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◇10月15日午前11時29分◇
感覚が戻ってきた。音。遅れて、色が。
でも、わたしはいま、立っているの? 倒れているの?
よくわからない。
煙が充満していた。爆弾が炸裂したんだろうか……!?
いえ、そんな感じじゃない。そうだとしたら、こんなこと考えていられないはずよ。
霞が晴れて、部屋の様子がわかるまでに数分かかった。そこでようやく、わたしは立ったままだったことを知った。
床に、だれかが倒れている。召使じゃない。召使は、まだわたしの肩にしがみついている。ハッキリと顔が識別できるまでには、視界は回復していなかった。煙で、というよりも、わたしの眼に問題があるみたい。まぶしい太陽を見たあとのように、瞳がいうことをきいてくれない。
そのかたわらに、べつのもう一人が立っていたけど、それもよく見えない。考えられるのはファインダーだけど、たぶんちがう。気配でなんとなくわかる。彼は、わたしの背後から動いていない。
倒れているのが、信長だろうか。もし立っているのが信長ならば、すぐにでも、わたしにとどめを刺そうとするはずだ。
「や、やっと……現れたな……」
その声は、織田信長のものだった。
やはり倒れているのが、信長らしい。
「ス、スタングレネード……M84か。そ、それと……スモークの二本立てと、は……」
『この女には、手を出すな』
この場に突如として出現した謎の人物が、無機質に言った。感情がこもっていない。というより、ヘンな声。なにかで声を変えていた。
シャドウ……!?
たしか、召使に忠告の言葉を残したとき、変声機のようなものを通した声音だったはずだ。
「さ、最強のテロリストを……このまま、見過ごすと思って、いるの、か」
『その身体でなにができる。左右の肩と、腰の骨を砕いた。おまえは、もう一生、自分の足では歩けない。顔を洗うことすらできなくなった』
「ク、クソ……殺せ!」
『いまのわたしは、テロリストではない』
「ま、まて……」
シャドウが、歩き出した。この部屋から去っていこうとしている。
「あなたは……」
言葉が勝手に飛び出していた。
「あなたは、陽介なの!?」
『陽介は、死んだ』
「あなたが、シャドウなの!?」
それには答えてくれず、現れた謎の人物はいなくなった。
それからすぐに、視力が完全に戻った。
床で倒れている信長の身体が、歪んでいた。
手足が、人体の構造をあざ笑うように、デタラメに生えていた。さきほどまで、あれほど弱者を蹂躪するサディストの余裕があったのに、とてもとても苦悶にあふれている。
したたる脂汗が、無残だった。
◇10月15日午後4時56分◇
それは、夕方のトップニュースだった。
テレビ画面には、今朝の緊迫したシーンが映し出されていた。どうやら、公安の検閲を突破できたようね。それともユメたちは、公安の名を出さなかったんだろうか。
モザイクはかかっていない。声も変えられていなかった。わたしが必死に爆弾を解除している姿が、そのまま流れている。
不思議な感覚があった。こうして自分自身の映像を眼にするなんて、とても久しぶりのことだ。しかも、それが硬派なニュースだなんて。わたしが再びテレビに出ることがあるとすれば、懐かしの芸能人はいま?、みたいなのだと思ってた。
自分で想像していたよりも、ずっと真剣な顔をしている。画面に映っているのは、わたしだけだった。召使のことは故意にカットしたか、それとも彼自身がカメラを避けていたのか……。あ、ちがう。たまに、ユメのアップも入ったりしてる。解除しているときには外へ出ていたはずなんだけど、どういう編集してるんだ?
いま召使は、わたしの右隣のブースに入っているはずだ。左にはファインダーが。
わたしたちは、ネットカフェで休息をとっていた。仲間の二人がやられたと知ったら、残りの一人──徳川家康が黙っているはずはない。のこのこ自宅に帰るなんてことはできない。
ストーカーたちも、同じ映像を観ていると思う。三人そろって、テレビも視聴できるタイプの個室を選んだんだから。
ニュースのほうは、爆弾を解除し終わり、ディレクターだったはずの里崎さんが、わたしに襲いかかる場面になっていた。
なんだか、アクション映画みたいに迫力がある。
わたしも、まだまだいけるな。
正統派女優という道も……。
いやいや、だいたいこれは演技じゃないし……。一回だけドラマに出たことがあるけど、そのときの棒読みゼリフは、われながらひどかった。監督やスタッフのドン引きが、いまでも脳裏に焼きついてる。
フラッシュが光り、わたしが爆弾を投げつけたところも、よく撮れていた。谷口さん、やるじゃない。
『いまご覧いただいたのは、今朝、池袋の飲食店でおきた実際の映像です。グルメ番組のリポート中に、爆弾が発見され、それを解除する模様が克明に撮影されています。取材を見学していた、元タレントで現在は会社員の大沢衣央さんが、爆弾の解除に成功し──』
携帯が鳴った。ユメからだった。
「大丈夫よ、わたしは」
モザイクをかけず、しかも実名で報道したことを詫びる電話だった。
「いいよ、そんなこと。好きに使ってくれてよかったよ」
そう言うと、彼女はホッとしたようだ。
「でも、よく放送できたね。公安が出てこなかった?」
出てきて、取り調べもうけたらしいが、谷口さんがうまくテープを隠していたということだった。
最後にユメは、こう言った。
──これが、復帰の足掛かりになるんじゃない?
