パワフル・ガール
遺跡の最下層部には 一つの部屋があった。
真っ白い、神殿のような造りの部屋。
中央には 円形状の階段があり、
一番上には様々な模様が彫り込まれた 台座があった。
「見つけた…ようやく見つけたんだ。」
仮面の魔術師が 台座の前に立っている。
かぶっている仮面は 笑みを浮かべてはいるが、
発したその声音は 深い悲しみに満ちていた。
仮面の下では一体 どんな表情をしているのだろうか。
「姫が俺のことを忘れていても
俺は姫のことを覚えている。
俺が死ねば 姫も死ぬ。
姫が死ねば 俺も死ぬ。
この契約は 決して消えない…
だから…戻って来て下さいよ…!」
白い台座に手を乗せ 懇願するように呟く仮面の魔術師。
その悲痛な叫びに答えるものは誰もいない。彼の影には どす黒い渦が広がっていた。
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その頃 ノノルはひたすら走っていた。
後ろを絶対に振り向かないようにしながら、
ただ前だけを見据えて 全力で駆けていた。
「何もいないっ……後ろには何も…っ!」
まるで自己に言い聞かせるかのように、懸命に呟き続ける。
しかし努力もむなしく、ノノルの後ろからは 地獄の底から
響いてくるような 恐ろしい嘆き声が聞こえていた。
ゾンビだ。
ルエティの実が指し示す 細い光の方向へ進んでいたノノルだったが、
いくつかの曲がり角を曲がっていたら突然、ゾンビが現れたのだ。
それからは 光の差す道を無視して、追ってくるゾンビからひたすら逃げている。
一体一体の歩みは遅いものの、迷路のような遺跡の中にゾンビはたくさん潜んでおり、
振り切った、と思った矢先に別のゾンビたちとばったりと出くわしてしまうのだ。
走る内に息は乱れ、徐々に逃げ足も遅く鈍くなっていく。
「つっ!」
ゾンビの唸り声を避け右に曲がったノノル。が、その走っていた足が止まる。
行き止まりだった。薄茶色の土で出来た壁が ノノルの行く手を阻むかのように
ずっしりと立っている。
「他の道…。」
急いで戻ろうするノノル。しかし すでにゾンビたちは道を塞いでしまっていて、
万事休すだった。壁に背中をぴったり、とつけているノノルへとじわじわ迫ってくる。
虚ろな眼窪がノノルを見据え、命を毟り取ろうとするかのように ゾンビたちは
腐敗した両手を前に突き出した。
(怖い!)
あまりの恐怖に ぎゅっ、と固く目を閉じる。
瞳にはうっすらと涙が浮かんだ。
身を縮こまらせてその場にしゃがみ込む。
逃げる途中で魔法を使ってみたのだが、風の魔法は
ゾンビの体をすり抜けていくだけで まったく効果が無かった。
しかも 魔法を使うとなんだか体が重くなり、目眩に襲われ始めたので
控えることにしたのだ。打つ手は無い。
ゾンビは ノノルまであと数歩、といったところで急に向きを変えた。
「ちょっとあなたたち…わたくしの陛下のことを
泣かせてるんじゃありませんでしょうねっ!」
そんな怒りをあらわにした声が、後ろから聞こえたからだ。
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「やはりゾンビか…。」
階段を降りたトールたちだったが 地下の部屋にも
たくさんのゾンビがいて、足止めをくっていた。
剣を抜こうとしたトールの手を 横からラインが すっ、と押さえる。
「何を…。」
「こんな時のために 僕がいるんですよ、トール。
僕の専門魔術は光魔法。彼らにとっては脅威です。」
ふわりとラインが微笑み、そしてゾンビに向かって一歩前へ出る。
眼鏡をかけ直すと、手に持っていた魔導書を開いた。
『光の精霊 契約の主よ 悪しき者を滅せよ』
ラインの立っているところから 白い魔方陣が現れる。
その光は トールとラウルも包み込んだ。
ゾンビたちは どうやら魔方陣の中に入れないようで、
