駆け引き
再び解放されたフスマから供給されたのは新たなアルコホール。ここからはテンインが定期的にこのザシキ・フィールドへとアルコホールを供給する。それは完杯戦争の更なる激化を意味するものであり、敗者の出現をも同時に意味するのである。
マサーの反撃――――大振り、かつ高アルコ指数を醸す応酬のアルコ・アタック。口を開けたショウチュウ・ボトルが、敵アルコホリッカーとショットガン・キッスを交わさんと、その口をピストンの如く繰り出す。
「オラァ! これがスコッチャーの神髄じゃい!」
その口撃は存外に大振りであって、かわすことは苦ではない。しかして、当たればひとたまりもない一撃。それは一人傍観を決め込むナッガイですら容易に分かることで、彼は昔と変わらぬマサーの姿を見て安心すらしていた。
ショウチュウ・ボトルの口から溢れる飛沫、そしてナーカエの発泡、その両者を注意深くかわす一人、皆の衆の誰かが呟いた。
「――――なるほどね。分かったよ、ナーカエ」
ナーカエの視線がコユッキに注がれる。それを待ち受けるようにし、コユッキは続ける。
「君のその、無尽蔵の発泡の秘密」
「オイオイ、ハッタリなんて卑怯な真似はナシだぜ、コユッキ?」
「そんな強気な反論、どこで覚えたのさ? まさか、オンラインFPSで海外勢とやりあう内に鍛えた、なんて言わないよね?」
フッ、と笑うナーカエ。――――図星だ。彼はメンタルや言葉遣いどころか、キーボードを介したファックサインの数々までもをマスターしている。そのことは、オンラインカードアプリで同じく鍛えたマサーにも、伺い知れる事実だ。
コユッキは深くは追求しない。代わりに満足そうに、第二のリョウリの前を陣取った。
「それなら、僕にも考えがあるよ」
その一言と共にコユッキが手に取ったのは、――――なんと、レモン。それを、あろうことか豪快に、誰一人の承諾を得ることなく、リョウリの上へ絞りあげた!
もし、少しでもアルコホリッカーの基礎に触れた読者であればもうお分かりであろう。
そう、彼は。コユッキは、躊躇することなくカラアゲ・オブ・ナンコツにレモンジルをかけたのである!!
目を見開くマサー、そして額に青筋を浮かべるナーカエ。いや、そんな生半可な表現はもはや無礼にあたるだろう。その憤怒はナーカエの技を白昼の下にさらけ出させる切っ掛けとなった。
「唸れ、俺の経済力ッ!!」
ザシキ・フィールドに敷き詰められたタタミの一枚、その裏から顔を覗く幾本ものアルコホールボトル。それらの口は一様に、コユッキに向けられていた。
「なっ! これは、アルコホールのストック・・・ッ?!」
ナッガイが思わず仰け反った。
ナーカエの秘技、それは意外にも、リバーシブルタタミ・システムを採用する店を利用したトリック技!
「君は店の持つアルコホールのストックをすべて買い占めた。社会人としての財力を大いに振るってね。
だから、初期アルコホールがジョッキ・ビールしかない僕たちを出し抜いて、ビン・ビールを行使できたんだ。
それだけじゃない。カン・ビールのトラップも、ビールバブルに紛れて出していた・・・。まさか、あらかじめシェイクしておいたアルコホールまであるなんて・・・・・・ね」
まさに用意周到、まるで準備万端、ナーカエは此度のノミカイのため、まさかここまで念を入れていたのだ。ナッガイは感心しながらも、ナーカエの恐ろしいほどの執念に冷や汗を拭った。
「下見、したね? ナーカエ」
「だから何だ、俺は許さねぇぞコユッキィ・・・!」
アルコホリッカーにとって、下調べは精々メニューまでとされている。それはフェアなノミカイのため、つまり、健全なアルコホシップに則った競技を行うためであり、日本アルコホール協会はこれを原則と定めている。すなわち、協会からすればナーカエは”反則”をしたことに相当する。
しかし、どうだ。ナーカエからすればコユッキこそ無礼千万。承諾無しにカラアゲ族にレモンジルやそれに準ずるpH7未満の酸性液状物質を塗布することは、酔い潰れたアルコホール初心者にテキーラ・ショットを――しかも三発も――撃ち込むことに等しい。初対面でなかったことを光栄に思えとすら発言しかねる冒涜行為であれば、互いの不正や無礼は帳消しになるというものだ。
――――いや、そもそも日本アルコホール協会など、ここ最近発足された民間の秩序団体に過ぎない。正直、ナーカエにとって協会の定めた”原則”など、地方の何某が考えたローカル・ルールのようなものなのであるッ!
