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キミの気持ちが分かっても、恋というものは分からない。  作者: 中山おかめ
2章 真面目なんだと分かっても、怖いことに変わりない。
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廊下に鬼がいる

◆◇五里守まひる◇◆


 後輩は陰から調理実習室を、正確にはその扉の前で座り込んでいる人物を指差しながら言った。


「あれです……あの人です」


 後輩の示す先には金髪の不良。彼は視線だけで人を殺せそうな勢いで周囲に睨みをきかせながら、太腿をハの字に広げヤンキー座りをしている。


「ってあれ鬼瓦隼人おにがわらはやとじゃねーか?」

「亮平の知り合い?」

「いや、サッカー部の後輩からヤベー1年がいるって聞いてたんだ。逆立った金髪で、眉毛が無くて、肌が異様に白くて、しかも頬にデカい傷跡があるらしい」


 調理実習室前の不良は亮平の言う特徴が全て当て嵌まっていた。あんな強烈な個性、この平和な学園に2人といないだろうから彼が鬼瓦隼人で間違いない。

 しかし生徒指導の先生は風紀の乱れを体現したかのような生徒を放置して何してるんだろう。職務怠慢だと思うな。


「まひる。悪いことは言わねえが関わるのは止めとけ。少年院にいたとか、他校の奴を半殺しにしたとか、ヤクをキめてるとか、そういう噂がある。後輩ちゃんも忘れ物は一旦諦めろ」

「そ、そんな……それじゃあ私のスマホが……彼氏への返事が……」

「少しくらい遅れても平気だって。万一それが原因でフラれても俺が相手してやゴフッ――」


 わたしは軽薄が服を着て歩いている隣の男の脇腹に肘鉄を決めてから、鬼瓦の元へ向かう。すると、鬼瓦の黒点のような三白眼がわたしを捉えた。鬼瓦は舐め回すようにわたしを観察し、その様子はさながら獲物を狙う獅子のようだった。本能的に命の危機を感じたが、可愛い後輩の為にも、わたしは勇気を振り絞った。


「キミ。邪魔だからそこを退いてくれない?」

「ア゛ア゛!!」


 鬼の咆哮。不覚にも体を震わせてしまった。


「ナニが邪魔なんですか? そこ通りゃいいだろゴラア! 訳わかんねーこと言ってんじゃねえぞゴラア!」


 鬼瓦は自分の前の通路を指差しながら吠える。余りの剣幕に、わたしが間違っておりましたと平伏してしまいそうだった。だが、わたしは引いている腰に喝を入れ、彼を指差しハッキリキッパリと告げる。


「と、とにかく即刻ここから立ち去って下さい!」

「んだと手前テメエ……」


 獅子の如き唸り声とともに鬼瓦は緩慢な動作で立ち上がり、わたしは上から見下ろされる形になる。

 ……で、デカい! 今まで座っていたから気付かなかったけど、この男滅茶苦茶デカい! どちらかと言うと男子を見下ろすことが多いわたしだが、そのわたしが背の高さだけで身を竦ませてしまう程、鬼瓦はデカかった。多分2メートルはある。絶対ある。何このデカさ。名前のとおり鬼の生まれ変わりか何かじゃないのこれ?

 と、わたしが恐怖で声を失っていると背後から肩を引かれた。


「ま、まひるもう止めろって。鬼瓦君ゴメンな。こいつちょっと馬鹿だから」


 亮平に肩を引かれ、わたしは半ば無理矢理後ろへと下げられた。

 だが、背後で様子を覗っていた藤峯クンは、負傷した兵士のように後退するわたし達と対照的に前線へと出撃した。そして、


「あなたがとても恐いから皆ここを通れないでいる。皆の迷惑になっている。だから悪いけど、一旦ここから離れて欲しい」


 と、微塵も恐れを見せずに言い放った。唖然とするわたしと亮平。鬼瓦は表情を、自らの苗字と同じ鬼の形相へと変貌させた。金棒のように太い腕が藤峯クンに害を成すのは時間の問題だと思った。

 しかし金棒が振られることはなかった。鬼瓦は表情こそまさに鬼神の如き恐ろしいものだったが、暴力を振うことはなかった。しばらく彼は無言で藤峯クンを睨んだ後、一際大きな舌打ちをしてからきびすを返し、ドスンドスンと大鬼のごとき足音を立てつつ廊下の角を曲がり、姿を消した。


「ふ、藤峯スゲーな。真正面から鬼を退けるとか、まるで桃太郎だな」


 亮平が藤峯クンの肩を叩き、彼を称賛した。しかし、藤峯クンは浮かない顔をしていて、鬼を退けたはずの桃太郎の表情は……どこか悲しげで、寂しげだった。何故藤峯クンはそんな表情を浮かべているのか、このときのわたしは理解できないでいた。

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