ラインから距離を置いて ただ周りを取り囲むだけである。
「すげーな…相変わらず。」
弓に糸をかけていたラウルは 苦笑しながら糸を外した。
ラインが再び魔導書を開いて呪文を唱えたことで、
ゾンビたちが次々と 地面から出現する光の槍に貫かれ
ただの砂へと変わっていくのだ。
「闇の生き物には こういった光魔法が
一番よく効くからな。あいつがいて助かる」
「俺たち 出番ねーなぁ。」
小さくぼやくラウル。
「仮面の魔術師と戦うまで 力は温存しておけ。」
トールは剣をしまうと腕を組んでそう返した。
周りにいたゾンビは全て ラインの魔法で砂へと変えられていた。
全てのゾンビを砂へと帰すと 魔導書をぱたん、と閉じ
ラインが後ろを振り返る。
「終わりました。ここから先、僕一人だけではつらいので
トールとラウルも 助けて下さいよ。」
「そー言われてもなぁ。俺たちの攻撃じゃ、
あいつらすぐ復活しちまうんだぜ。意味なくねーか?」
ラウルが肩をすくめてみせた。トールも隣で頷いている。
「大丈夫ですよ。少し、剣と弓を貸してくれますか。」
言われた通り ラウルとトールは弓と剣を前に出した。
それに指を当て、呪文を唱えるライン。
弓と剣が ぼうっ、と輝いた。白く淡い光だ。
光がおさまると しまっていいですよ、とラインが言った。
「何かしたのか?」
「魔法をかけました。これで闇の生き物にも
攻撃が通用するようになりますよ。」
「ほう…。光魔法を宿したということか。」
見た目に変りは無い剣をしげしげと眺めるトール。
ラインはにっこりと微笑んだ。
「ええ。でも効果は長く持続するわけではありませんので
その都度かけ直しますね。さあ、行きましょう。」
ラインの魔法のおかげでトールとラウルもゾンビを
倒せるようになっていた。次の階でもゾンビは現れたが、
魔法の効果はばっちり発揮され 倒したゾンビは砂となり消えていく。
3人は順調に下へ下へと進んでいった。
「まだ下に行くみたいだな…。」
トールが階段を降りながら 広がる闇に目を凝らした。
先が見にくかったので ラインが魔導書を開いて、呪文を唱える。
ぽっ、という音がして 小さな火の球が三つ現れた。熱さは無い。
火の球は追いかけっこをするように、ぐるぐるとラインの周りを回り始めた。
そのおかげで 闇が少しだけ晴れる。
「あ、おい あれ何だ?」
「どれだ?」
トールの後ろを歩いていたラウルが 突然立ち止まって前を指差した。
暗く続く廊下の先だ。トールとラインが その指し示された
方向を見るのだが、闇しか見えない。
「ほらあの…あ、暗くて見えねーのか?
じゃ もっと進めば見えるはずだぜ。でっけー扉があるんだ。」
ラウルは 百発百中の弓使い、というだけあって
動体視力はもちろんのこと 夜目も利き、視力がとてもいい。
案の定ラウルの言った通り、廊下の奥には石造りの扉があった。
ラインがそれに 手を当ててみる。
「随分、古いものですね。素直に開いてくれるといいんですが。」
「押してみるか。」
トールとラウルが 扉に両手を当てて、力いっぱい押してみた。
しかし、びくともしない。
「っつはー!重てぇーな…。まったく動かねーぜ。」
「む…困ったな。」
座り込んでしまったラウルと、眉を寄せ扉を見上げるトール。
ラインは眼鏡を押し上げ、扉を隅々まで調べていた。
左から右、魔法を使って宙へ浮き 上から下など。
「この扉の先から 音が聞こえますね。」
ラインが扉に手を当てたまま 静かに言う。
その言葉に急いでラウルは立ち上がると 扉に耳を寄せた。
ごー、っという水が流れているかのような音の中に
金属のぶつかる 硬質な音が混じっていた。ラインの言うとおりだ。
「誰かいるのかもしれねーな。
ノノルか…仮面の魔術師かもしんねーな。」
「しかし、扉が開かなくてはどうしようもないぞ。」
じっ、と扉を見つめて 考えていたラインが
何事かひらめいたように 手を打った。
