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       ◇10月15日午前10時38分◇


 池袋の北口で謎の人物に紙を渡されてから、ファインダーには、ある命令をあたえておいた。わたしの会社に行って、様子を調べてきてほしい──と。ちょうど、その任務から戻ってきたときに、わたしのピンチを救ってくれたのだ。あの店の場所は、召使がメールで教えていたらしい。

 ファインダーから、数枚の写真を受け取った。それは、社内の光景を撮影したものだった。内部に潜入しないと撮れないようなものまでふくまれていた。どうやって撮影したんだろう。さすがは、公安すら感嘆させるほどのストーキング技術だ。

 営業部四課を中心に、いつもと変わらない日常がプリントされていた。しかし、課長の姿がどこにも写っていなかった。それと、もう一人、女子社員の顔が見当たらない。親しくもなく、仕事的にも接点はないから、名前までは思い出せなかった。悪いけど。

 とにかくわたしは、徳川家康か織田信長が会社にいるのではないかと疑っている。だからわたし自身も、代官山にあるツクダニーズデザインに向かっていた。

 池袋で接触してきた人物(豊臣秀吉はそれを家康と呼んでいた)が、わたしの会社にいるのならば、朝、遅刻しているか、今日は休んでいる可能性がある。

 ざっと写真を見たところ、写っていないのは、課長と名前の思い出せない女子社員一名だけのようだ。しかし会社に来ているといっても、その人物もまたあやしい。たんに、ファインダーよりも早くついただけかもしれない。同じような時間に池袋を出発しているはずだから。

 それからほどなくして、わたしは会社に到着した。

 ビルの前で、課長と出くわした。どうやら、いまから出社するようだ。

「大沢……さっき、今日は休むっていうメールを受け取ったぞ」

「い、いえ……ちょっと、重要なものを忘れちゃって……」

「そうか。身体のほうは大丈夫か?」

「はい。一日休めば、大丈夫だと思います」

「昨日のことは、気にしなくていい。キミが、あんなイタズラをするわけはないからな」

 課長は、そう言ってくれた。

 信用してもいいの?

 でも一度疑いだすと、どんどんあやしく思えてくる。

「課長、今日は遅いんですね?」

「あ、ああ……ちょっとヤボ用でね。遅刻させてもらった」

「そうなんですか……」

「なかには入らないのか? 私は行くが」

「あ、いえ……ここで、失礼します」

 完全に不自然だったけど、わたしは課長に背を向けた。


       ◇10月15日午前10時48分◇


 さぐりあいの会話は、どっと疲れを誘う。といっても、課長が事件とは一切なんの関係もなかった場合、わたしが一方的にさぐっていただけなんだけど……。

 課長が犯人の一人だとすると、どういうことになるだろう。

 わたしは、いままでの課長の行動を思い出していた。

 この一連の騒動のきっかけとなった殺人事件。課長は、わたしが中村吉彦さんのマンションをたずねようとしたとき、とても心配してくれた。たぶんそれは、男性の部屋へ行くことの危険を感じてだろうけど。

 昨日の花火爆弾騒ぎのときは?

 そうだった。爆発する直前に、わたしに覆いかぶさってくれたっけ。まるで、わたしの身を守ろうとするように。

 それだけを振り返ってみると、わたしをどうにかしようとしているようには思えない。

 でもまって。そもそも犯人たちは、わたしを使って、なにをしようとしていたっけ?

 豊臣秀吉の口ぶりからは、《ハマーム》と呼ばれる人をおびき出そうとしていると読み取れた。その場合、《ハマーム》というのは、陽介のことになる。

 仮に陽介が生きているとして、その陽介をおびき出すためには、わたしは彼らにとって大事なエサってことじゃない。つまり、わたしを守ろうと課長がかばってくれたとしても、課長の容疑が晴れたわけじゃない。課長の自作自演ということも考えられる。

 埒が明かない。

 あれやこれやと考え込んだところで、いまある材料だけでは、推理できない。名探偵じゃないんだし。

 わたしは、池袋で渡された紙に書いてある二段目の電話番号にかけてみた。

 ワンコールで、相手が出た。

『鳴かぬなら、殺す』

 織田信長というわけね。

 耳にした瞬間、聞いたことのある声だということがわかった。まちがいなく、夜道で待ちぶせていた男だ。

「あなたに会うためには、どこへ行けばいいの?」

 まわりくどい駆け引きは、この男には合わないと感じた。

『そうだな。俺様たちが初めて会った場所』

「会った? うちの近所の?」

『初めて会った場所だ。直接じゃなかったがな。待っているぞ』

 そこで切られた。

 初めて会った場所?

