12
◇10月15日午前9時42分◇
「ねえ、これ……本物なの!?」
ユメが、タイマーの停止した爆弾を指さしながら、切実にそうたずねてきた。
店内には、みんなが戻っている。ユメ、里崎さん、シェフ。そして、撮影をいまも続けている谷口さん。すでに警察には、里崎さんが通報したということだった。
わたしは、どうしても一つのことを問いたださなければならなかった。
「ユメ……、わたしのイメージは、いくつだっけ?」
きつい口調に、ユメは驚いたようだ。
「え……よ、47だよ。それがどうしたっていうの?」
「この爆弾を止めるためのコードも『47』だよ。あなたが、これを仕掛けたの? ユメが豊臣秀吉なの!?」
「は!? 秀吉!? な、なんのことよ……バカ言わないでよ!」
わたしは思わず、ユメの身体を壁に押しつけてしまった。
「い、痛い!」
「じゃあ、なんでなの!? なんで『47』が正解だったの!?」
「そ、そんなこと……知らないわよ!」
「イ、イオさん!」
召使に制されて、わたしは押しつける腕の力をゆるめた。
「そ、そんなこといったって……イオは、47なんだから、しょうがないでしょ!?」
ユメはその隙に、わたしの身体をすり抜けていた。
「じゃあ、偶然だっていうの!? あっ……」
もしかして……!
わたしはそこで、ある一つの可能性に思い至った。
「やっぱり、あんた、体重サバよんだでしょ!?」
「な、なんのこと……」
まちがいない。眼が泳いだ。
「体重、一キロ!」
「い、いいじゃない! それぐらい!」
わたしは最初、46と押してまちがった。それは、本当のユメの体重が四七キロだったからだ。
つまり、わたしの最初の読みどおり、正解はユメの体重だったということになる。わたしをイメージした数字とかぶったのは、ただの偶然。
「ごめん……」
わたしは、ユメに近づき、彼女のほっぺたを手でさわった。
「ホントにごめん……」
そのまま抱きしめた。
「イ、イオ……?」
わたしは、最低だ。親友のことを信じてあげられなかった。
「も、もういいって……」
「ごめん」
もう一度言って、わたしはユメの身体から離れた。
召使の顔を見る。
「どういうことか、わかる?」
突然問われて、召使は、なんのことだかわからないようだった。
「答えは、ユメの体重だった。わたしの考えたとおり……これって、たまたま当たったわけじゃない」
そうだ。そんなこと、ただの思いつきで正解できるようなことじゃない。
「わたしの考え方……思考パターンまで読まれているってことよ」
敵は……豊臣秀吉には、わたしのそういうところまで把握されている。いえ、もしかしたら、ほかの二人──家康と信長なのかもしれない。いずれにしろ、わたしのまわりに、その三人のだれかがいるという読みは、かなり信憑性がある。
「ねえ、ユメ? 最近体重を計ったのは、いつ?」
「え? 昨日、計ったよ」
「それは、家で?」
「ううん、テレビ局で」
ユメは首を横に振りながら答えた。
「局で?」
「うん。この番組、ダイエット企画なのよ。いっぱい食べても太らない料理の特集。だから、わたしの体重をロケのまえに計っておいたの」
「っていうか、番組で体重が出ちゃうんなら、わたしにサバよんでもムダじゃない」
「いやぁ、まあ、それは……」
ということは、昨日、その場に居合わせた……ユメの体重を知っている人物が……。
「イオさん……遅すぎませんか?」
そのとき、召使がそう囁いた。わたしは召使と視線を合わせる。どういうことなのか、わたしはすぐに理解した。
警察に通報しているというのに、まったく来る気配がない。たしか、外へ避難している最中に、里崎さんが携帯で通報しているはずなのに……。
と──、わたしの背後に、だれかが移動してきているのがわかった。
イヤな予感がした。
豊臣秀吉は……。
「あなたね!」
わたしは、振り返った。
そこに立っていた人物の手に、きらめくものが握られていたことを瞬時に知った。
咄嗟にしゃがみこんだ。
頭上を、なにかがシュッと、かすめていくのがわかった。
わたしはしゃかんだ姿勢のまま、とにかくその人物から距離をとった。きっと恥ずかしい格好だっただろうけど、気にしてはいられない。
立ち上がる。
「や、やっぱり、あなたが……」
刃物を手にしていたのは、想像どおり、ディレクターの里崎さんだった。
「フフフ、そうだよ。俺が豊臣秀吉だよ」
里崎さんが言った。口調や顔つきまでが、まるでちがった。別人のように豹変している。声には、聞き覚えがあった。さっき、携帯で話している。
「さ、里崎さん!?」
ユメが、驚きの声を発した。谷口さんも、大口を開けて驚愕している。
「秋葉原の爆破も、あなたなの!?」
「くくく、そうだよ。俺だよ」
「目的は、なに!? テロを起こしたかっただけ!?」
「《ハマーム》をこちらに引き入れるためだよ」
「な、なんですって!?」
ここでも《ハマーム》という名前が出てきた。
「どういうことよ!?」
「おまえは、なにも知らなくていい。ただ、囮になってくれればよかったんだ」
「ふざけないで……!」
「だが、囮にすらならなかったか……いや、ヤツは本当に死んでいるのかもしれんな」
本当に死んでいる……って、それは陽介のこと?
