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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
3章 たとえボクを嫌っても、ココロの穴は埋まらない。
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居ても居なくても同じなら

◆◇田宮亜美◇◆


 私は激情にまかせ、藤峯に対し怒鳴り散らしていた。

 話したこともないが、悪い噂ばかりの藤峯のことが嫌いだった。藤峯と接する機会が訪れ、どこか自分の姿と重なる彼のことが益々嫌いになった。そんな彼が、自分と違って認めている人がいることが分かり、より一層嫌いになった。

 そして自分勝手に彼を嫌悪する、自分のことが何よりも大っ嫌いだった。


「私なんて居ても意味がない! こんな役立たず放っておいてよ!」


 溜めに溜め込んできた己への呪詛が、藤峯への理不尽な怒りという形で排出される。


「役立たずなんかじゃないさ……」


 だが、こんなヒス女もう放って置けばいいのに、藤峯は一向に立ち去ろうとしなかった。


「あんた馬鹿なの? だって今日、私何もしてないじゃん。仕事は殆ど、あんたと1年が片付けてくれたじゃない。あんただって分かってんだろ」

「そんなことない。田宮さんがいてくれたから、ボク達は仕事をスムーズに進められることができたんだ」

「余計な気休めは止めろよ……」


 藤峯なんかに気を遣われ酷く惨めな思いだ。そしてそんな考え方しかできない自分が本当に嫌いだ。


「もう放って置いて!」


 風が吹きすさび木々が啜り泣くようにざわめく。頭を振り回し、おさげが泣き喚く子供のように暴れまわる。


――田宮ってホント役立たず。居ても居なくても同じじゃん。


 何度も何度も言われ続けてきた言葉が脳内で反響する。


――居ても役に立てないのなら、マネージャーの意味ないよねー。


 居ても無価値な存在。路傍の石。空気と同じ。それが私。


――ま、あいつ居なくても問題なかったからね。


 そうだ。皆の言うとおり、私なんか居なくても問題ないのだ。


「私なんか居ても居なくても同じなんだ!」










「それなら一緒にやろーよ」


 藤峯は震える声でそう言った。風に煽られ長く伸ばされた前髪がたなびき、陰に隠れていた蒼玉サファイア双眸そうぼうが姿を現した。


「居ても居なくても同じなら……一緒にやろーよ」


 痛みに耐えるように蒼い眼を揺らしながら、彼はもう一度言った。今まで一度たりとも言われなかった言葉、誰かに言って欲しかった言葉。その言葉が私の胸にポッカリと開いた穴を埋めた。


 ***


「兄貴! お帰りっす」

「ただいま。仕事は大丈夫だった?」

「全然大丈夫っす! ……むしろ誰も来なくて暇だった位っすから」


 鬼瓦は少し悲しげに呟いた。


「田宮パイセンもお帰りっす」

「え、ええ……ごめんね。急に居なくなっちゃって」


 私は今日初めて鬼瓦の顔を真正面から見ながら、謝罪した。相変わらず腰を抜かしてしまいそうになる凶器の顔面だが、今はさほど怖くなかった。少しの間、一緒に救護班として仕事をしたからだろうか。それとも、彼が隣にいるからだろうか。

 私は彼を、藤峯先輩を横目でチラリと覗き見た。相変わらず瞳は長く伸ばされた前髪で隠れており、今どんな表情をしているのか覗えない。でも自分の左腕が、彼に掴まれた部分が、まだ仄かに暖かかった。強引に体育倉庫から連れ出されたのは、これで2度目だった。


――大丈夫なら、まずは外に出よう!


 中学の時、まひる先輩はそう言って私を強引に外へと連れ出した。そして私を励まし元気づけてくれた。


――一緒にやろーよ。


 藤峯先輩もまた私を外に連れ出した。外に連れ出した後、彼は無言だったが、その時既に十分過ぎるほどの労わりを貰っていた。


「残り40分頑張ろう」


 藤峯先輩が私と鬼瓦に向けてそう言った。


「はいっす!」

「わ、分かった……」


 鬼瓦は元気に、私はたどたどしく返事をした。


 そして、40分はあっという間だった。私と藤峯先輩が救護班に戻って来てから訪れる人が一気に増え、ラスト10分はかなりの忙しさだった。体育祭で怪我する奴の多いこと多いこと。まだまだ高校生はガキなんだなと、治療しながら他人事のように思った。


「……同じじゃないよ」


 救護班としての仕事を終え、生じたゴミを片付けている最中、藤峯先輩がポツリと呟いた。


「鬼瓦君と2人だったときは、誰もテントに近付こうとすらしなかった。ボクと彼の2人だけだとやっぱり近付き難いみたいだ。それにさ、田宮さんがこまめに道具を整理整頓してくれていたお蔭で、ボク達は大分仕事がしやすかったんだ。だから、同じじゃないよ。田宮さんが居ることに、ちゃんと意味はあったんだ」


 優しい言葉に、私はまた泣きそうになってしまった。


「さて、仕事も終わったしそろそろ行かないと」

「行くって……何処にですか?」

「400メートルリレー。応援に行かないとまひるさんにどやされそうだ」

「わ、私も一緒に行っていいですか?」

「勿論。まひるさんも喜ぶと思うよ」


 彼はそう言って、口元を緩めた。

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