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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
2章 真面目なんだと分かっても、怖いことに変わりない。
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笑う門には鬼がいる

◆◇藤峯シンヤ◇◆


「自分を……調理部に入れて下さい。こんな見た目だし、短気だし、皆に迷惑をかけちまうかもしれないすけど、それでもお願いします!」


 隼人君は袖で涙を拭ってから部長に向き直り、誠心誠意を込めて頭を下げた。2人の女の子も隼人君に続く。


「部長。ワタシからもお願いします!」

「あたしからもお願い!」

「て、手前ら……」


 部長は大きく息を吸い込んでから、深い溜息を吐いた。


「これじゃあどっちが鬼かわからんね」


 そして部長は姿勢を正し、


「鬼瓦隼人の入部を認めます」


 と、凛とした部長らしい声で告げた。


「ほ、本当すか!」

「本当。我々調理部一同は鬼瓦隼人を歓迎します。皆、いいよね」

「異議なーし!」


 調理部全員が手を揚げて隼人君を歓迎した。それを聞いた隼人君は、長い雨に打たれ続けた草花がようやく顔を覗かせた日差しに向けて花咲かせるように、本当に、本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見た調理部部員一同は一瞬沈黙した。そして……


「カワイイ!」


 と、予想外極まりない反応を見せた。


「鬼瓦君の笑顔初めて見た。すっごくカワイイ!」

「ねえねえもう一回笑って。笑って見せて」

「んだとゴラア! 誰がカワイイだゴラア!」


 隼人君は照れ隠しによるものなのか、声を荒げてしまった。彼は慌てて弁明する。


「す、すんません怒鳴っちまって……カワイイとか、言われんの初めてで……」

「ヤダもー、照れちゃってカワイイ!」


 調理部女子達がキャッキャキャッキャと隼人君を持て囃し始める。隼人君は照れくさそうにはにかんだ笑顔を見せると、女子達はさらなる盛り上がりを見せた。


「か、可愛いかあ?」


 しかし、ボクの目には相変わらず般若のようにしか見えない。


「チッチッチッ。分かってないねえ藤峯クン。人の感情を読み取ることができても、女性心理の理解はまだまだみたいね。『弘法も木から落ちて河に流れる』だね」

「まひるさんは弘法を何だと思ってるのかな。諺が3つも合体してる上、それじゃ只の溺れた人だ」

「女の子は相手の印象でフィルターが掛かるものなの。可愛くなくても、カワイイって思えちゃうの」

「ふーん。そういうものなの?」

「そういうもんよ」


 カワイイカワイイと持て囃され続ける隼人君。イマイチ理解できない感覚だが、何にせよ隼人君の目的が無事果たせてよかった。


「オマエら五月蠅いぞ! もう少し静かにできないのか!」


 と、そこに現れたのは教頭先生。この教頭は小言が一々鬱陶しいと専らの評判だ。しかも素行の悪い生徒はスルーし、大人しく真面目な生徒にはネチネチ厳しく当たるという、教師の風上にも置けないクソッタレ。


「ア゛ア゛! 授業中じゃねえから問題ねえだろゴラア!」

「し……失礼しました! どうぞ存分に騒ぎ立て下さい!」


 隼人君の一喝で、教頭は一瞬で身を翻し逃げて行った。嫌味な教頭を追い払ったことで、さらに持て囃される隼人君。彼が完全に調理部に溶け込めるのに、長くはかからないだろう。


 それからというもの、隼人君は調理部で楽しく活動している。調理部に入ったことで、同じクラスの人たちからも徐々に誤解が解け始めているらしい。

 さらに……


「サッカー部のイケメン部長こと辻良平参上。カワイコちゃん達、俺に手料理を――」

「ア゛ア゛! 手前何土足で調理場に足踏み入れてんだゴラア! 雑菌が入るだろゴラア!」

「ヒィッ! 失礼しました!」


 とまあ、こんな感じで凄まじいまでの魔除け効果が出ているらしい。調理部は以前から運動部の飢えた野獣共にちょっかいをかけられ悩まされていたらしいが、隼人君のお蔭でそれもパッタリと無くなり、のびのびと活動できているそうな。

 なお、隼人君は調理場に侵入する不届きな輩を物凄い剣幕で追い払うその様子から、当S市を舞台にした漫画に登場するキャラクターになぞらえて『オニトさん』とあだ名を頂戴したそうな。


 ***


「先輩……いや、シンヤの兄貴! まひるの姉貴!」

「あ、兄貴?」「割と悪い気分じゃないね」

「この前はありがとうございました。おかげで今、すっごく楽しいっす」


 後日、丁寧にも隼人君はボクとまひるさんに礼をしにきた。本当にマメで、真面目な奴だと思った。


「それにしても兄貴って凄いっすね。初対面から自分を恐がんねえ奴始めて見たっす」

「フフン。藤峯クンって一件弱々しく見えるけど、本当は凄い胆力の持ち主なんだよ。この前なんて、誘拐犯から身を挺して子供を庇ったんだから」

「マジすか。兄貴やっぱマジぱねっすね」


 羨望の視線を向けられ、何だか居心地が悪い。ボクはそんな風に称賛されるような人間じゃない。


「あ! そうそう……これ、調理部で作ったティラミスなんすけど、是非食べて下さいっす。それじゃ!」


 そう言って隼人君はボク達に2つのカップを手渡し去って行った。ご丁寧に使い捨てスプーン付きだった。


「ねえ、今食べてみない?」

「……うん」


 カップの蓋を開け、使い捨てスプーンでティラミスを掬い口に運ぶ。ほろ苦さと上質な甘さが口の中に広がった。


「美味しー!」


 隣でガツガツとティラミスを丼飯のようにかき込むまひるさん。一瞬にして全てを平らげ、満足そうに笑顔を浮かべるまひるさん。彼女の太陽のような笑顔を見て、胸がキュンとした。

 ……キュン?


「あれ、藤峯クンはもういいの? じゃあわたしに頂戴!」


 そう言って顔を近づけてくるまひるさん。彼女の急な接近にドキリとした。

 ……ドキリ?


「まひるさんが早過ぎるだけ。もっと味わって食べようよ」

「あはっ……それ凛花ちゃんにもよく言われる。さてと……」


 まひるさんはティラミスのカップとスプーンをゴミ箱に捨てた後、地面に置いていた手提げ鞄を手に取った。


「じゃ、わたしはもう帰るね。バイバイ!」


 ボクもバイバイと返した。まひるさんはスキップをするように廊下を進んでいく。その後ろ姿を、ボクは彼女の後ろ姿が消えるまで見送っていた。


「誤解されることに慣れちゃ駄目……か」


 彼女が消えてからボクは小さく呟いた。あの日まひるさんが隼人君に向けて……いや、きっとボクにも向けて放った言葉。今、ボクはその意味を噛み締めている。


「どうせ無駄だ」


 人知れず、ボクは、ボクも気付かない内にそう呟いていた。

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