こいつも、陽介=ハマームだと思い込んでいるんだ。
「鳴かなければ鳴かせてやろうと考えたが、それも限界だ。俺は《アムラードゥン・ムウディーヤ》とはちがう。俺には、あそこまでの忍耐力はないからな」
里崎さん──いえ、豊臣秀吉の言っている意味の半分もわからなかった。初めて耳にする名前が、そこまで舌を噛みそうだったら、覚えられるわけがない。
「アムなんとかって、なに!? だれのこと!?」
「日本語で『伝染病』だ。さっき会っただろ? ヤツに渡された紙を見て、電話をしてきたはずだ。今回の名は、家康。ヤツにピッタリだな、まったく」
ぶつかってきた人……駅の北口で、わたしに電話番号の書いてあるメモ用紙を渡した人のことだ。
「いや、さっきといわず、いつも会っているか」
「そ、それって、どういうこと!?」
「おしゃべりがすぎたな。《ハマーム》が本当に死んでいるのなら、もうおまえに用はない」
秀吉が、手にした刃物を振り上げた。一般的なナイフではなく、軍隊で使っているような、攻撃的なやつ。
そのとき、わたしの前に召使が立ちはだかった。
よけて! 殺されるっ!
横から、なにかが薙いでいった。召使の身体は、枯れ枝のように弾き飛ばされていく。秀吉が、蹴りを放ったんだ。
「召使!」
彼は、息をするのも絶え絶えに、悲鳴すらあげられないようだった。でも生きている。わたしは、少し安堵した。
「おい! もしどこかでこれを見ているのなら、早く出てこいっ!」
突然、秀吉がそう叫びだした。
いったい、だれに向かって……!?
「女が死ぬぞ」
その直後、秀吉はナイフを振り下ろした。
わたしは、死を覚悟した。
と、次の刹那──。
パシャ! まぶしいフラッシュの光。
わたしは恐怖のあまり顔を伏せていたから大丈夫だったけど、秀吉はその輝きに眼を射抜かれたようだ。振り下ろす腕が止まっていた。
ひるんだその一瞬の隙に、わたしは飛び出していた。どうして、そんな行動がとれたんだろう。頭で考えたというよりも、身体が勝手に反応していた。
手を伸ばしたところに、アレがあった。わたしはそれをつかみ、投げつけた。
爆弾!