 だから、うちの近くの道じゃないの?

 いまの会話の内容からは、ちがうように思える。

 昨日の夜以前に、どこかで会ったことがあるというの?

『直接じゃなかったがな』──どういう意味?

 なにかが引っかかった。

 それはなんだろうと考えたけど、答えにまでいきつかない。

 あからさまにドスをきかせた声……わたしをおびえさせようとしているのが、みえみえだ。

 わたしは、そんなことで屈しない。

「……声?」

 あることを思い出した。

 いまの電話ではない。昨夜、わたしの前に現れたとき。あのときも、どこかで聞き覚えがある、と感じてたよね……。

 いつだ? いつ、あの声を聞いたんだ?

『わざわざすまんね、こんなところまで』

「あ……!」

 わたしは、爪先から頭のてっぺんまで、電流が駆け抜けたような感覚に襲われた。

 だとすれば……織田信長があの人だったとすれば、それはどういうことになる?

 わたしは、自然に足を動かしていた。


       ◇10月15日午前11時14分◇


 中目黒にある高級マンション。

 なぜだかオートロックは機能していなかった。普通の自動ドアのように、近づいたら開いた。不審に思いながらも、わたしはなかへ進んでいく。

 その部屋のドアにも、鍵はかかっていなかった。

 なかへ入る。

 すぐ後ろには、召使がついている。そのさらに背後には、ファインダーが。

 廊下のさきの応接室。あの日のままだ。

 ソファに座るのは、男の後ろ姿。

 その男が、振り返った。

 見たことのある顔。まちがいない。

 殺されたはずの中村吉彦だ。

「わざわざすまんね、こんなところまで。まあ、入ってくれよ」

 中村吉彦が言った。あの日……部屋へ行くまえに、オートロックのモニターに映し出された彼と、同じ会話をしている。

「どういうこと?」

「こういうことだ。見たままだよ」

 つまり殺されたのは、中村吉彦ではなかった。いいえ、殺されたのは本当に中村吉彦さんだったのかもしれない……。

 この男のほうが、中村吉彦じゃない。

 化けているんだ。

 モニターで会話をしていたのに、部屋についたときには死んでいた理由がわかった。

 マンションに来たときには、すでに本物の中村さんは殺されていたんだ。

「殺人犯は、あなた!」

「くくく」

 そうか。わたしは、あることを納得した。

 ディレクターの里崎さんも、偽物だ。

 豊臣秀吉が成り済ましていたんだ。

 たぶん、本物の里崎さんは……死んでいる。

 殺されている。彼らに。

「今日は、おまえが殺される」

 偽中村吉彦が立ち上がった。

 召使が、わたしの前衛についた。

 中村──織田信長の手には、ナイフ。豊臣秀吉が持っていたものと同じだった。

「どうやら《アンカブート》は倒せたようだが、俺様はそうはいかん」

 シュシュシュ、と音をなびかせて、ナイフを巧みに弄んでいる。指を器用に使い、ときには回転させて、ときには跳ね上げたものをキャッチして。

 傲慢で危険なジャグリング。

「あいつは、爆弾とトラップ以外に取り柄がない。仕掛けたものを待つだけ。まさしく、蜘蛛よ。だが俺様は、ちがうぞ」

 わたしは、召使の襟首をつかんで、後ろにさがった。豊臣秀吉との闘いで、こいつの弱さは立証ずみ。今度こそ、あの鋭利なナイフで殺されてしまうだろう。

「シャウ!」

 ヘンな掛け声とともに、信長が腕を水平に振った。そのひとなぎで、召使のトレーナーが切り裂かれていた。

 さがらせておいて、よかった。と同時に、安物でよかったね、とも思った。

 しかし数瞬後には、そんなことを思える余裕もなくなっていた。呻きながら、召使の身体が崩れ折れたのだ。