「大”泡”出、『シャンパンバースト』ッ!!」
限界まで圧縮された特注のカーボネイテッド・アシッド・アルコホールによる一斉掃射。それはまともに喰らったものを吹き飛ばすほどの水圧であり、若年アルコホリッカーの死因第四位に毎年挙げられるほどだ。その統計的背景は、この悪魔的必殺技が退っ引きならない威力であることを保証する訳だが、
何と、コユッキはその場に立ち尽くしたままではないか。
「こ、コユッキ!」
思わず声を出すナッガイ。誰もが息を呑む刹那の後、泡の飛沫が飛び散る中、コユッキを庇う一人の存在がそこにあった。
「マスー、ダ・・・ッ!?」
それは黒き巨人、漆黒の主。スコッチャーの間で密かに畏敬の念を払われる彼は、異国の王とも名高い。マスーダは無言で、しかし重厚で精悍な気配をまき散らしていた――――ナーカエに対して。
ナーカエの放ったシャンパンバーストは、マスーダの持つシェイカー、そして奥義『フロム・ライト・トゥ・レフト』により受け流されていたのだ。
その影で、コユッキはしたり顔をして腕を組む。
これは、”主義の同意”だ。ノミカイとは、先述の通り”アルコホリッカー達が自らの主義主張を正々堂々とぶつけ合い、その正当性を競う場。また、それに準ずる中~大規模な戦場のこと”である。したがって、戦場であれど同じ意見を持った者同士であれば同盟を組むことに相当する。
(つまり――――、コユッキの行為は挑発であると同時に、『カラアゲ族―under pH7・カップリング』賛成派を炙り出し、停戦協定を結ぶための策だった――――?!)
なんとアンビリーバブルプラン! 実に合理的なアルコ・ストラテジーだろうか!
ノミカイはデスマッチが基本であり、勝率は個々人のアルコホール・ポテンシャルに依存する。しかし、一人より二人、二人より”みんな”だ。このような戦法を、考案者であるニン、テン、ドウの三人より『ドウブツ・フォレスト法』と呼称するが、まさかかような戦場で拝謁できようとは、いったい誰が予想しただろう。
「信じてたよ、マスーくん」
結託――――。延いてはこの様にマスーダとコユッキの絆が深まっていることを垣間見ることになろうとは、これもまた誰もが予想することではなかっただろう。
しかして、状況は予断を許さない。隙を伺っては、ナーカエに高アルコアタックを仕掛けるマサー。応戦するナーカエであったが、魔法のタネが見えていること、そしてアルコ耐性の低さを技術で補っているナーカエにとって、ショウチュウ・ボトルの一撃は決して優しくはなかった。
「混ざって弾けろ! ジン・ウォッカ!!」
右手にジンを、左手にウォッカを。自動供給された直後のアルコホール・ボトルを、マサーは乱暴に混ぜ合わせる。
だが、どうだ、高アルコ耐性を持つ天性の肉体は、アルコ指数の揺らぎを完全に記憶しており、どうやら最高のコンビとして両者を共存させているではないか。
見よ、このハーモニーブレンドを。なかなか、どうして、主張の強い高アルコ指数アルコホール同士を喧嘩させることなく生かしきるこの大胆な絶技は、一介のアルコホリッカーでは一つの芸術作品としてしか感じることはできぬ代物であろう。
ハーモニーブレンドのグラスを握るマサーの小刻みなボクシング的フックは、その酒気だけでもナーカエの体力を着実に奪っていた。
ここで、ナッガイは違和感に気付いていた。結託したコユッキとマスーダならまだしも、カラアゲ・プロブレムに目を丸くしていたマサーまでもがナーカエを排除せんと奮闘しているのである。
「へっ、参ったな。上手く行けば一人、穫れると思ったんだけどよ・・・」
中型のザシキ・フィールドを縦横無尽に駆けるが、それでも追撃の手数は多かったか、徐々にナーカエは失速する。
そう、これは必然の番狂わせだ。ナーカエの先手で誰一人として穫れなかったということは、全員を一度に敵に回してしまうというアルコ的ディスアドヴァンテージを背負うことなのだ。
「終わりだよナーカエ・・・! カクテル・カシスオレンジ!」
マサーの強力なアルコアタックに、コユッキのカクテルアタックが加わる。ナーカエもカーボネイシッダーとしてのプライドが果敢にアタックを仕掛けるが、マスター・シェイカーの前では効果は薄い。
さながら、威力の低いジャブと振り切りのストレートが交互に繰り出されるボクシング・タクティクスのようで、その猛威にナーカエはついに片膝を着いてしまった。