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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
3章 たとえボクを嫌っても、ココロの穴は埋まらない。
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そういうところキライ

◆◇五里守まひる◇◆


 昼休みを終え、日が傾き始めた頃、わたしは再び藤峯クンのいる救護班のテントへと向かった。今度はハッキリとわたしの走る姿をみて欲しいと言うんだ。藤峯クンは今まで人との関わりを避けてきたせいで、真正面から言ってやらないとこちらの意図を汲めないのだから。


 ……あれ? でも藤峯クンって共感能力者エンパスだから、わたしの気持ちを察している筈だよね? これまでも言ってないことを察してくれることが何度かあったし……ん? どういうこと?


 矛盾に頭を悩ませつつ、わたしは救護班のテントに辿り着いた。そこには藤峯クンと鬼瓦が2人隣り合って座っていた。


「あれ? 亜美ちゃんは?」


 2人の間に座っていたもう一人の救護班の女子生徒、田宮亜美の姿がそこになかった。田宮亜美は中学生の時からの後輩だ。午前中は素っ気ない藤峯クンにイラついてしまい、彼女に挨拶もせず立ち去ったことを心苦しく思っていたから、改めて挨拶をしたかったんだけど……


「知らないっす。腹痛そうでしたし、まだブリブリっと便所に篭ってるんじゃないすか?」


 鬼瓦のデリカシー無い発言。どうしてわたしの周りには気遣いの出来ない男子が多いのか。


「藤峯クンは知らない?」

「知らない」


 そう短く告げる彼の声に、珍しく棘が含まれていた。


「彼女ボクのことを大分嫌っていたから、嫌気が刺したんだと思う」

「嫌ってたって……どうして? 藤峯クン何かしたの?」

「何も」


 短く藤峯クンは答えた。感情の篭ってない、虚ろな声だった。


「何もって……何もない訳ないよね。何かあったんだよね。わたしに話してみて」

「本当に何もないんだ。ただ、彼女は初めからボクのことを嫌ってただけ」


 久しぶりに聞く、藤峯クンの諦観的な声。この声は、彼からエンパスであることをカミングアウトされて以来だった。


「もしかして……噂のせい?」


 藤峯クンは返事をしなかった。しかしそれは無言の肯定だった。

 藤峯クンに関する悪辣な噂は、多少なりともわたしの耳にも入っている。わたしは人の陰口が大嫌いで、周囲でそういう話をする人は居なかったから詳しくは知らないのだが、裏で藤峯クンはかなりこっ酷く言われているらしい。

 余りそういう噂に踊らされない凛花ちゃんですら、当初は藤峯クンのことを悪く言っていた。亮平は馬鹿だから気にしていないようだけど、それでも博愛主義のアイツが同じ学年で、同じクラスであるにも関わらず、わたしが話しかけるまで一度も藤峯クンに声を掛けていなかったから、無意識に彼のことを避けていたのかもしれない。


「だったら……それを放置していちゃ駄目だよ」


 わたしは前髪で隠された藤峯クンの瞳を捉えようとするが、彼は脇に目を逸らした。わたしはそのまま話を続ける。


「折角一緒の班になったんだから、一緒に仕事して、少しでも誤解を解いていこうよ」

「でも彼女は此処にいない」

「わたしにまかせて。バビュッと亜美ちゃんのことを探してきてあげる。だから――」

「いらない」


「そんな気遣いいらない。無理に誤解を解く必要なんてない。同じ救護班ってだけの、たった2時間の短い仲だ。そんなことに労力を費やすのは時間の無駄」


 断絶。諦め。絶望。エンパスじゃないわたしでも、彼の鬱屈した感情がヒシヒシと伝わってきた。


「……藤峯クンのそういうところキライ」


 そう言って、わたしは彼に背を向けた。


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


「あ、兄貴……大丈夫っすか?」

「何が?」

「だってソレ……水じゃなくて消毒液っすよ」


 隼人君に言われて初めて、自分がコップに消毒液を注いでいることに気付いた。危うく喉を焼いてしまうところだった。


「ごめん……」

「いいっすよ別に。しっかし兄貴でも動揺することがあるんすね……って兄貴!?」

「何?」

「それ食べ物じゃないっす! サロンパスっす!」


 どおりで口の中が湿布臭い訳だ。ボクは唾液で汚れた湿布をゴミ箱に捨てた。


「まあ、面と向かってキライって言われたら自分もきついっすけど……って兄貴!?」


 その単語が空気中を泳いだ瞬間、椅子から転げ落ちてしまった。隼人君に手を引かれ、元通り座り直す。どうやら自分が思っている以上に、まひるさんの言葉が突き刺さっているようだ。


「兄貴……ちょっといいっすか?」


 隼人君はそう前置きしてから勝手に喋り始める。


「自分馬鹿っすから、2人の言っていた意味が正直良く分からなかったっす。でも、姉貴の言うとおり、兄貴が陰で悪く言われているのなら、自分も凄く嫌っす」

「……どうして?」

「どうしてって、当たり前じゃないっすか! 尊敬する人が悪く言われてるのなんて嫌に決まってるっす!」


 隼人君は大声で、鼻息荒く叫んだ。彼の三白眼から、尊敬と怒りが混じり合った弾丸が放たれボクの胸を撃つ。彼は、こんなどうしようもないボクのことを慕ってくれている。ボクを悪く言う奴のことを怒ってくれている。どうしてだろう。

 まひるさんもまひるさんで、こんな卑屈なボクを好きだと言ってくれた。性格が真逆で、どう考えても気が合わない2人なのに、真っ直ぐな気持ちで真正面からアプローチを仕掛けてきた。こんなボクを、ボク自身はとっくの昔に諦めてしまったボクのことを、彼女は諦めないでくれている。どうしてだろう。

 分からない。エンパスなのに、人の感情が分かるはずなのに、2人がボクに好意を抱く理由が分からない。分からないことだらけだ。でも……


「隼人君……田宮さんを探してくるから、少しここを任せてもいいかな?」

「もちろんっす!」


 そして、ボクは駆け出した。柄にもなく、不格好に走り息を切らし、彼女がいるであろう場所へ向かった。どうせ失うものなんて何もないのだ。無駄だろうと無意味だろうと、ほんの少しだけでも足掻いてやろう。


 2人の期待に応えたかった。2人のことを裏切りたくなかった。その強い想いは、他者から受信したものでなく、自分自身が発信源である、まごうことなきボクの感情だった。

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