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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
3章 たとえボクを嫌っても、ココロの穴は埋まらない。
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救護班のお仕事

◆◇田宮亜美◇◆


 救護班は1年2年3年の保険委員の中からそれぞれ3人ずつ、計9名選出され、1年2年3年1人ずつのグループが3つ作られる。仕事は1時間ごとに交代する持ち回り制であり、1グループにつき午前と午後の2回担当する。私のグループは午前11時半から12時半、午後14時半から15時半に仕事が割り振られている。

 体育祭における救護班の役割は、医療品の管理、怪我した生徒の手当ておよび体調の悪い生徒の保健室への誘導だ。今日は真夏日のため、熱中症で倒れる生徒がいるかもしれない。故に、男の人が同じグループにいるは本来であれば大変心強いのだが……

 私は左に立つ、2メートルを越しているであろう巨体を視界の隅で捉える。


 鬼瓦隼人。今年この高校に入学した金髪の不良1年生。鬼の生まれ変わりだとか、人殺しの罪で少年院に入っていただとか、薬中だとか、碌でもない噂が流れている。凶悪極まりない見た目どおりの人間だ。調理部で活動しているという話を聞いたこともあるが、それはきっと腕力に物を言わせ、か弱い部員たちを従わせているだけなのだ。

 そんな恐怖を具現化したかのような彼が、何の因果か今私の隣に入る。体育祭をサボる口実として、救護班の仕事を選んだのだろうが、不良なら不良らしく救護班の仕事もサボって欲しかった。お蔭で朝から緊張続きで胃が痛い。

 次に私は、左の鬼と対照的な右の小人の頭を脇に見る。


 藤峯シンヤ。学年は私の1つ上の3年生で、陰気で不気味な地蔵、役立たず、無能、居ない方がまし、といった数々の悪評が2年である私にすら耳に入るレベルだ。スクールカーストの階級で言えば、彼は最下層のターゲット(いじめられっこ)に属する。イジメの現場を見たことは無いが、これだけの陰口を叩かれているのだから、もはやイジメと同義だろう。

 私は一度も話したことも会ったこともなかった彼が嫌いだった。そしてそれは、こうして彼と直接接することになっても変わらない。背が低く、いつも顔を下に俯けており、長い前髪で目を隠しているその姿は怨霊のようで、一部では貞子ならぬ貞夫と呼ばれている。彼の傍にいると自分のことまで貶められているような気分になり、同じ班として彼と隣り合っているこの状況が苦痛で苦痛で仕方なかった。


 私達3人の仕事は……いや、鬼瓦という不良は真面目に仕事に取り組むわけが無いし、藤峯という役立たずにも期待できるわけがないから、実質1人だ。私は午前と午後の計2時間、1人で救護班の仕事をこなさなければならないのだ。その事実が酷く億劫だったが、それでもやるしかないのだ。

 まもなく綱引きの決着が付きそうだった。恐らく、転んだ時の擦り傷等で救護班に生徒が何人か来るだろう。私は気合を入れ直した。だが……こんな時に限って、私の身に不測の事態が発生した。


 ***


◆◇藤峯シンヤ◇◆


 3年目の体育祭にて、初めてボクは救護班の仕事を任された。救護班は体育祭をサボるには格好の口実であり、1年2年の時は競技に出たくない他の人にその役割を譲っていたのだが、今回はボクが譲られる側になった。理由は極めて簡単。1年の鬼瓦隼人だ。

 元々は別の3年が救護班を担当していたのだが、自分が鬼瓦隼人と同じグループに割り当てられたと知るや否や、ボクと仕事を変わってくれと懇願してきた。特に断る理由も無かったため、ボクはそれを了承した。それと同時に、隼人クンの悪い噂が未だ学園内に蔓延っていることに悲しくなった。

 周囲の評価、特に悪評というものは、失った信頼を取り戻すことが難しいのと同じように、早々に覆せるものではない。そしてそれはボク自身が身を持って証明していることである。ただ、隼人クンはボクと違って誤解を解きたがっているから、ボクのように評価が地の底まで落ちることはないだろう。それにクラスメイトの何人かとは打ち解け始めていると彼は嬉しそうに言っていたから、そう悲観的になることもないだろう。


 さて、救護班の仕事を任されたのはいいのだが、問題は隣の田宮さんだ。髪を2対のお下げに束ねた2年の女子生徒。ボクは初めて会ったのにも拘らず彼女に強い嫌悪感を抱いてしまった。そしてそれは、彼女がボクを嫌っているからだとすぐ理解した。共感能力者エンパスであるボクは、相手がボクのことを嫌えば、それに感応しボクも相手を嫌いになってしまう。例えボク自身は嫌っていなくても。

 平時であれば相手から距離を置いてしまえばいいのだが、残念ながら今は救護班の仕事を任された共同体であり、そういう訳にもいかなかった。でもボクは彼女と親しくするつもりは無いし、彼女もその気は毛頭無いようだから、特に問題ないだろう。どうせ午前と午後の2時間の仲なのだ。仕事が終われば、彼女とは他人同士に戻るだけである。

 ……ただ、流れ込んでくる感情を考慮するに、どうやら彼女は一人で救護班の仕事を全てこなすつもりでいるらしい。確かに怪我人が1人か2人ならそれで十分対処可能だ。しかし、今行われている綱引き等の団体競技にて大勢の怪我人が発生し、一斉にテントに駆け込んで来た場合、どう考えても1人ではキャパシティオーバーだ。どうしたものかと考えあぐねている所、不意にそれが発生した。


 ……何か、お腹が痛い。


 最初はチクチクと針で刺すように、次第にザクザクと包丁で切り裂くように、内側の痛みが激しさを増していく。腹を壊すようなものを食べた覚えはなかったが、ボクは手遅れになる前に隼人クンに声を掛けてからトイレへと向かった。

 だが、救護班のテントから10メートル位離れた辺りで、腹の中の異物が取り除かれたかのように腹痛が治まった。疑問に思いつつも、一応トイレで用を足してからテントへと戻ったが、すると再び激しい腹痛が襲ってきた。そしてボクは腹痛の原因に気付いた。

 ……田宮さんだ。この腹痛は田宮さんから伝わってきているものだ。ボクの共感能力エンパシーは痛みにも反応するという大変有難くない性能を有していた。彼女は平静を装っていたが、顔を青くし額には大量の脂汗が浮かべている。彼女は痛みに耐えながら、1時間の職務を全うするつもりのようだ。心掛けは素晴らしいが、同じ痛みが伝播されるこちらとしては溜まったもんじゃない。


「田宮さんも、今のうちに行って来たら?」


 ボクはそれとなく彼女をトイレに促した。だが……


「いいえ。大丈夫です」


 と、彼女はこちらを見向きもせず冷たく言い放った。腹の痛みがより酷くなった。

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