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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
3章 たとえボクを嫌っても、ココロの穴は埋まらない。
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嫌悪の向け先

◆◇田宮亜美◇◆


 姉はとても優秀な人だった。成績、容姿、人格全てが優れ、彼女の周囲にはいつも人が集まっていた。人を導く資質を備えていた姉は、当然と言わんばかりに中学及び高校で生徒会長を務めた。両親はそんな姉のことを誇りに思っていた。

 私は小学生の時、姉に何故生徒会長に立候補したのか聞いた。姉は「学校に不満を持つ生徒が沢山いたから、会長になって学校を変えようと思ったから」と言った。なんて凄い人なんだろうと思った。姉のことを心から尊敬した。

 私も姉のように誰かの役に立ちたかった。何かを変えたかった。だから小学生の時、自ら学級委員長に立候補し、姉のように振る舞おうとした。だが、結果は無残なものだった。

 『好き嫌いせずに給食を残さずに食べよう』というクラス目標を打ち立てた。自分のクラスには好き嫌いの激しい同級生が多く、残され捨てられる給食が勿体ないと思ったからだ。先生は素晴らしい目標だと褒めてくれたが、同級生からは不評だった。


「ダサい」「無理」「それって目標?」


 先生が教室から居なくなったのと同時に、矢次に批判が浴びせられた。結局、私の打ち立てたクラス目標は、あってもなくても同じ扱いになった。

 すっかり自信を喪失してしまった私は、次第に学級委員長としての仕事がプレッシャーとなっていった。ホームルームの話し合いを上手く仕切ることができず、提出期限が過ぎてもプリントを回収できず、終いには授業開始と終了の号令すら満足にできなくなってしまった。最終的にはほぼ全ての仕事は副委員長が肩代わりし、私の学級委員長としての役割は黒板消しを綺麗にするだけのものとなった。

 居ても居なくても同じ学級委員長。

 それが同級生からの私に対する最終的な評価だ。


 小学校を卒業し、私は皆とは別の中学校に進学した。そこで心機一転し、今度こそ華々しい中学生活を送るのだと息巻いた。

 この時、私は姉と違って人の上に立つ器で無いと理解していたため、今度はサポートする役割に付きたいと考え、マネージャーをやろうと決心していた。問題はどの部のマネージャーを務めるかだった。男子目当てのかしましい雌共と違い、私は真っ当にマネージャーの仕事をこなしたいと考えていた。だから男子と女子で部が分かれていた陸上部に入部したのは当然の成り行きだった。

 だが、私はそこでも満足に仕事ができなかった。その中学の女子陸上部は強豪で、部員の数はかなりの大所帯だった。マネージャーも一人だけでなく複数いて、互いに連携し合いながら多くの仕事をこなさなければならず、既に人とのコミュニケーションが不得手となっていた私にとって地獄でしかなかった。

 何度もポカを働き先輩に叱られ、連帯責任で他の1年のマネージャーも叱られ、あんたのせいで私達まで怒られたと糾弾された。次第に私は小学生の時と同じように、居ても居なくても同じという立ち位置になりつつあった。

 ある日、私は先輩から体育倉庫の整理を命令された。体育倉庫は陸上部だけでなく、他の運動部の用具も置いてあるから、私個人が勝手に整理していいものではない。つまり、これは体のいい厄介払いだ。それでも先輩の命令には従わなければならないから、私は無言で倉庫に向かった。

 ヒンヤリとした空気に、カビの臭いのする薄暗い室内。まるで私の気持ちを代弁しているかのようで、自然と涙が零れてきた。入って間もないけど、マネージャーなんて止めてしまおう。人のサポートすら、私には大役だったのだ。マットを涙で濡らしつつ、私は退部届の文面を考えていた。その時、倉庫の扉がガラガラと音を立てて開かれた。


