ココラ=グノーフィス国王
トールとラウルの辿り着いた場所――…地図に示されていた場所にあったのは
町外れにある古い洋館だった。窓ガラスは埃でくもり、壁にはつたが絡み付いて
いる。地図を指でとんとんと叩きながら トールは洋館の入り口に立った。
「着いたぞ。ここだ。……いや ここか?地図の通り進んではきたが
本当にこんなところに ココラ陛下がいるのか?」
洋館のあまりの見すぼらしさに 道を間違えたのではないかとトールは
地図を見直すが、ラウルはその横を通り 遠慮無く洋館のドアをノックした。
どんどん。
「おーい 誰かいねーのかー?だーれかー!いるんだろ?
おっさんから聞いたぜ。」
しかし、ラウルの呼びかけに応じてドアが開くことはなかった。
ますます不安がつのる。
「おい、ラウル。一度 来た道を戻ったほうが良さそうだ。
さっきから探ってはいるが…気配もまったく無い。行くぞ。」
「んー…あ、ちょっと待てトール。ドア開いてんぞ。
鍵かかってなかったみてーだぜ。」
諦めて戻りかけていたトールをラウルが引き止め、洋館のドアを引いた。
ドアはあっさりと開き 二人を招き入れる。
「随分 無用心だな。よし 入るぞ。
……っごほっ…。ぐ…想像はしていたが、かなり埃っぽいな…。」
洋館の中は ひどく荒れていた。穴の開いたソファー、割れたガラスの破片、
埃をかぶっているランプ、時の止まった柱時計。とても人がいるとは思えない
環境だった。ラウルも ごほごほと咳をしている。とりあえず探すぞ、という
トールの掛け声により、屋敷の中の探索を行う。しかし、やはりどの部屋を
見ても人の気配はなく、厚い埃しか見当たらない。まったくの無人であった。
「……っあー喉痛ぇ。こんなとこに本当にココラはいんのか?おっさんも
絶対に説明不足だよなー。場所だけじゃなくて こう、もっと具体的に…
って おわっと…!!」
柱時計を調べていたトールだったが どたん!と背後から聞こえてきた
大きな物音に ラウルの方に視線を向けた。何かにつまずいたのか、
ラウルが床で盛大に転んでいる。トールは呆れたように息を吐いた。
「何やってるんだラウル。あまりはしゃぐな。」
「はしゃいでなんかねーよ!!
痛ってー…。ここの床 おかしいぜ。出っ張ってるっつーか…。」
八つ当たりのように 床を手で叩くラウル。不注意だった自分のことは棚に
上げて 床を責める一方だ。その子供っぽい行動に 軽く首を振って探索を
再開しようとしたトールだったが、何かが頭の隅に引っかかった。
そしてある事に気づくと、早足で転んでいるラウルに近づく。
どうした?と問いかけるラウルに返事は返さず、ラウルが引っかかった床に
手を置いた。ここだけ埃が あまり積もっていない。
「下か…。」
かつん、と踵で床を強く踏む。部屋に響く音は他の場所とは微妙に違っていた。
二人は頷き合い、踵を鳴らしながら耳を澄ませ、音の反響から隠し扉の範囲に
当たりをつけた。そして探すこと数分。ついにラウルが隠し取っ手を見つけた。
取っ手を引いてみると その一部分の床が軋んだ音を立てながら外側に開く。
一応注意しながら中を覗き込んでみると 下へと続く階段があった。
「…なるほど。下にココラがいそうだな。」
トールは外した床を脇に置くと、器用に身を翻して階段を降りて行った。
ラウルもトールに続くようにして降りていく。底の見えない 長い階段だった。
「なーなー。階段見つけたのって 俺のお手柄だよな!」
「いや お前はただ転んだだけだろう。」
階段を下りながら 嬉しそうにラウルはこぶしを握るが、トールは短くそれを
あしらっただけであった。薄い灯りが先に見えてくる。階段の終わりは
ランプが置いてあるドアだった。目で合図をし トールがそっと引いて開ける。
すると突然 目の前が開けて 地下の広い部屋へと出た。
天井の高いその部屋は 壁が白く塗られていて、奥行きがあった。魔法が働いているのか、地下にもかかわらず部屋の中は明るい。そして一番奥の壁には、
木のドアがついている。きっとさらに奥に部屋があるのだろう。
ただ、不自然なことに 誰も、いなかった。
「妙だな・・・。」
部屋に踏み入ると 色々なものが目につく。飲みかけのコーヒーの入った
マグカップに、書きかけの羊皮紙やペンナイフ。倒れたイスに、机いっぱいに
広げられているカルティストの地図や こぼれたインクなど。見るからに
先程まで人がたくさんいたような様子である。床に大量に散らばっていた紙を
一枚拾い、トールが読み上げた。
「『革命軍は仮面の魔術師なる者に先導されて 我が国を攻め落とそうと
している。ウォルデラに助けを求めるのは急務だ』…と書いてあるな。
隠れ家で間違い無さそうだが。」
「誰もいねーのは変じゃねーか?
