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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
2章 真面目なんだと分かっても、怖いことに変わりない。
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両手を挙げて

◆◇五里守まひる◇◆


 昼休みが終わり、5限目の授業が始まった。数学の教師が教壇に立ち、日直の「起立、注目、礼、着席」という号令の後、教師が開くべき教科書のページ数を告げるのが恒例だけど、今日はいつものパターンと違っていた。


「……おや、藤峯は居ないのか?」


 数学の教師は出席名簿と藤峯クンの座席を見比べながら尋ねてきた。わたしは背後を振り返り、一番後ろの廊下側の席を見た。そこが今の彼の席なんだけど、そこに藤峯クンは座っていなかった。


「誰か知らないか?」


 先生は再度尋ねたが、誰一人答える者はいない。


「ウジ峰のことだからどこかでウジウジしてるんじゃないですか?」


 男子の一人が冗談めかして言った。クラスの半数が小さく笑ったが、わたしは正直不快だった。


「人のことを小馬鹿にした仇名で呼ぶな。まあいい……授業を始める」


 先生は捲るべきページ数を指示し、クラスメイト達もそれに従う。わたしも指示されたとおり教科書を捲ったが、気持ちは別の方向を向いていた。

 藤峯クンは理由なく授業をサボるような人間じゃない。ならば彼は今どこで何をしているのだろう。何故授業に来ないのだろう。

 わたしはいてもたっても居られなくなり、スマートフォンで彼にメッセージを送った。しかし暫く待っても返信は来ず、そもそも既読状態にすらならなかった。


「ちょっとまひる……まひる!」

「え?」

「授業中にスマホを弄るのは感心しないなあ五里守」


 先生がいつの間にか隣に立っており、不機嫌そうにわたしを見下ろしていた。わたしは今の気持ちを率直に告げる。


「先生。心配なので藤峯クンを探しに行ってもいいですか?」

「スマホを弄る理由として藤峯をだしにするのは感心しないな。スマホを渡しなさい」


 今スマートフォンを渡してしまったら、返して貰えるまで彼と繋がる手段を失ってしまう。わたしはスマートフォンを机の中に隠し拒絶の意思を示したが、先生はより語気を強めてスマートフォンを要求してきた。だが丁度そのとき、後ろの扉がガラガラと音を立てて開かれ、わたしと先生含めクラス全員の視線がそちらに向けられた。


「遅れて申し訳ありません」


 藤峯クンが教室へと戻ってきた。その顔には大きな痣ができていた。


「藤峯クン! どうしたの!?」

「ど、どうした藤峯? その痣は?」

「ちょっと階段で派手に転んでしまいまして、保健室で手当てして貰っていたら遅れてしまいました。申し訳ありません」


 藤峯クンは淡々と、か細い声でわたしと先生の問いに答えた。


「ウジ峰ダッセ。相変わらずドンくせえな」


 再程の男子がわらいながらそう言った。わたしはその男子を睨み付けたが、当の男子は肩を竦ませるだけだった。


「人の怪我を笑うんじゃない。怪我の調子は大丈夫なんだな?」


 先生の言葉に対し藤峯クンはコクリと無言で頷いた。先生は藤峯クンに着席を促し、彼がそれに従うと教壇へと戻り授業が再開された。スマートフォンの件は藤峯クンのお蔭で有耶無耶になった。


 ***


 本日の授業とホームルームが全て終了し、わたしは帰り支度をしていた。だが、帰る前に藤峯クンに言っておきたいことがあった。わたしは背後を振り返り、藤峯クンに話し掛けようとしたが、そこに彼の姿はなかった。


「ねえ、藤峯クンがどこに行ったかしらない?」

「え? 知らないよ。そう言えばいつの間にかいないね」


 藤峯クンの隣席の女子が興味なさげに答えた。彼女の反応に少し悔しさを覚えつつ、わたしは藤峯クンに電話をかけようとスマートフォンを取り出した。と、そこで彼からメッセージが送られていることに気付いた。


『助けて。体育館裏』


 彼からのメッセージは短くそう書かれていた。事務連絡のような簡素な文章だったが、それが余計に彼の緊急事態を如実に表していた。わたしは疾風の如く教室を飛び出し廊下を駆け抜け、彼の元へ向かった。

 1分も掛けずに体育館裏に到着すると、そこには藤峯クンともう一人、昼休みに遭遇した金髪の不良、鬼瓦隼人が向かい合って立っていた。世にも恐ろしい鬼瓦がいることに怯んでしまったが、わたしは藤峯クンの顔の痣を思い出した。彼は階段で転んだと言っていたが、その痣は鬼瓦に付けられたものではないか? そう考えた次の瞬間、鬼瓦はタランチュラを思わせる巨大な両手を振り上げた。

 恐怖は消え、ほぼ反射的にわたしは鬼瓦に向けて疾駆した。これからあの鬼に、デリカシーの無い女性の敵(主に亮平)を幾度も葬ってきたおばあちゃん直伝の必殺『ドラゴンキック』をお見舞いしてくれる!


「藤峯クン今助け――」

「イエーイ!」「いえーい……」


 しかし鬼の手が振り下ろされることはなく、何故か藤峯クンも両手を上げ、2人はハイタッチした。鬼瓦の方が大分背が高いため、藤峯クンが必死にジャンプして手を叩こうとする様子は何だか微笑ましかった。いやいやそもそも何ゆえハイタッチ?

 予想外過ぎる展開に付いていけず、わたしのドラゴンキックは不発に終わる。しかし駆け出した勢いを急に止めることはできず、その上地面に転がっていたボールで足を滑らせてしまい、わたしは放物線を描きながら、サッカーボールのボールキャリーの中に頭から顔を突っ込んでしまった。


「フガーーー!!?」


 キャリー内のボールがクッションになり、ある程度衝撃は吸収されたが、それでも痛いことに変わりなかった。しかもすっぽりとキャリー内に体が綺麗に収まってしまったため、自力で抜け出すことができない。く、苦しい!


「だ、大丈夫っすか?」


 脇に感じる大きな手の感触と共に、わたしは体を引っ張り上げられた。振り向くと、そこには困惑した表情の鬼瓦がいた。そして、高い高いされる子供の用に持ち上げられたままのわたしの眼下には、呆れた表情の藤峯クン。


「まひるさんどうしたの?」

「わたしが聞きたいです!」

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