「スタブロは何処かなーっと!」


 太陽のように明るい声。倉庫に入ってきたのは2年の五里守まひる先輩だった。自己紹介の時、「ゴリラ神の五里守です。気軽にゴリちゃんって呼んでね」と彼女は言っていた。正直、女の身でその自己紹介はないだろうと思った。話したことはないが、自分とは異なる類いの人種に私は苦手意識を持っていた。


「うわっ!? ビックリした。電気くらい付けなよ」


 五里守先輩は私に気付き、背中越しに声を掛けてきた。今、誰とも話したくなかった私は、あろうことか先輩のことを無視した。ああ、これで私の陸上部としての立場がさらに悪くなる。でももう退部するのだから関係ないか。


「……どうしたの? 大丈夫? お腹痛いの?」


 五里守先輩の優しい声。こんなに優しい声を掛けられるのはいつ以来だろう。


「マネージャーの田宮ちゃん、だよね。外の皆が心配してたよ」


 嘘だ。私をこんなジメジメした場所に追いやった奴が、私のことを心配するわけがない。居ても居なくても同じ人間を心配する訳ないのだ。

 だが、五里守先輩は私の隣に静かに腰を下ろした。


「ねえ、こっち向いて」

「大丈夫です」

「そう? 大丈夫そうに見えないけど……」

「大丈夫です!」


 意地っ張りな私は五里守先輩の優しさを素直に受け取ることができず、ヒステリックに叫び先輩を拒絶した。

 ああ、どうして私はこんなにも……


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


 午前の仕事で彼女が叱られたとき、暗くジメジメとした倉庫のイメージが伝わってきた。だから彼女は体育倉庫にいるかも知れないと思い、その前まで来ると、ボクは激しい負の感情に襲われた。間違いない……この倉庫の中に田宮さんは居る。

 ボクは扉をノックしようとしたが、倉庫をノックするのもおかしな話だと思い、無言で扉を開けた。ジメジメとカビっぽい、イメージで感じた通りの匂いが鼻を突いた。


「ゴリちゃん先輩?」


 田宮さんはそう言いながら振り返ったが、扉を開けた人物がボクだと分かるや否や明らかに落胆した表情を見せた。共感能力エンパシーにより伝播されてくる嫌悪感。相も変わらず、彼女はボクのことを嫌っている。だが、彼女がボク以上に嫌悪感を向けている相手がいた。そちらの方が、ボクにはとても辛かった。


「田宮さん。こんな所にいたんだ。もう14時半を過ぎてるよ」


 そう告げると、田宮さんは慌てて時間を確認した。


「ごめんなさい……気付きませんでした」

「まあ、そういう日もあるよ。じゃあテントに戻ろう。鬼瓦君も心配していたよ」


 彼女は立ち上がり、倉庫から出ようと足を進めた。しかし、扉の数歩手前で歩みは止まってしまった。


「……やっぱり行きません。ここに居ます」


 再び彼女から嫌悪感が染み出し始める。彼女は薄暗い倉庫の中に身を置き続けていた。その姿がある人物と重なり、怒鳴りつけてしまいたくなる。


「どうして?」


 怒りを抑えつつ、ボクは短く尋ねた。


「だって、私なんて居ても同じですから」

「どうして?」

「分かるでしょう! 私なんて……私なんて!」


 ダムが決壊したかのように、彼女から強烈な嫌悪感が濁流のように流れ出す。感情の奔流に流され、暗い淀みの中に溺れてしまいそうになる。だが、ボクは逃げ出すわけにはいかない。こんな所で逃げ出すの奴は男じゃない。


「私なんて、何もできない無能なんだから!」


 そう叫ぶと同時に、彼女は涙を流した。己の腹を槍で貫かれたような感覚に襲われた。


「アンタもそう思ってるんでしょう! 使えない奴だって!」


 彼女がボク以上に嫌悪感を向けている相手。それは自分だ。自己嫌悪。それが彼女のココロの本質だった。そして自分を嫌悪するその姿がボク自身と重なり、ボクは彼女となるべく関わりたくなかったのだ。

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