居ても居なくても同じなら
◆◇田宮亜美◇◆
私は激情にまかせ、藤峯に対し怒鳴り散らしていた。
話したこともないが、悪い噂ばかりの藤峯のことが嫌いだった。藤峯と接する機会が訪れ、どこか自分の姿と重なる彼のことが益々嫌いになった。そんな彼が、自分と違って認めている人がいることが分かり、より一層嫌いになった。
そして自分勝手に彼を嫌悪する、自分のことが何よりも大っ嫌いだった。
「私なんて居ても意味がない! こんな役立たず放っておいてよ!」
溜めに溜め込んできた己への呪詛が、藤峯への理不尽な怒りという形で排出される。
「役立たずなんかじゃないさ……」
だが、こんなヒス女もう放って置けばいいのに、藤峯は一向に立ち去ろうとしなかった。
「あんた馬鹿なの? だって今日、私何もしてないじゃん。仕事は殆ど、あんたと1年が片付けてくれたじゃない。あんただって分かってんだろ」
「そんなことない。田宮さんがいてくれたから、ボク達は仕事をスムーズに進められることができたんだ」
「余計な気休めは止めろよ……」
藤峯なんかに気を遣われ酷く惨めな思いだ。そしてそんな考え方しかできない自分が本当に嫌いだ。
「もう放って置いて!」
風が吹きすさび木々が啜り泣くようにざわめく。頭を振り回し、おさげが泣き喚く子供のように暴れまわる。
――田宮ってホント役立たず。居ても居なくても同じじゃん。
何度も何度も言われ続けてきた言葉が脳内で反響する。
――居ても役に立てないのなら、マネージャーの意味ないよねー。
居ても無価値な存在。路傍の石。空気と同じ。それが私。
――ま、あいつ居なくても問題なかったからね。
そうだ。皆の言うとおり、私なんか居なくても問題ないのだ。
「私なんか居ても居なくても同じなんだ!」
「それなら一緒にやろーよ」
藤峯は震える声でそう言った。風に煽られ長く伸ばされた前髪がたなびき、陰に隠れていた蒼玉の双眸が姿を現した。
「居ても居なくても同じなら……一緒にやろーよ」
痛みに耐えるように蒼い眼を揺らしながら、彼はもう一度言った。今まで一度たりとも言われなかった言葉、誰かに言って欲しかった言葉。その言葉が私の胸にポッカリと開いた穴を埋めた。
***
「兄貴! お帰りっす」
「ただいま。仕事は大丈夫だった?」
「全然大丈夫っす! ……むしろ誰も来なくて暇だった位っすから」
鬼瓦は少し悲しげに呟いた。
「田宮パイセンもお帰りっす」
「え、ええ……ごめんね。急に居なくなっちゃって」
私は今日初めて鬼瓦の顔を真正面から見ながら、謝罪した。相変わらず腰を抜かしてしまいそうになる凶器の顔面だが、今はさほど怖くなかった。少しの間、一緒に救護班として仕事をしたからだろうか。それとも、彼が隣にいるからだろうか。
私は彼を、藤峯先輩を横目でチラリと覗き見た。相変わらず瞳は長く伸ばされた前髪で隠れており、今どんな表情をしているのか覗えない。でも自分の左腕が、彼に掴まれた部分が、まだ仄かに暖かかった。強引に体育倉庫から連れ出されたのは、これで2度目だった。
――大丈夫なら、まずは外に出よう!
中学の時、まひる先輩はそう言って私を強引に外へと連れ出した。そして私を励まし元気づけてくれた。
――一緒にやろーよ。
藤峯先輩もまた私を外に連れ出した。外に連れ出した後、彼は無言だったが、その時既に十分過ぎるほどの労わりを貰っていた。
「残り40分頑張ろう」
藤峯先輩が私と鬼瓦に向けてそう言った。
「はいっす!」
「わ、分かった……」
鬼瓦は元気に、私はたどたどしく返事をした。
そして、40分はあっという間だった。私と藤峯先輩が救護班に戻って来てから訪れる人が一気に増え、ラスト10分はかなりの忙しさだった。体育祭で怪我する奴の多いこと多いこと。まだまだ高校生はガキなんだなと、治療しながら他人事のように思った。
「……同じじゃないよ」
救護班としての仕事を終え、生じたゴミを片付けている最中、藤峯先輩がポツリと呟いた。
「鬼瓦君と2人だったときは、誰もテントに近付こうとすらしなかった。ボクと彼の2人だけだとやっぱり近付き難いみたいだ。それにさ、田宮さんがこまめに道具を整理整頓してくれていたお蔭で、ボク達は大分仕事がしやすかったんだ。だから、同じじゃないよ。田宮さんが居ることに、ちゃんと意味はあったんだ」
優しい言葉に、私はまた泣きそうになってしまった。
「さて、仕事も終わったしそろそろ行かないと」
「行くって……何処にですか?」
「400メートルリレー。応援に行かないとまひるさんにどやされそうだ」
「わ、私も一緒に行っていいですか?」
「勿論。まひるさんも喜ぶと思うよ」
彼はそう言って、口元を緩めた。




