博学多才の光魔術師
仮面の魔術師から 上手く逃げれたかな、と
ノノルが後ろを向いて 確認したときだった。
「う、わっ!!」
地面に突然 穴が開き、そこに足を滑らせて落ちたのは。
浮遊感がノノルを包み込み 風が勢いよく下から吹き上がってくる。
(このままだと ぶつかる!)
反射的にノノルは 魔法を使っていた。
すると吹き上がっていた風が 急に緩やかになり、浮遊感も失せ始める。
そのおかげで 地面には怪我をせず着地することが出来た。
「ふう…。」
安心したように息を吐いたノノルだったが、
何気なく下げた視線の先にあったものを見て凍りついた。
人の骨…頭蓋骨と目が合ったのだ。
その虚ろな瞳にとらえられ、固まって動けないノノル。
「ほ、本物ですか…?」
思わずそう骸骨に尋ねてしまうノノルだが、
返事が返ってくる訳もなく 数秒の緊迫した空気が過ぎただけであった。
冷や汗がにじむ。
勇気ある王のノノルでも 幽霊やお化けといったものだけは、
昔からどうしてもダメだった。
このままずっと 骸骨と睨めっこするわけにはいかない。
ノノルは首を左右に振ると ポーチの中からルエティの実を取り出した。
オノモルドにもらった、光り輝く実だ。
「どこに行けばいいのか、案内して下さい。」
その実を口元に近づけ、ノノルがそっと囁く。
すると ルエティの実は一瞬だけ強く光り、
あとは細い光となって 奥に続く道を指し示した。
真っ暗な通路の入り口。
冷ややかな風が 足元からぞわぞわと這い上がってくる。
ノノルは小さく息を飲んだ。
「大丈夫 大丈夫…。落ち着こう。
みんなに会うため…怖くないから…。」
呪文のようにそう呟き、勇気を起こそうとする。
目をつぶり ドクドクとうるさいくらいに響く
自分の鼓動に耳を澄ませた。
大丈夫。
震えていた足が ようやく一歩を踏み出した。
「怖くない 怖くない…。」
左手に魔宝石、右手にルエティの実をしっかりと持ちながら。
ゆっくりと少しづつ、ノノルは自分の運命に向かって歩み始めたのだ。
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「着いた!」
森を抜けて第一声、ラウルが後ろを振り返ってそう言った。
「ここか…。」
見上げる先には 岩で造られた巨大な遺跡。
ガロンゾフ スクレット遺跡である。
辺りはしん、と静まっており 鳥の声が時折聞こえるだけである。
「さ。他の方たちがもう着いているか 調べますかネ。」
シルクハットに乗っかっていた葉っぱを指で弾きながら
チシャはステッキを地面に向かって軽くつく。
すると ステッキの先の地面が波を立て始め、
そこから生まれた闇が 水溜りのように広がっていった。
「うっわ!おい、チシャ 何やってんだよ!」
闇の怖さを知っているラウルが チシャから ずざっ、と後退りする。
しかしチシャとトールは平気な顔だ。
トールは 木の上まで避難し始めたラウルに 呆れたように息を吐き出す。
「周りに何かないか 調べているだけだ。
お前は見たことがないのか?木から降りろ。」
「ほ、ホントに降りて平気かよ…。」
「だーいじょうぶですヨ。もう終わりますから。」
ホラ、とチシャがステッキを地面から離すと
広がっていた闇は 急速に薄れて消えていった。
その様子に安堵したように ラウルが木から飛び降りてくる。
「いたか?」
「ワタシ達の周り 半径1Km以内に『人は』いませんでした。
…ただし 『人ではないもの』は たくさんいマス。
現在進行形でこちらに向かってきていました。
端的に言うと、ゾンビの大群ですね。接触まで 後2分くらいでしょう。」
何事もないようにそう言い切ったチシャを置いて、
トールとラウルは話半ばに遺跡に向かって駆け出していた。
何で置いていくのですかー、と後ろでチシャが叫んでいる。
お構いなしだ。振り向くこともせずに遺跡へ疾走する2人。
「ゾンビって あれだろ?倒しても倒しても
復活するやつら…闇の生き物じゃねーか!」
「呪われた洞窟の中などで見かけることは
あるが…まさか昼間から出てくるとはな。
時間を食うだけだ。遺跡の中に入ってしまおう。」
後ろから何かを2人に訴えかけているチシャを無視し、
脱兎のごとく 正面から遺跡に入ったラウルとトール。
が 入った途端 それまで駆けていた足を止め、急ブレーキをかけながら
トールは剣を、ラウルは弓に糸を張って構えた。
「はさみうちか…。」
遺跡の中は一直線の石造りで出来た廊下になっていた。
所々に大きな柱の残骸や、彫像のようなものが転がっている。
雑多な廊下の奥に、下へと降りる階段があったのだが、そこから
手を前に突き出し ボロボロの服をまとったゾンビたちが
唸り声を上げながら ぞろぞろとこちらに向かってきているのだ。
「ノノルが見たら泣くなー この光景。」
ラウルがゾンビに狙いをつけながら そう呟いた。
「なら、早々にここを突破し ノノルを助け出した方がいいようだな。
…行くぞ。」
「おう!」
二人は一度目を合わせて呼吸を合わせると、
先に進むため 目の前の敵に突っ込んでいった。
「こっちにもゾンビがいますネー。」
トールとラウルが戦いを繰り広げる中、
後から遺跡に入ってきたチシャが のんびりとそんなことを言った。
ラウルが振り返って怒る。
「いーからチシャも戦えよっ!
