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第一話:わたし、たぶん、王妃

 はあと溜息をついて、私は空を見上げる。

 彼方の稜線には薄っすらと雪が積り、その先には透明な青が遠く続く。


 多分、絶景。

 まあそう呼んでいいだろう。


 北の地に立つ城の最上階。

 バルコニーって言うんだっけ? あの、広くて、立派な。こういう感じの。


 私は語彙の足らないのが腹ただしく、自分の足元を見る。

 お姫様みたいなガラスの靴に、少しだけ顔が写って光る。ほら、時計の鐘の音と一緒に、魔法が解けて消えちゃう、アレ。


 履きづらいんだよな、これ。

 だけれど私は、感慨よりもそんな事を思って立ち上がる。うーん、市場の安っぽいシューズのほうが全然楽なんだけどな。


 そうして私の足音に気づいたのか、一斉に鳩の群れが羽ばたいていく。

 凄いなあ、映画のワンシーンみたいだ。


 今でも確かに、これは夢なんじゃないかと思う時がある。

 長い長い明晰夢。或いは今際の際の白昼夢。本当の私は、どこかの病院のベッドで眠りこけているのかも知れない。


 風になびく白いドレス。ちょっとだけきついけど、コルセット。

 あと何の意味があるかわからないけど、グローブ。ティアラ。ごちゃごちゃ。


 でもまあやっぱり夢じゃないんだよなあ、っていうのは、鳩に続いて現れる数多の影に確信に変わる。




 ――バサッ、バサバサッ。

 飛竜、翼竜、魔神。人間界ではそんな風に呼ばれる、いわゆる化物、モンスター。それもとびきり上級で、強くて怖いヤツ。


 そいつらが、あからさまに危ない外貌をこれ見よがしに、私の眼前にやってきて、(こうべ)を垂れる。


「女王様、おはようございます。ご機嫌麗しゅう」

 やや反響(リバーブ)はあるが、流暢な語り口。これは隆々の筋肉を持つ、魔神の言葉だった。


「おはようございます。良い天気ですね」

 私も私で、慣れた口調でそう返す。毎朝の、毎朝の、これがどうやら、決まりごと。


「私共は、これより周囲の哨戒に出て参ります。魔王様には是非そうお伝えを」

 恭しく一礼した一団は、私の頷きを同意とすると、そのまま踵を返し空に飛んでいく。


「はあ」

 とりあえず朝のお勤めが終わったのだと、私もまた踵を返し、自らの部屋に向かって歩く。




 ――パタム。

 バルコニーから続く両開きのドアと、次にカーテンを一斉に閉める。だってそうじゃない? あんな羽の生えている連中に、部屋の中を覗かれでもしたら嫌だもの。


 そうして私は、邪魔なティアラとグローブをテーブルに置いて、ごろりとベッドに横になるのだ。


 高く遠い天井。細かい文様が際限なく続き、言うまでもなく高価な設えである事は誰にだって分かる。


 それに何より、部屋自体がとんでもなく広い。

 キングサイズのベッドが、余裕で三十は入るだろうホールの如き間取りに、ドレッサーから何からが置いてある。


 もちろん部屋はそれだけでは無い。

 この他にキッチンやバスルーム、トイレからサウナに至るまでが個別に用意されているのだ。


 その気になれば午前中は岩盤浴、軽めのランチを摂ってお昼寝、午後からちょっとお出かけなんて極めつけに女子力が高い事だって出来ちゃう。


 もっとも気楽に出ていける場所では無い事は、私自身重々に承知はしているのだが。


「はあ」


 やがて横になるのも疲れた私は、本日三度目の溜息を吐き、起き上がってドレッサーに向かう。


 そして卓上に伏せた写真立てをひょいと立てて、その中に映る美少年に、とびきりの微笑みを向けるのだ。


「おはよう、ノーチェ」


 紫色の巻き毛に、愛らしい顔。もちろん写真の中の彼は一言も返してくれないけれど、人の居ないこの空間にあって、彼だけが唯一の、それもイケメンの異性だ。


 こっちに来る時、こっそり彼の写真を忍ばせて正解だったと、私は心から思う。


 ――ブレイド・オブ・エインへリア。

 古今東西の武具をモチーフに擬人化したその作品は、当時人間界ではそれなりに流行っていて、目の前のノーチェはそのうちの一人だった。


 もう半年は前になるかなあ。

 なんだか凄く凄く遠い日の様な気もする。


 ともかくノーチェの笑顔に元気を貰った私は、鏡に向き直ると表情筋の体操をして、今日も一日頑張れる様に準備を始める。


 ノーチェを好きな私が、デブでブスなおばさんになったら失礼だもんねと言い聞かせて、凡人なりに精一杯の努力をして見せるのだ。




 そもそも私自身、自分でも自覚はあるが、こんなお姫様めいた格好をして良い風体では無い。


 ブロンズはブロンズの、それも長髪だが、トリートメントを怠ればすぐごわごわになるし、マスカラと付け睫毛で誤魔化さなかったら、目は切れ長の一重だ。


 だけれどブスがブスですって落ち込んでても、誰も助けてくれない。

 美人と身体が入れ替わる訳でも無いし、唐突に王子様に好かれる訳でもない。それこそアニメか漫画の世界だ。


 だからとりあえず、最低限世間様に不評を被らない様、こうして化けて日々を凌いでいるのだ。まあ、化物連中がどういう意識を持っているかはさておいて、だ。


 要するに人間界での癖がそのまま抜けずに残っている訳なんだけど、不思議とそうしないと気が弛む自分がいる。




「オッケー。ソル。今日も頑張れ」

 二十も後半になった頃から定例となった、寂しい悲しい一人エール。やがて戦闘態勢に変わった自分の顔に笑顔を向け、私は今日も一日頑張ろうと席を立った。もちろん、ノーチェの写真はまた伏せて。


 ――コンコン。

 ちょうど頃合いを見計らった様にノックがなるから、私はそんな時間だなと時計を見上げる。




「ソル、おはよう。入ってもいいかい」


 低い、人間風に言えば、おどろおどろしい声色。


「大丈夫よ。おはよう、あなた」


 高い、ある程度作った、私なりの声色。


 そうしてギイとドアが開いて、私の五倍はあろう体躯の、黒い外套に身を包む「彼」が姿を現す。


 竜骨のマスクを被る禍々しい顔。先刻の魔神をも上回る隆々の肉体。なにかこう、凄い効果を持っていそうなアクセサリの数々。


 そう、私の日常に何か他と違う事があるとすれば。

 私の旦那が、魔王だって事なのだ。

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