わたしは軽く笑ったけど、そのときにはもう通話は切られていたから、その声は届かなかっただろう。
『はい、ビックリしました! イオが、なんとか止めてくれて……でも、里崎さんがテロリストだなんて信じられません……』
映像は、ユメがインタビューをうけている場面に切り替わっていた。
どこか演技くさい。再ブレイクの足掛かりにしようとしているのは、自分だろ。
『えー、ここで新しい情報が入りました』
ユメのVが途中で切られ、アナウンサーが渡されたばかりの原稿を読み上げていく。
『さきほど、警視庁から発表がありました。秋葉原のキリンタワーを爆破した容疑で、元タレントの大沢衣央さんに、逮捕状が出ました。繰り返します。大沢衣央さんに逮捕状です。ということは、大沢衣央容疑者ということになりますね』
ん?
『これは、どういうことになるんでしょうか? 大沢衣央容疑者に逮捕状です』
アナウンサーがコメンテーターに問いかけているのが、なんだか滑稽だった。
なに言ってるの、この人。
『今朝の池袋での爆破騒ぎは、自作自演、ということになるんでしょうかねぇ。爆弾を投げつけたのは同じ一味で、仲間割れでもしたんでしょうか?』
コメンテーターの答えも、滑稽だ。
なに言ってるの、この人たち。
そこからは、テレビの声が耳に入ってこなくなった。
ハメられた……。
ブースの外が、心なしか騒がしい。
そうか。ここに入るとき、わたしの顔は何人かに見られている。あきらかに、わたしが『イオ』だって気づいてた人もいた。
同じようにニュースを観ていたら、そりゃ騒動になる。
通報されるかな。
わたしは、意を決して外に出た。続くように、召使とファインダーもそれぞれの個室から現れる。やっぱり、わたしのことに気づいていた人が、ブースの前でたむろしていた。店員もいる。
わたしは、彼らにニッコリと笑いかけた。
引きつった笑みが返ってきた。
「道、あけてくれる?」
彼らのビクつきが、手に取るようにわかった。
わたしは、あいた通路を進んでいく。女とはいっても、テロリストかもしれない人間に挑む度胸はないようだ。
わたしはそのまま料金も払わずに、店の外に出た。これで、正真正銘の犯罪者になってしまった。言い訳するけど、そんなヒマなかったんだから。
こうなったら、とことん突っ走ってやる。
携帯にメールの着信があった。課長からだった。すぐに山田からも。ほかにも数人から送信されてきた。報道を知ったんだと思う。自首をすすめる内容や、どういうことなの?って問いかけ。山田からは、信じています、だって。
課長は……すぐに連絡をくれ。
みんな、直接、わたしと話す勇気はないようだ。
わたしは、携帯の電源を切ろうとした。
勇気のあるだれかから、かかってきた。
「もしもし?」
わたしは、普通に呼びかけた。なぜだか、妙に落ち着いている。
『やあ、指名手配犯の気分はどうだい?』
「あなたが仕組んだのね?」
あの公安刑事から。
「ユメたちのVTRも、だから没収しなかった。放送されることを承知で」
『久しぶりに、スターに戻れたんだ。感謝してもらいたい』
「ふざけないで!」
『どちらにしろ、きみが選べるのは、テロリストとして捕まるか、もしくは』
「もしくは?」
『本当のテロリストを捕まえるか』
「それは、あなたたちの仕事でしょ!?」
『ちがうね。われわれに、それはできない。だから、きみがかわりにそれをやる』
「ふざけるな!」
『あ、そうそう。この電話を切ったら、その携帯は使えなくなる。できるだけ、きみには外部と連絡をとってもらいたくないからね』
「え、なんですって!?」
『ナイト二人の携帯も、同様だよ。では、幸運を祈る──』
通話は、一方的に切られた。
わたしは、とりあえずユメにかけてみた。
ホントにダメだ。携帯からは、なんの音もしない。使えなくなってる。
こんなことができるの!?
いえ、彼らの権力を行使すれば、できることなのかも……。
わたしはしばらく、これからの方針を考えあぐねた。