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小さな王の物語  作者:
第2章 白い仮面と闇魔術
13/16

記憶

闇に飲まれたノノルは 自分の体がゆっくりと

下に下に落ちていくのを感じていた。

重いまぶたを開くが 周りには 光も音も何も無かった。



ただ、完璧な闇が広がるだけ。



(なんだろう…ここ…。)



突然 襲ってきた奇妙な衝動に駆られ、ノノルは

ぎゅっ、と 服を掴んだ。ここにいると悲しい。

胸が苦しくなる。張り裂けそうになる。



この世界は闇が全てで、圧倒的で、悲しい。



「苦しいでしょう?」



闇の中で 声が聞こえた。

しっとりとした声で 冷たさを帯びている。



「ここは俺の 心の中の世界ですよ。」



下へと落ちていく感覚が消え、ノノルは座り込んだ。

目の前には 白い仮面をつけた人間が立っている。

いつの間に 現れたのだろうか。



「仮面の魔術師…。」



魔宝石ソルセリーピエトラをしっかりと握り締め、ノノルがそう呟く。

彼の周りの闇だけ 他とは違う雰囲気がした。



もっと、黒くて 深い。



「…名前も、分かりませんか。」


「えっ?」



食いしばる歯の隙間から漏れたような悔しそうな声。



「俺の、名ですよ。姫。

 あなたが付けてくれた 名前です。」



仮面の魔術師の口調は ノノルを昔から知っているかのようだった。

懐かしさと、切なさが交じったそんな口調。

仮面の魔術師は 一歩ずつ 確かめるようにしながら 

ノノルに近付いてくる。



「本当に 忘れてしまったんですか。」



ノノルの前に屈み、仮面の魔術師は 口を開いた。

彼の顔を覆い隠す、白い仮面のせいで表情は窺えないが、

声には痛みが混じっていた。しかし ノノルの記憶には覚えがない。



仮面の魔術師は、ただ 敵でしか無かった。



「私を…帰してください。」



ノノルは 手を胸の前で、祈るように合わせた。

すると 白い魔方陣が浮かび上がる。闇の中では

真っ白いその色が、眩しいくらいに輝いた。



ノノルの魔力に反応し、魔法石ソルセリーピエトラが発動。

風が巻き起こり、仮面の魔術師を拒絶するかのように吹き荒れる。



呼吸さえも苦しくなるほどの風から顔を守りながら 

仮面の魔術師は 呪文を素早く唱えた。



「つっ…!」



その瞬間 風が止み、ノノルは前へ倒れる。

仮面の魔術師は 倒れる寸前で魔法を使い、

ノノルを宙に留めた。



「勝てる訳、無いのに。」



すっと手を下げる。ノノルの瞳は閉じたままだ。

魔法によって気絶しているノノルを横たえると、

仮面の魔術師はしゃがみ込んでその顔を見つめた。



「分かっていても 俺を否定するんですね。」



伸ばした手を空中でぐっと握りしめ、ゆっくりと近づけていく。

が、仮面の魔術師がノノルに触れようとすると

まるでそこに壁があるかのように 手が弾かれてしまう。

バチン!と音がし 自身の手に強い痺れが走っても、

仮面の魔術師は手を伸ばすことをやめなかった。



何度も 何度も。



「何故だ。何故なんだ。どうして…っ。

 やっと出会えたのに。なのに…。」