二人を呼んで 扉から離れさせる。
「どうかしたのか ライン?」
「分かりましたよ。仕掛け。扉は 押してはダメだったんです。」
白い魔方陣が浮かぶ。ラインは空中で何かを掴むように
手を握ると、自分の方に招くようにして 引いた。
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ノノルにも届いた 気の強い声の主は、狙いを変更して
自分に向かってきたゾンビたちを、次々と倒していった。
―――素手で。
「とうっ!」
迫り来るゾンビの群れの動きを一瞬で把握し、手近なゾンビから
目にもとまらぬ速さで壁に投げ飛ばしていく。一体のゾンビが砂へと変わり
地面に落ちるまでの間にも、すでに三体ほどのゾンビを同じように屠り去る早業。
「はああっ!」
どさっ、と 最後のゾンビが地面に叩きつけられた。
人影が現れて砂の山ができるまでこの間わずか三十秒ほど。
倒されたゾンビは為す術無くサラサラと砂へと変わっていった。
大きく目を見開いて座り込んでいるノノルの目の前で、
指先が出るようになっている黒いグローブについた砂を
パンパンと払うと、人影は優雅に微笑んだ。
「探しましてよ、陛下。お怪我はございませんか?」
緋色の髪を高いところで一つに結い上げ、
大きな黄金色の瞳に長いまつげを携える可憐な少女。
彼女のことを ノノルはよく知っていた。
「うん、平気。助けてくれてありがとう、ロッド。」
花が咲くように笑ったノノルに、ロッドと呼ばれた少女は駆け寄っていく。
そしてハンカチを取り出し、失礼しますわ、と ノノルの頬についている
汚れを優しく拭き取った。
さきほどのゾンビを倒す姿を見ていなければ、所作や言葉遣い、容姿からも
一見すると深窓の令嬢のように見える少女。
しかしながらその正体は 各国が恐れる高貴な護衛。
『金鷲の豪傑』――武術の達人、ロッド=クウォーター卿であった。
外見は小柄な少女だが 彼女に武術で勝てるものは、近国にいないだろう。
各国で開催される武術大会に出ては名を轟かせ、戦場においても己の肉体と
拳一つで魔法も剣もを圧倒するその力に 挑戦者は後を絶たない。
「それで、陛下。…あの男たちはどこですの?」
再会の喜びをノノルと分かち合っていた ロッドだったが、
表情を一変させると 周りを鋭い視線で見回し始めた。
「えっと トールたちのこと?」
「そうですわ!まったく アイツらは…。陛下を放り出していった挙句
守ることも出来ず、泣かせるなんて。絶対に許せませんわ!」
整った眉を釣り上げ、がつん!と 手近にあった石柱を殴るロッド。
石柱はいとも簡単に折れ曲がり、がらがらと音を上げて崩れ落ちる。
「…会ったら一発 殴って差し上げますわ。」
ノノルがびくりと震えるのも目に入らない様子で、
ロッドはぎらぎらと目を輝かせると不敵に笑った。
トールたちが さっきの石の柱のようになるかもしれない、と
危機を察したノノルは ロッドをなだめる様に言う。
「な、殴るのはダメだよ!
私がここに来たのはトールたちのせいじゃないから…。」
闇に、飲まれたから。
深く 暗く 悲しい
ジンハートの 闇に。
(ジンハートさん…。)
そう。辿ればノノルをここまで連れてきたのは、ジンハートの闇だった。
闇に飲まれる寸前に見えた、深い悲しみに覆われたジンハートの顔を思い出す。
彼は今どこで、どうしているのだろうか。
ノノルの元気が萎んでしまったので ロッドは息を吐くと、明るく言った。
「冗談ですわよ。陛下の嫌がることは絶対にしませんわ。
誓ったはずです。さ、陛下 こんな物騒なところからは早く退散しましょう。
わたくしが責任を持って外まで案内しますわ。」
安全な場所へと案内するため ノノルの手をしっかりと掴むロッド。
その時だった。
「外へは出れませんヨ。」
くるっ、と一回転しながら 地面からチシャが現れたのは。