こいつら倒しても倒してもっ…。」
話していても 手は休めずに弓を射るラウル。
ゾンビたちはやはり不滅の亡者であった。
倒しても倒しても、すぐに地面から立ち上がって襲い掛かってくる。
「くっそ…このっ…!」
「ラウル、そこから下がって。」
しぶとく復活するゾンビに少し焦りを滲ませたラウルの耳に、
どこからか落ち着いた、チシャのものでもトールのものでもない声が届く。
へ?と、思わずラウルは動きを止めてしまい、ゾンビがその隙をついて
ラウルに飛び掛ってきた。
「なっ…。」
しかし、ゾンビたちは ラウルに触れる瞬間、
突然地面から現れた光の槍に貫かれ
砂のように さらさらと地面に崩れ落ちてしまった。
「危ないところでした。無事ですか?」
先ほど聞こえた声の主が、驚いているラウルに向かって優しく微笑む。
そこに立っていたのは、
「ライン!」
眼鏡をかけ、魔導書を片手に持った高貴なる護衛の一人。
『金鷲の叡智』――・・・光魔術の使い手でもある、
ライン=グレティッシュ卿であった。
ラインは しりもちをついているラウルに手を差し伸べて 助け起こす。
「お久しぶりです。僕のいない間に、なんだか大変なことになっていたようで。
ファムからはかいつまんでしか話を聞けてないんです。怪我、大丈夫ですか?」
「さんきゅ。助かった。怪我はねーぞ。…それより ライン!
ノノルのこと 見つけられたか?他の奴らもいるんだろ?」
期待を込めてラウルは聞くが ラインは無言で首を横に振った。
残念ですが、と前置きをする。
「今 ガロンゾフに着いたばかりなんです。ラウルたちも
まだ陛下を見つけていないんですね。困ったな。」
「俺達もついさっき遺跡に入ったところだからな。これからだ。
ライン、仮面の魔術師について何か知っていることはないか?
奴に関する情報なら何でもいい。」
腕を組み トールはラインに尋ねる。
何故か、ラインとトールの間には 不自然な距離があった。
「仮面の魔術師、ですか。えーっと…。
ガロンゾフに仕える 闇魔術の専門家ですね。数年前、ガロンゾフに
入国した者ながら その実力を買われて 今では王室付きの護衛も
兼ねているそうな。ただその他には 極秘扱いされているものがほとんどなので、
これ以上の有益な情報はありません。それと…あ、一応 男性です。」
考え込むように こめかみに人差し指を当てた後、
書物を読むかのように すらすらとよどみなく答えるライン。
トールは目を閉じて 黙って聞いていた。
「…分かった。つまり、闇魔術を使うという以外はほとんど正体不明と
いったところなんだな。奴は。攻撃の癖も 性格も 何故陛下を狙うのかも
分からない、と。」
「まとめると、そうなりますね。さすがトール。
僕の言い回しは 要点が分かりにくいですね。」
嫌味でも皮肉でもなく 心の底から感心して微笑むラインに
びくっと固まったトールは一歩後ろへと下がった。
そしてくるり、と向きを変え 独り言のように呟く。
「ダメだ…あいつの持っているあの雰囲気には
何年経っても 絶対に慣れない。無理だ。そもそも相性が…。」
「何ぶつぶつ言ってんだ トール?」
ラウルが怪訝そうに後ろから声をかける。
「いや、何でもない。気にするな。」
ごほん、と空咳をし トールはラインに向き直る。
こんなことをしている場合ではない。
ノノルの救出が最優先である。
ステッキを腕にかけたチシャが ラインの
持っている魔導書を貸してもらっていた。
「また契約が増えていますねー。これは…ほほー。
色を司る精霊ですか。素晴らしい!グレティッシュ卿は会うたびに
新しい契約を 結んでいらっしゃるような気がしマス。
あ、そうそう。陛下も魔法が使えるようになったんですよ。
カルティストの国宝のお陰ですが。」
チシャの言葉に ぴくりと動きを止めるライン。
そして、契約はしましたか?と 静かに聞く。
チシャは 首を傾げただけだった。
「契約がねーとヤバイのか?」
「魔法は 契約無しで使おうとすると、契約違反として
術者の体に負担がかかるんです。反動、ですね。使う魔法が強力なほど
返ってくるリスクは増していくんです。…チシャ、知っていたはずだろう。」
先ほどの柔和な雰囲気とはがらりと変わって 眼鏡の奥から冷たく
睨んでくるラインに、チシャはシルクハットを深くかぶった。
気まずい沈黙が流れる。
「そもそもワタシの使う闇魔術には契約が必要ないので…
そのことは知りませんでした。魔法を使う者として、
言い訳がましいですが…。代わりにワタシが一番に陛下を
見つけ出すと誓いましょう。…彼女を危険に晒した、その償いとして。
命を懸けてでも。」
初めて聞く チシャの重い口調に、ラウルが何か言おうとした。
しかしチシャはシルクハットのつばを持ったまま、小声で呪文を唱えると
足元に広がった 黒い魔方陣の中に吸い込まれていった。
「チシャ…。」
ラインが溜息をついて 目を伏せる。
「きつく 言い過ぎましたね。
どうも陛下のことになると、冷静になれなくて。」
「こんな状況だ。まずは落ち着くことだな。
チシャも まあ、平気だろう。遺跡の中で合流するかもしれん。」
通路の先にある 階段を見つめながら
トールが励ますように言った。ラインが頷く。
「そうですね。まずは進みましょう。他の高貴な護衛も
どこからか中に入っているはずです。」
「おし、行こうぜ。」
トールを先頭に ライン、ラウルと並んだ三人は、
奥にある階段を慎重に、そして出来るだけ早く降りていった。
暗い 暗い 闇が広がっている。