俺は こんなにも あなたに会いたかったのに。

触れることすら 許されないなんて。



「あいつら、高貴な護衛ノーブルエスコートがいるから、か。」



仮面の魔術師が虚ろな声でつぶやいた。途端、闇が消え去り 

ノノルと仮面の魔術師は 石造りの古びた遺跡の前に姿を現す。

ガロンゾフにある スクレット遺跡だ。


仮面の魔術師は 魔法で丁寧にノノルを木陰に

横たえると 眠っているその表情を少し見つめ、



高貴な護衛ノーブルエスコートを 消してきますよ。

 姫の 記憶の障害になるやつらを。」



と、呟いた。


------------------------------



トール達は すぐさまカルティストへと引き返していた。

途中で現れた魔物も、一瞬で片付けて前に進む。



とにかく ノノルの身が心配だった。



「三人で来るんじゃなかったぜ…!」



右から急に襲ってきた魔物に 矢を放ちながら

ラウルが悔やむように言った。

普段は冷静なトールにも やはり焦りが見える。



「チシャ、ノノルからの呼びかけはないのか?」


「ずっと待ってはいるのですが…反応無しデス。」



唯一 ノノルの元へとすぐに駆けつけられるチシャは 

影を広げて自分が呼びかけられるのを待っていた。

ノノルが呼ばないと この魔法は発動しないのだ。




「ねぇ 姫のこと、返してほしい?」



突然 木の上から声が聞こえ、魔物を倒し終えた

三人が駆け出そうとするのを遮った。

すぐさま視線を上げると、仮面の魔術師が 

木に寄り掛かるようにして枝の上に立っている。

ラウルが叫んだ。



「てめーかっ…ノノルに何したんだ!」



今にも飛び掛りそうなラウルの肩を トールが押さえる。

しかし、自分も理性を抑えられるか心配だった。

そんな二人の様子を見ながらクスクスと笑う仮面の魔術師。



「殺した、と言ったら 君達は怒る?」


「なっ…!」



仮面の魔術師の 嘲笑うかのような態度に、

ラウルはトールの手を振り解いて 矢を抜いた。



「おいラウル!」



トールの制止も無視し、ラウルは矢を放つ。

仮面の魔術師は 軽々とそれをかわした。



「もし、お前がノノルを殺したってんなら、俺がお前を殺してやる。」



2本目の矢を構えながら ラウルが仮面の魔術師を見上げる。

獣のような、鋭い瞳で。



「陛下は、どこですか。」



影をおさめたチシャが 仮面の魔術師に尋ねる。

答えは 肩をすくめただけだった。



「さーあね。簡単に教えたらつまらない。

 俺はお前達に苦しんでもらいたいんだ。」



でもまあ、と一呼吸置き 仮面の魔術師は

木の上から地面へと飛び降りる。



「一つくらいなら いいかな。俺はガロンゾフのスクレット遺跡にいる。」


「ノノルはどこだよ!?」



着地する寸前 地面に黒い穴が開き、

仮面の魔術師はそこに飛び込んでいった。

じゃあね、と 手を振りながら。



「おい待て!くそっ…あいつ…!」



トールが近くにあった木を だん!と力強く殴り、

行き場のない怒りをぶつけた。思い出されるのは

仮面の魔術師の浮かべていた あの、勝ち誇ったような笑み。



「行くぞ。一刻も早くノノルを取り戻す。」


「ちょ…おい待てよ!トール!

