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◇10月15日午前8時59分◇
店内は、それほど広くはなく、あまり高級感はなかった。どうやらメニューに設定されている値段も高くはなさそうなので、庶民的なレストランのようだ。ユメがリポーターをつとめる程度の番組なんだから、そんなもんでしょう。
木製のテーブルとイスが、整然と並んでいる。入り口のすぐわきにレジが設けられていて、奥にある厨房は客席からも見えるようになっていた。
シェフと思われる四〇前後の男性とディレクターの里崎さんが打ち合わせをしていた。それが結構長くて、二〇分ぐらいは待たされたかなぁ。ようやく撮影がはじまるころには九時を過ぎていた。
わたしは、カメラに映らないよう注意しながら、店内を注視していた。
ユメの座るテーブルには、美味しそうな料理が運ばれてくる。トマトソース系のパスタ料理のようだった。香りを嗅いだだけで、食欲が高波のように押し寄せてきた。
その料理を横取りしたい衝動をどうにか抑えて、わたしは店内の観察を続けた。
シェフと、ふいに視線がぶつかった。
本格派のイタリア料理──と、いまカメラに向かってユメがしゃべっているけど、シェフは生粋の日本人だった。顔だちだけで判断するならば、だけど。
わたしは、得意の愛想笑いを浮かべた。
むこうも笑顔を返してくれた。
わたしは、すぐにそらすと、店内に不審なところがないか、捜索に瞳を集中させる。
すると──。
わたしの網膜が、あるものをとらえた。
一番、窓側の席。そのイスの上に、箱のようなものが置かれているのが見えた。
ちょうど、カットがかかった。
シェフがパスタ料理を片づけて、次のメニューを並べていた。ソテーされた鶏肉に、それらしい色をしたソースが散りばめられているものだ。リポートはいったん中断し、これからその料理だけの絵と、ナイフとフォークですくい取る手のアップ撮影をするはずだ。
普通、その役目はスタッフの仕事なんだけど、ユメが手の動きも演じていた。無性に、悲しくなった。こんなことまで。
カメラが止まっているほんの間隙をぬって、わたしはシェフに小声で話しかけた。
「あの……あそこに置いてある箱、なんですか?」
「箱? どこ? ああ、あれね。なんだろうね。知らないよ、あんなの? スタッフのじゃないのかな」
シェフは、首をかしげていた。
わたしは、イヤな予感が的中したな、と思った。
「どうしたの、イオ?」
わたしがカメラを横切って、箱の置いてある席に向かったから、ユメが心配したようだ。
「ちょっと、ストップしておいて」
わたしは、そう答えるだけにとどめた。
リポートを再開しようとしていたロケ一行は、わけがわからないというふうに、おたがいの顔を見合っていた。わたしはそれを無視して、箱を手に取った。大きさは、例のものと同じだった。なかを見た。なかも同じだった。
「それ、なに?」
ユメが座っていた席から立ち上がり、箱の中身を覗き込んでしまった。
「ちょ、ちょっと……そ、それ……」
タレントらしく、表情豊かだ。これなら、ワイプでも使えるよ。
「ば、ば……ばく……!」
「静かにして!」
わたしは、箱を近くのテーブルの上に置いた。
細かな構造も、過去二つの爆弾といっしょだった。だけど、これも偽物だとはかぎらない。
カメラさんが、爆弾を撮影しているようだった。ユメと里崎さんは、ただうろたえているばかり。シェフも動けず、固まっていた。
「ユメ、さっきの男が外で待ってるはずだから、呼んできて」
わたしは、そう指示を出した。
「え、え……」
だけどユメは、なにもできないでいる。
「わ、わかった」
里崎さんが、そう言ってくれた。しかし里崎さんは、店内を出ることはなかった。
「イオさん!」
むこうのほうから、やって来たから。さすがはわたしのストーカー。
「どう? 昨日のと同じでしょ?」
「そうですね。たぶん、おんなじ仕掛けだと思います」
「じゃあ、また数字を打ち込めばいいのね」
わたしは、思い浮かべた。今日のヒントで数字といえば……。
「60か……」
「そんな簡単にしますかね?」
召使の言うとおり、わたしも同感だ。
「ちょ、ちょっと……なんのこと!? これはなんなの、イオ!?」
「みんなは逃げて。いつ爆発するか、どれぐらいの威力があるかは、わからないけど……とにかく逃げて」
「こ、これ……本物なの!? 本物の爆弾なの!?」
「わからないわ。昨日は偽物だったけど、今日はどうかわからない」
わたしは、正直に伝えた。
「最悪の場合……秋葉原のビルみたいになる」
「そ、そ、そ、そ、そんな……」
「ねえ、逃げるまえに、ユメの好きな数字は、なに?」
夜の鳥は、夜見ない──それが『ユメ』のことをあらわしているのなら、数字もユメに関わるものの可能性が高い。
「数字!? べつにないわよ、そんなの!」
「なにかあるでしょ? ラッキーナンバーにしてるやつとか。いつも数字つけてるじゃない、なんにでも」
「あれは、イメージを数字にしてるだけだって」
「とにかく、数字よ!」
「ラッキーナンバー……7とか?」
なんで、疑問形なのよ。わたしは、試しに打ち込もうかとも思ったけど、慎重をきすため、召使に問いかけた。
「昨日みたいに、失敗してもいいと思う?」
「賭ですね」
じゃあ、やめた。もっとそれらしい数字のほうがいい。そうでなければ、爆発したときに死んでも死に切れない。
では、なんだというのだろう?