つっても さっきまで人がいたような気配するけどさ。」
ふとラウルは部屋の隅に集められていた、折りたたみ式の机や椅子が
積み上げられている場所に目を引かれた。何かがある。近づいてよく見てみると
血が、少量であるが そこに付いていた。
そしてその血は―――まだ乾いていなかった。
「トール、」
ラウルは弓に糸をかけると 奥のドアに視線を向ける。
「剣、抜いておいたほうが いいぜ。」
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薄暗い小道を一人で進んでいるノノルは 小さな音にも敏感に反応してしまう
ほど、神経を研ぎ澄ましていた。ルエティの実は しっかり両腕で抱え込んで
いる。
「ま、まだ着かないのかな…。」
ルエティの実から出る、細々とした光だけを頼りにノノルは歩いているのだ。
当然、不安にもなる。ベルトに差した短剣を いつでも抜けるよう何度も手を
当てて確認をしていた。
「あれ…?どこだろう、ここ。」
突如 歩いていた小道がひらけ、古い洋館の正面にノノルは出た。
周りは真っ暗で、風に吹かれる木々のざわめきしか聞こえない。
洋館に明かりは灯っていなかった。ルエティの実の光だけが、真っ直ぐ
洋館の入り口の半開きになっているドアを 指し示している。
「行かないと いけないよ、ね。」
小刻みに震える足を押さえ、ノノルは正面の洋館に顔を向けた。半開きの
ドアが、手招くように風で揺れている。月の光が、ノノルの影を地面に
長く映し出していた。
「よし、」
深呼吸をして 足の震えを和らげる。短剣も、あらかじめ右手に握っておいた。
「行くぞっ!」
勇気を振り絞るように掛け声をかけると、ノノルは洋館向けて走り出した。
途中 勢いがつき過ぎたので、転んだ。
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トールとラウルの二人は、奥にあるドアの両側に立っていた。
息を殺し気配も完全に絶っている。トールは剣を抜いて構え、ラウルも弓に
矢を乗せて、いつでも放てるよう準備していた。
(開けるぞ。)
トールが ドアノブを握り、ラウルに目配せした。
(いいぜ。)
こくん、と頷くラウル。それを合図にして トールが一気にドアを引いた。
剣を前に出し、姿勢を低くする。
しかし、攻撃はなかった。
後ろで 弓を構えていたラウルが、ありっ?と 驚いたような声を出す。
「ココラじゃねーか!無事だったんだな!」
小部屋の中には椅子が一つと 一人の人間がいるだけだった。
木でできた椅子に腰掛け、両手を膝の上に置き、目を閉じている少年。
くるくるとした金色の柔らかそうな髪の毛に 陶器のような白い肌が
印象的な カルティストの王、ココラ=グノーフィスがいた。
他には、誰もいない。
「よかったぜー。誰もいねーからよ、心配したんだぞ。
何でお前しかいないんだ?ココラ。」
ラウルが 眠っているようなココラに近付き、弓を下ろして話しかける。
それに反応して、ココラの目が、ゆっくりと開いた。
―――翡翠色の瞳。
その瞳には、光がなかった。
「ラウルっ!離れろ!」
異変に気付いたトールが、腕を伸ばしてラウルを引き寄せようとしたが
すでに遅かった。
ココラが 目の前にいたラウルに向かって、魔法を放っていたのだ。
「つっ!」
正面から まともに魔法を受けたラウルは、小部屋から吹き飛ばされて
隅にあった机や椅子の積まれている所に 背中から突っ込んだ。
がらがら、と椅子が ラウルに向かって崩れ落ちる。
「ラウル!」
トールが小部屋から出て 崩れた椅子の山に向かって呼びかけるが、
ラウルは出てこなかった。木の椅子から立ち上がったココラは無表情に
その様子を眺めている。
「ココラ陛下!突然 何をするのですか。」
苦い表情で トールがココラを振り返るが返事はない。ぼーっと立ったまま、
ココラは次にトールを指差した。その指先に 光が浮かぶ。
魔法だ。
「くそっ!」
右に飛ぶことで ココラの魔法をかわしたトールだったが、短い舌打ちをする。
今は 何を話しかけても無駄なようだ。
それに、ココラはこんな高度な攻撃魔法を使えなかったはずである。
(あやつられているのか…。)
ひとまず距離をおいて トールはココラが動くのを待つことにした。
剣を振るって ココラに勝つことは簡単だが、それでは怪我を負わせてしまう。
向かい合うようにして 対峙していた二人だったが、動かなかったココラの
腕が 急にすっと上がった。その指先は トールではなく、崩れた椅子の山に
向けられている。…未だ出てこない、ラウルのいる場所に。
「止めろっ!」
魔法陣が浮かび上がる。ココラの巻き髪が、ふわりと宙に浮いた。
―――このままでは 魔法の阻止は間に合わないだろう。
駆け出しながら、そう思った。