決別
アルコホールの援護射撃。曲がりなりにも、高アルコ指数アルコアタックだ。決まればひとたまりもない、そう期待された一撃は、
「・・・・・、え?」
何者かの妨害により、無慈悲にも退けられる。
「うーわ恐ァっ!」
大げさに身振りするハッマーダ。しかしナーカエを退けたのはハッマーダではなく、コユッキだった。
「”悪”を打ち倒す聖戦に邪魔な手、卑怯な手を使う者は、この僕が許さない・・・・・・ッ!」
そう述べたコユッキの手に握られていたのは、マスーダの名器『シェイカー』。呆気に取られたナーカエ。その彼が、今まで見たこともないような形相のコユッキから放たれたアルコアタックをかわすことが、果たして万人はできようか。
ナーカエの体内に強制摂取されたアルコホールはなんと、あの悪名高きカクテル・カルーアミルク。カルーアミルクはその飲み安さに反して高いアルコ指数を持つ。すなわち、アルコパフォーマンスに優れることから、ウェイケーが好んで使う、まさにアルコホール氾濫とも呼ぶべき代物なのだ。
そんなものを今、限界寸前のナーカエが喰らってしまえば、結果は火を見るより明らかであった。
(あぁ、そうか・・・・・・コユッキ・・・・・・)
ナーカエは、崩れながら理解した。コユッキは悪を倒したのではなく、悪を制したのだと。さながらフグ・ポイズン、自らに影である悪を住まわせることで、光であるヒーローを形作ることができたのである、と。
「・・・で、この後どうす――――うぉっと!」
ハッマーダが切り出した矢先、隙のないスピード・カクテルが彼を襲ったが、ハッマーダの注文したトックリ・オチョコの”両刀”が弾き返した。
「邪魔者がいなくなったってことかい。とんだ正義のヒーローさんだねェ!」
挑発には乗らず、コユッキは自分のペースを乱さずに口撃を続ける。
シェイカーによるアルコホール・コンビネーションから生み出されたカクテルは、テンインから自動供給されるものと違い、アルコ指数を操作できる。これを活かし、コユッキは通常よりも高いアルコアタックを仕掛けることが可能となるのだ。したがって、途中入場のハンデ分を埋めることも理論上可能ということになる。
しかしアウトロー・ハッマーダのアルコスタイルは、器――サカズキ――に依存するという特異中の特異。それはアルコホールの注がれたサカズキを敵のグラスにぶつけ、溢れたアルコホールを浴びせるという、ぶっきらぼうかつ破壊的な飲みュニケーション! このアルコホールの暴力はコユッキの口撃を無効化するだけでは飽きたらず、その体力を着実に蝕んでいった。
このままでは、負ける――――。そう直感したコユッキは、自然と、主張が声となって発せられていた。
「ノミカイは楽しいものであって、アルコホールは酔うためだけのものじゃないッ!」
対し、ハッマーダの応答。
「義務化という決めつけこそが楽しさを奪ってんだッ! アルコホールは人にとって、なにより人はアルコホールにとってもっと自由であるべきだろうがァ!」
今の管理された社会では、アルコホールは人にとって自由ではない。それどころか、人がアルコホールに呑まれることなど、決して許されてはならないという風潮が、日本アルコホール協会の努力により定着しつつある。
しかし、このストレス・ソサエティ、アルコホールを道具としてすら使えないで、どうして人は己を解放できるのだろうか? そのためにアルコホールが存在してはならないなど、一体いつ、誰が決めたのであろうか?
「アルコホールは弱者にとっての糸口、そして非常口だ! 選択の自由が人に与えられた権利ならば、それはアルコホールと対峙したときにおいても同じことが言えるはずだッ!!
その自由を奪うなどと、ノミカイは楽しくあるべきなどと、どうして自由の獣たる人類に押しつけられるって言うんだァ!? 答えてみろ、ヒーロー!!」
「うっ、く、それは・・・ッ!!」
否定ができない。つまり議論ができなかった。コユッキには反論材料がなかったし、何より、すれ違いざまにもらったビール・スパインが、コユッキから時間を奪っていた――――後一歩、理想に届くまでの時間を。
コユッキは両膝を着く。それから、摂取用のアルコホールを取り落としてしまった。倒れ込んだコユッキの視線の先には、転がるシェイカーから零れ出るアルコホールがあった。