昨日のダミーのほうの正解は、27。課長のところに置かれていた花火のほうの正解は、結局わからないままだ。
二桁かなぁ……。
「ユメ、体重は?」
「え!? なにヘンなこと訊いてるのよ!?」
ユメは、素っ頓狂な声を発した。
「いいから、何キロ!?」
「四六」
わたしの迫力に押されたからか、ユメは答えた。
「嘘じゃないでしょうね!?」
「う、嘘じゃないもん……」
涙目でそう訴えかけられたら、信じるしかないでしょう。
「みんなは、出て!」
「いえ……おれは、残りますよ。こんなスクープを逃すなんて考えられません」
それまで無口だったカメラさんが言った。はじめて声を聞いた。
「谷口……そういえば、おまえ、報道が第一志望だったな」
「ええ、里崎さん。だから死んでもいいですよ、これをおさめられるんだったら」
「わかった。悪いが、おれは逃げるぞ……結婚したばかりだからな」
谷口というカメラマンは、うなずいた。
なかなか男気のある会話。少し感動した。
「ね、ねえ……警察に通報したほうがいいんじゃない!?」
ユメが、昨日のわたしと同じ発言をしている。
「したほうがいいわね。でも、いつ爆発するかわからないから、わたしは止めるわ。たぶん、これはわたしが止めるように仕組まれてるのよ」
「ど、どういうこと!?」
そんなこと訊かれたって、わたしにもよくわからない。どうしてそんなことを言ったのか、考えたのか……。
それと同時に、あの懸念を思い出した。
だれも信じてはいけない──。
このなかに、犯人がいるのかもしれない。
ディレクターの里崎さん。カメラの谷口さん。シェフ。そしてユメすらも、疑ってかからなければ……。一番、ありえないはずのユメが、実は一番警戒しなければならないのかもしれない。わたしのことをよく知っているのは、彼女なのだから。
「これから数字を打ち込むから、ユメたちは避難して」
「わ、わかったわ……気をつけてね!」
ユメと里崎さんとシェフは、店を出ていった。
残ったわたしは、召使に視線を合わせた。
「ボクが、やりましょうか?」
「いいわ。あなたも外へ……」
言おうとして、やめた。彼が、わたしのそばを離れることはないだろう。谷口さんは無言で、そんなわたしたちと爆弾の撮影を続けている。
「とにかく、ヒントらしいヒントはないんだから、ユメの体重で賭けてみるわ」
わたしは、46と入力した。
「どうですか!?」
「止まってない」
ゴクン、と唾を飲み込む音が聞こえた。谷口さんのようだ。
でも、これで昨日のように失敗してもいいことがわかった。わたしは、立て続けに60を押した。それでもダメ。年齢の24。誕生日……は?
「ねえ、ユメの誕生日を聞いてきて」
召使は、すぐに向かった。三〇秒ほどで戻ってきた。
「わたしの誕生日ぐらい覚えててよ──と言ってました」
「いいから、何月何日!?」
「3月12日だそうです」
記憶をさぐってみたけど、それでもまったく思い出せなかった。自力では、絶対にわからなかったな。
12をまず押した。ダメだったから、三桁だけど、312を試した。それでも止まらない。
「ムリだわ、こりゃ……」
わたしは、サジを投げた。
「わたしたちも逃げましょう」
カメラの谷口さんに向かって、そう言った。それはつまり、カメラの正面に顔を向けたことになる。
わたし自身の顔が、レンズに反射していた。
こうしてカメラの前に立ったのが、一〇年ぶりぐらいに感じた。
「わたし……だ」
ひらめくものがあった。
47。
ユメが、わたしをイメージした数字。
素早く押した。
「正解……」
時限タイマーの表示が消えていた。




