強敵
ナーカエが体勢を崩す、その瞬間を見逃さぬマスーダ。アルコ的引導を渡すべく最後の一呼吸のために、自らのアルコホール摂取に控えておいたウメシュロックを景気よくあおった。
「・・・――――ぐッ!!」
しかし、何たることか、マスーダの足取りはたちまち千鳥足――ミレニアム・バーズ――となって、やがては膝が笑い始めたではないか!
ニヤリと顔を歪めたナーカエ。そこには絶体絶命の窮地にたたされた弱者などではなく、既に謀略を終えた誇り高きアルコホリッカーの勇姿があった。
「ナーカエっ、お前、まさか・・・ッ!」
マスーダは”この味”を知っている・・・・・・! 幾度となく舐めさせられた苦汁の味・・・・・・ッ!!
マスーダの摂取したウメシュロックは、ウメシュをロックしたそれではなく! なんと、チョーヤ・ウメッシュだったのである!
何たる冒涜! 何たる禁忌! しかし現代のツルギサムライの憤怒はそこに能わず、マスーダは力なく地に伏すのみであった。
「そんな、マスーくん!」
コユッキが駆け寄るが、時既に遅し。
恐るべし、カーボネイテッド・アシッド・トラップ! そう、この悲劇は紛れもない、ナーカエによるものだったのだ。
「俺だってアルコホールに弱いの、知ってるくせによ、マスーダのやつ・・・」
嗤うナーカエ。それは悲しげに咲く花のようであり、散りゆく運命を受け入れた表情でもあった。
一矢報いた、もはやこれまで、などと、朦朧としながらも小さな武者震いをするナーカエ。そんな彼を後目に、マサーは向き直る。その視線は疑う余地などない。
狙いは、マスーダというバリアが張がれ、非力となったコユッキに向けられていたのだ。コユッキはその殺気に気付くや否や、カクテル・ヨギーパインを先手として打った。
対し、マサーはノーガード。いや――――、これはスーパーアーマーであろう、そのようにナッガイは分析していた。
ナッガイの分析によると、彼はナーカエ、コユッキ、マスーダとやりとりをする最中、自身のアルコホール摂取にスーパードルゥァアイを用いていた。昔の彼であれば、後先など考えずにウィスキーをチューハイ・ヒョウケツで”割って”摂取していただろうに、初期装備たるビールを継続摂取しようなどと、どうにもおかしいと考えていたのだ。
ここで読者は、アルコホリッカーについて今一度復習しておかなければならないことがある。それはアルコホリッカー標準兵装、ビールの効果についてである。
アルコホールはその効能的観点から、どうしても壮年アルコホリッカーよりも若年アルコホリッカーの方が弱いという欠点がある。この年齢格差問題を解消すべく、日本アルコホール協会が定めた原則の一つに、ビールの導入があるのだ。
すなわち、ビールの継続摂取による特殊効果の付与。
ビールは発泡指数が高いため継続摂取に向かない代わりに、付帯効果を獲得する言わば”ハンデ”が設けられているのだ。
そう、ここまで記述すれば、ずぶの素人でもご理解いただけるだろう。マサーは密かに、スーパードルゥァアイの継続摂取により、スーパーアーマーを獲得していたのである!
「俺のアルコホールが飲めねーってか? コユッキさんよお!」
ビールによるスーパーアーマー、そして天性の肉体による高アルコ耐性。この二つが合わさることで、マサーは移動要塞とも形容すべき圧倒的アルコホリッカー、スコッチャーと成るのである。
反し、見た目もどこか低アルコ耐性に見えるコユッキ、要塞打倒の算段を付けるべく、カクテル・アタックによるヒットアンドアウェイにて応戦。幸いにも、コユッキのフットワークはまだ軽く、ザシキの段差を上り下りすることなど造作もない。
――――――――はずだった。
「あ、れ――――・・・?」
(何だ――――?)
違和感に気付くコユッキと、最早観戦客と化したナッガイ。
見る見る内、コユッキの反応速度が鈍る。知覚が遅延し、五感が歪む。揺れる脳内はあろうことか、致命的なアルコホールの不本意的体内侵入を許してしまっていた。
(でも、いったい、どこから――――!?)
霞んだ視覚で見渡す――――分からない。
ぼやけた嗅覚で嗅ぎ回る――――分からない。
とろけそうな意識に鞭を打ち、自らの持つ摂取用カクテルに口をつけるが、アルコホール反応がその舌、味覚に反応することはなかった。
「――――ハッ?! そういう、ことか!」
「クク・・・・・・やっと気がついたか」
コユッキは周囲を、いやザシキ・フィールドの床面を見渡した。すると見よ、今まで踏みしめたザシキ・フィールドのタタミには、マサーの口撃が空を切る度にこぼしていた高アルコ指数アルコホールが多分に染み込んでいるではないか!
「“酒気”・・・・・・ッ!」
「そうだ、まさにそれ。・・・ククッ、こんなにも上手く行くなんて、気持ちいいぜ!」
マサーの高アルコアタックは我武者羅なものではなかった。
それはザシキ・フィールドに振りまいたショウチュウ、そしてジン・ウォッカが戦いの熱気に充てられて気化し、アルコホールを純粋で最も暴力的なアルコアタックへと昇華させていたのだ。その原始的クソッタレはコユッキの体内、食道から胃を通過する課程で蒸留され、純粋アルコホールとして再生成される。こうなると、この反逆的革命軍から逃れる術はもはや、チェイサーを浴びるように飲み干すことでしか叶わないのだ。
「な、なんだってーっ!!」
驚愕である。それは昔のマサーを知るナッガイが意図せず声を上げてしまうほどのアンビリバボー。からくりはナッガイにも理解できたが、まさかそんな妙技を、ナーカエならまだしもマサーがやってのけたのだ。これを驚愕と言わずすれば、言語の歴史に抗うようなものだ。
「さて、終わりにすっか。こっから先は、”大人”の時間ってな!」
マサーの繰り出す強力な一撃――――ウィスキー・ブランデー。アルコ指数のみに特化したそのアルコアタックは、コユッキの得意とするカクテル――調和と配合の美学――を真っ向から汚す大いなる深淵、『チャン・ポン』の悪魔的思想を具現化したものだ。足下の覚束ぬ中級のアルコホリッカーに、どうして避けられよう。この結末は敢えて言うならば、自然の摂理なのだと、誰もが納得するに違いはなかった。
それほどまでに、この場に居合わせた者はみな確信していたのだ。