはとても喜ばしいことの筈なのだが……なんか胸がモニャモニャする……
そして藤峯クンと親睦を深めた亜美ちゃんに対し、わたしはと言うと……
――藤峯クンのそういう所キライ
今思い出しても自分勝手すぎて恥ずかしくなる。何でわたしはあんな事言っちゃったんだろう。あんな酷い言葉をぶつけたにも関わらず、藤峯クンは以前と変わらずにわたしと接してくれているが、内心どう思っているのだろう……
藤峯クンに亜美ちゃんと何があったのか聞きたかったし、わたしの『キライ』という発言を怒ってないか聞きたかった。でも、わたしは恐くてどちらも聞けなかった。わたしはこんなにも臆病な人間だっただろうか?
わたしは結局藤峯クンに『キライ』と言ってしまったことを訂正することも謝ることも叶わず、彼と微妙な距離感を保ったまま、1学期が終了し夏休みに突入した。
――先輩は髪を切った方が絶対に格好いいですよ!
「……先に見つけたのはわたしなのに」
わたしは藤峯クンと初めて話した日のことを思いだした。あれは高校生活2年目の、桜舞い踊る春の日のことだった。
***
わたしは朝恒例のジョギングがてら、例年より開花の早い桜を見ようと榴ヶ岡公園へと向かった。満開の桜並木通りを走っていると、わたしと同じように桜を見上げる同じ高校の男子がいた。彼の名前は覚えてなかったが、わたしとは対照的に背が低く、華奢な姿はよく覚えていた。
「ゴリラ神の五里守まひるです!」
小学生の頃から続けてきた、自己紹介時の定型文。わたしは女の身でありながら、身長は男子の平均を超える175センチ弱。その上周囲の女子と比較して肩幅も広く筋肉質という、ゴリラ女と揶揄されるのも納得の肉体だった。
皆が笑ってくれるから、わたしはゴリラキャラを貫いてきた。体を動かすことは大好きだから、この恵まれた肉体を恨んだことはなかった。でも、それでもわたしは曲がりなりにも女で、心の奥底ではゴリラと呼ばれることに抵抗があって、それを彼に見抜かれたのだ。
「……嫌なら辞めればいい」
わたしが定例の自己紹介の後、彼は渋い顔をして私に言った。
「その自己紹介、本当は嫌なんでしょ」
彼は渋面を崩さぬまま、わたしですら気付いていなかったココロを指摘する。
「で、でも、皆喜んでくれるし……」
「そう? "まひるさん"がそれでいいなら構わないけど」
初めて、家族以外で男の人に名前を呼ばれた。幼馴染のアホの亮平ですら、わたしのことを五里と呼んでいるのに、彼は自然に下の名前で呼んだ。とても新鮮な響きで、何だか嬉しかった。
「あ、あの……キミの名前は?」
「……藤峯シンヤ」
鶯のように透き通った声で、彼は、藤峯クンは自分の名を告げた。その時ビュウッと強めの春風が通り、地に寝ていた桜の花弁を宙に躍らせつつ、彼の目を隠す長い前髪を吹き上げた。
秋の蒼天を思わせる綺麗な目が、わたしのことを見つめていた。
そんな色の、思わず見とれてしまう深い蒼の瞳をもつ日本人を、わたしはテレビでもネットでも見たことが無かった。この日、わたしは初めて恋に落ちたのだ。
***
「また見たいなあ……」
黒髪によく映える、宝石のように蒼い瞳。普段は前髪で隠しているため、その蒼さを拝むことは叶わないが……
――先輩は髪を切った方が絶対に格好いいですよ!
亜美ちゃんは藤峯クンの髪を直接かき上げるという大胆な手段で、前髪という防壁を取っ払いやがった。
ズルい! 悔しい! ムカツク! わたしも藤峯クンの髪をかき上げたい! 少女漫画みたいなことしてみたい!
ベッドの上でもんどりうっていると、スマートフォンからメッセージの着信を知らせる音。わたしは発信者を見て、痛い程心臓が高鳴った。
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藤峯クン
>明日暇?
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