 ひと振りのあとに、蹴りかなにかが飛んできたんだと思う……見えなかったけど。豊臣秀吉とは、くらべものにならない格闘術。

 信長は、またナイフを弄びだしだ。

「どうだ、どうだ、うまいだろう? 見せてやるぞ、おがませてやるぞ」

 調子に乗って、どこまでもナイフを回転させていた。

 召使は、かろうじて意識はあるようだけど、起き上がれるような状態じゃない。この曲芸のあいだに逃げ出そうとも考えたけど、彼をつれてはムリ……。

 おいてっちゃう?

 あー、ダメダメ……、また最低なことを考えた。

 でも、わたしがこの男に勝てるわけないんだし……。

「に、逃げてください……イオ、さん」

 途切れ途切れに召使がそう言ってくれた。

 だけど言われたほうが、逃げにくくなる。

 そのとき、フラッシュの光!

 わたしの背後にいたはずの、ファインダーの仕業だろう。さっきはこれでどうにかなったけど、今度は──。

 わたしはとにかく召使に肩をかして、なんとか起き上がらせた。

 と──、そんなわたしめがけて、銀色にきらめくものが突き出されていた。

 べつによけたわけじゃない。というより、よけることなんてできなかった。

「よかったな。もしおまえの反射神経がよかったとしたら、そのきれいな顔に傷がついていたぞ」

 ナイフの刃は、わたしのすぐ横にある。少しでも触れていたら、ほっぺたがパクッといってた。

「わ、わたしを殺して、あなたになんの得があるのよ! わたしは、公安に監視されてる……殺しちゃったら、なにかと面倒なことになるわ」

 なかば本心で、半分はどうにか思い止まってくれるようにと、そう言ってみた。

「くくく! おめでたいヤツだな。あんな無能者どもに、なにができる。それにあいつらは、絶対におまえのことは助けない。それどころか、いつでも始末する用意をしている。なぜなら、あいつらの目的も、俺様たちと同じだからだ」

 それは、どういうこと!?

 声に出してはいなかったけど、よほど表情に出ていたようだ。わたしの意をくみとって、信長は続きを語ってくれた。

「むこうのほうから、接触があったろう? それは、いつでも殺せるぞ、っていう合図を送ってるんだ。もちろん、だれに送っているかは、わかるよな?」

《ハマーム》と呼ばれる男に──。

「それは……陽介のことなの!?」

「そんな名は知らん」

 信長は、冷たく答えた。

「現れぬなら、殺してしまうまでだ」

 ナイフの刃が、わたしの喉元にピタッとついた。

「一瞬で楽にしてやる」

 ジリジリと焦げるような感情が、背筋を上がっていった。

 死。

 それを一生で初めて実感している。

 再びフラッシュが光ったけど、信長はビクともしない。

 だからといって、ファインダーがそれ以上のことをやってくれるなんて期待できそうもない。こんな男を相手に、まともに闘える人間なんて、そういるもんじゃない……。

「死ね」

 もう終わったな……。そう覚悟した瞬間、声が聞こえた。

「ちがう……オレじゃない」

 だれの声?

 そうか、ちゃんとファインダーの肉声を聞いたのは初めてかもしれない。

「池袋で、シャッターを押したのは、オレじゃない」

 なにを言ってるの?

「おまえ、なにをホザいてる?」

「いまのは、オレです。でも、あのときはオレじゃない。《シャドウ》がカメラを取りあげて、シャッターを押したんです」

「シャドウ!?」

 信長が、そう口にした直後だった。

 あたりが光った。フラッシュのような、わずかなものではない。

 世界が、まばゆい光輝に包まれた。

 でもすぐに、なにも見えなくなる。同時に音も、この空間から消失していた。

 なにがおこったのか、まったく理解できなかった。


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