 チシャがまだ 用事あるみたいなんだ。」



ラウルの声に 一人歩き出していたトールは

振り返ってチシャに目を向ける。

チシャは仮面の魔術師が消えた場所の地面に

手をついていて、何か調べているようだった。



「チシャ 早くしろ、と言って――。」


「陛下は生きています。」



地面についていた手を離しながらチシャがそう呟いた。

トールとラウルの表情が固まる。



「ほ、本当かよ!?ノノルは生きてるんだな?」



ラウルの反応に チシャはシルクハットを

深めにかぶり直し にやり、と口元を緩ませた。



「こんな事態なので 嘘はつきません。

 仮面の魔術師の術の痕跡を辿っていたのですが、

 陛下は気絶させられているだけです。魔法は陛下を傷つけることを

 目的として使われているようでは無いので 今のところは まあ、安心でしょう。

 …なのでサンコラル卿。焦らないで下さいネ。焦りは何も産みません。」



まだ、剣をしまっていなかったトールに向けて チシャが指を振る。

それに気付いたトールは 剣を鞘におさめると ふっ、と肩の力を抜いた。



「すまない。少し、取り乱した。」


「陛下のことですから。気持ちは分かりますヨ。」


「俺も、周りのこと見えなくなってたぜ。しっかりしねーとな。」



ぱしっ、と両頬を叩いて 息を吐く。

すると その時。

ラウルの眉間目がけて何か白い鳥のようなものが飛んできて、

避けるまもなく スコン!と激突した。

痛てっ、と声を出し ラウルが額を押さえる。



「っつー…何だ?敵か?」



辺りを見回し 弓を構えようとするラウル。

しかしトールが拾ったものは 羊皮紙で出来た

紙の鳥だった。三枚重ねてあり、何か書いてある。



一枚目の羊皮紙には、


『陛下に何かあったのね。

 もし陛下が帰って来なくなったりしたら

 …アタシ、あんた達のこと許さないから。』



流麗な字で そう書かれていた。

二枚目の羊皮紙には、



『ファムから連絡をもらいました。陛下も同行しているなんて…

 相変わらず僕達の陛下は じっとしていてはくれないようですね。

 僕も急いでそちらに向かうことにしますので、陛下のこと 頼みます。』



三枚目の羊皮紙には、



『僕も すぐにシュトラさんと駆けつけます!

 だからトールさん達も 頑張って下さい。

 陛下を、守って下さい。』



と、金鷲の紋章と共に書いてあった。

他の高貴な護衛ノーブルエスコートからの 手紙である。

そして 全ての手紙の文末には短く一言、



『――あなた達を 信じています。』



との 文字があった。




「…行くぞ。あいつらが来るまでに

 ノノルを仮面の魔術師から、取り戻す。」



読み終わったトールは 手紙を畳むと、

それを服の内側に入れた。負けられない。




「必ず助け出します。」



白い手袋を きゅっ、とはめ直すチシャ。



「戦争になるかもしれんな。」



どこか楽しそうに 微笑むトール。



「戦争になったとしても、ぜってー負けねー!

 俺達 高貴な護衛ノーブルエスコートを、甘く見るなよっ!」



最後に 大きく弓を天へと突き上げるラウル。

向かう場所は、ガロンゾフの端 スクレット遺跡。



------------------------------



(眩しい…。)



木に寄り掛かるようにして寝ていた ノノルは

閉じていたまぶた越しに伝わってくる 太陽の光で

目を覚ました。数回まばたきし、木に手をついて立ち上がる。

その際 頭が、ぐらぐらと鈍く痛んだ。



「ここは、どこだろう。」



軽く頭を押さえながら 辺りを見回すノノル。

人はいない。目の前には石で囲まれた遺跡がある。



どうして一人で 寝ていたのだろう。

みんなはどこに行ったのだろう。



混乱している記憶を整理するために うーん、と考え込んだ

ノノルは 何故こんな状況になっているのか やっと思い出した。



「逃げなきゃ!」



ノノルは弾ける様にそう言うと、とりあえず道が続いている方向に走り出した。



「あっ。」



しかし 道を少し進んだだけで止まり、最初に寝ていた場所に

落としていた 魔宝石ソルセリーピエトラを掴みに戻る。

唯一、自分の身を守るためのものを 忘れてしまっては話にならない。



「えーっと、どっちに行こう。」



道を進んで行くと分かれ道に出たので、うろうろと右か左かを

悩んでいたノノルだったが 背後の茂みで何かが動く音を聞いて身をすくめた。



「あれ、姫。起きたんだ。でも 逃げるつもりでしたか?」



ぞわり、とした寒気を まとわせながら、

茂みから仮面の魔術師が現れる。



「見つかった…。」



ノノルは すぐさま半歩後ろに退くと、一度

仮面の魔術師を睨み 向きを変えて逃げ出した。



正面から戦って 敵う相手ではないことはもう分かっている。

なら、逃げるのみ。



仮面の魔術師は 小さくなっていくノノルの背中を 

目で追うだけであった。捕まえようとする素振りはない。



「まあ どうせ姫は勝手に進んでくれるから、

 俺はその間…そうだな、準備でもしておこうか。」



護衛卿ノーブルエスコートを消すための。

仮面の魔術師は不気味に微笑み、魔方陣を発動させた。



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