「みんな伏せて!!」
豊臣秀吉に当たった直後、空気が破裂していた。
不思議と音は聞こえなかった。
キーン、と耳鳴りがするだけ。
何秒ぐらい経っただろうか。わたしは立ち上がった。店内は多少乱れていたけど、それほど大きく変わってはいなかった。焼け焦げた臭いだけが、爆発の痕跡。
「みんな、大丈夫!?」
ふらふらとユメが起き上がるのが見えた。シェフと谷口さんも、なんとか無事みたい。召使はまだ倒れているけど、爆発に巻き込まれたというよりも、そのまえの攻撃のダメージが残っているだけのようだ。
店の中央付近に、豊臣秀吉がうずくまっていた。顔をおさえている。爆発の衝撃が、ダイレクトにぶち当たったはず。
「く、くそ……そうか、もう一人、ナイトがいるんだったな……」
秀吉が、こちらを見ずに……いえ、見ることができずに、そう声をあげた。
入り口付近には、ファインダーが立っていた。彼のたいたフラッシュの光で救われたんだ。
「イ、イオ……なんてことしてくれたのよ! 普通、爆弾投げつける!? ヘタすれば、みんな死んでたんだよ!?」
いつも温厚なユメが、わたしのとった無謀な行動を責めたてる。胸が痛んだ。
でも咄嗟にやったことだけど、勝算はあった。秀吉は店の外に出たけど、遠くに逃げたわけじゃなかった。もし、秋葉原のように大きく爆発するものだったとしたら、もっと離れていたはずだ。とはいっても、まったく爆発しないものだったり、昨日のような花火だったら店内に残っていただろうから、それなりの爆発はあるだろうという読みだ。
でも、たしかにみんなを危険にさらしたことは事実……。
「ごめんなさい……」
わたしは、それしか言うことができなかった。
「怪我はない?」
それでもユメは、わたしの身も気づかってくれた。
「わたしは、大丈夫……」
「おい、きみ──」
倒れたままの召使を、谷口さんとシェフの二人がかりで、起き上がらせていた。
「でも……里崎さんが、どうして爆弾を!? 秋葉原の爆破って、キリンタワーのことよね? 里崎さん、テロリストだったの!? むかしから知ってるけど……」
そういえば、ADのときに会ったことがあるって言ってたな。
それが本当だとすれば、そのころから今回のようなことを想定して、わたしの近くにいたということになる。
ちがうか、それはいくらなんでも飛躍しすぎてる。そもそも、わたしは早々に芸能界を引退してるんだ。わたしが目的なら、もっとべつのところに潜入しているはずよ。
わたしの近く……。
自分で想像して、ドキリとした。
やっぱり、会社にも……!?
「イオ? どうしたの!?」
「う、ううん、なんでもない。とにかく警察に連絡して。悪いけど、わたしは行くわ。まだやることが残ってるの」
豊臣秀吉は、谷口さんとシェフによって、ヒモで手足を縛られていた。いくらなんでも、こうなったら抵抗はできないでしょう。
召使の怪我も大したことはないようだ。
まだ脇腹をおさえてるけど、動くことはできるみたい。彼には気の毒だけど、いま抜けられるのは困る。わたしが頼れるのは、彼らだけなんだから。
「ねえ、豊臣秀吉さん。答えをまだ聞いてないわ」
「な、なんのだ……」
「昨日の爆弾。花火のほうの」
「28」
苦しげに、秀吉は答えた。
「そんなヒント、あったっけ?」
「駐車場……白のチョークで、丸がついてただろう」
なるほど。昨日の二つには、ダイナマイトのような部分に、ビニールテープが巻かれていた。赤いほうと、白いほう。
一方、ファインダーが撮影した駐車場のナンバーには、27に赤い丸がついていた。つまりダミーのほう──赤いビニールテープで巻かれていたほうの解除コードが『27』。
写真では車が停まっていたために確認することはできなかったけど、白いビニールテープが巻かれていた花火爆弾のほうの解除コードが『28』というわけ。
とりあえず胸の気持ち悪さが、少しは解消された。
わたしと召使は、入り口に向かった。
「イオちゃん」
カメラの谷口さんに呼び止められた。
「いま撮った映像、流してもいいかい?」
「好きに使ってください」
やましいことはしていない。放送されて困ることは……なに一つ。
意地になっているのかもしれない。
「イオ……、なにをやろうとしているのかわからないけど、がんばって!」
ユメのその言葉が、とても勇気になった。
「危なくなったら、逃げるのよ」
「わかってる。ありがとう」
わたしは行こうとしたけど、みんなに言葉をつけたした。
「もし、警察との話が面倒なことになったら、『公安』の名前を出して。わたしの知り合いが、どうにかしてくれるわ。でも谷口さん、その場合、その人たちに映像は没収されちゃうから、気をつけて」
わたしは今度こそ、召使と、入り口で待っていたファイダーとともに、店を出ていった。