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小さな王の物語  作者:
第2章 白い仮面と闇魔術
12/16

約束


全ての準備を整えたトールたちは一晩休むと、

次の日の朝早い時間、まだ霧が立ち込めているぐらいに

出発することになった。家の前に見送りとしてノノルとココラ、オノモルドが立つ。



「地図は渡したからね。何かあっても あまり無茶してはいけないよ。

 あんた達は 陛下を守る高貴な護衛ノーブルエスコートなんだから。」


「無事に帰ってくることを祈ってます。革命軍を押さえ込んだら、

 すぐにガロンゾフへ使いを送るので…頑張って下さい。」



オノモルドとココラが それぞれ見送りの言葉を三人に向けて言う。

最後に残ったノノルは それまで伏せていた視線をゆっくり下から上に上げると、

それぞれの顔を見ながら口を開いた。



「みんなが帰ってくるのを、待ってます。

 ウォルデラの王として また一人の人間として。」



ノノルの気品あふれる話し方に トール達の背筋が正しくなる。

そして、三人そろって礼をした。



「じゃあな、ノノル。」


「行ってくる。」


「陛下のために一仕事してきますネ。」



チシャはステッキを こつこつとつき。

トールは霧の中に紛れるようにしながら。

ガロンゾフの方向へ歩いて行く。



ラウルは―――



「おっさん…?」



突然 霧の中に現れたジンハートに驚いて目を見開いた。

顔は痩せこけているが 確かにジンハートだ。



「ラウル…約束してくれ。」



ジンハートの声は 洞窟の中で話すかのような、

どこか不思議な響きを帯びていた。



「相手が どんな奴であろうとも、矢を放つことを

 躊躇しちゃなんねぇって。お前は…俺みたいになるな。

 迷って、後悔するのはらしくねぇ。本当に大切なものだけを見極めて

 その為だけに矢を射るんだ。」



約束してくれ、と もう一度言うジンハート。

ラウルは 右手につけている皮手袋を見つめると

それを ぎゅっ、と握ってこぶしにした。

そして霧の中に佇むジンハートに向かってこぶしを突き出し、

強く頷いてみせる。



「ああ、約束するよ おっさん。

 絶対に躊躇うものか。どんな敵であってもな。」



ジンハートは 静かに微笑むと、安心したように

背中を向け 霧の中へと消えていった。


----------------------------


木の上から 三人の旅立ちを見つめている影があった。

完全に気配を絶っているので 気付かれることは無いだろう。



「あれぇ。姫は行かないんだ。」



影は 心配そうに三人の背中を見送っているノノルに首を傾げた。

顔を覆っている白い仮面が右側に少しずれる。

深い、紫色の瞳がちらりと覗いた。



「計画失敗だねぇ。もっと煽っとけばよかったよ。

 まあ、姫が来ないつもりでも 無理やりに来させるまでなんだけど。」



その影は 寄りかかっていた樹の幹から背中を離し、

黒マントの中から片手を出すと 呪文を唱えた。

黒い魔方陣が 影の足元に浮かび、怪しい光を放つ。

そして 指の先から 細いクモの糸のようなものが出てきた。

その糸の向かう先は…



「姫、あなたは本当に 俺の存在を忘れてしまったのですか。」



ぽつり、と呟いた言葉は誰に聞かれることもなく。

影――…仮面の魔術師は 指を動かし始めた。



----------------------------


「あー…そのさ ガロンゾフにあるスクレット遺跡ってよー。

 着くまでどんくらい時間 掛かるんだ?」



カルティストの城門を抜け、森の先にある川を

下流に向かって歩きながら三人は進む。



「そうだな。まあ、ウォルデラから ガロンゾフに行くよりは近いだろう。」



トールの答えにラウルは ふーん、と返す。

さっきの仕返し、と言わんばかりに重い荷物を

持つことをトールから命じられたチシャだったが、

魔法をこっそりと使っていたので 涼しげな表情だった。



「仮面の魔術師の目的は何なんでしょうネー。」



川沿いから 木の生い茂る森へと入り、

毒々しい色をした植物を ひょいっ、と避けながら呟くチシャ。



「分からんが…とにかく戦争にだけはならないよう、注意する必要があるな。

 ガロンゾフとの戦争は 犠牲者を多く出す。」



ガロンゾフは 国力も戦力も大幅にウォルデラを上回っている。

それでも数年前の戦争に勝つことが出来たのは 高貴な護衛ノーブルエスコートの活躍と、

ノノルの父 デイリバーの策略があったからだ。



「ワタシ、ガロンゾフの魔術師達は嫌いです。

 礼儀ってものが無いんですよ。まったく。魔法をただの道具としか

 見ていないんデス!魔法とは芸術!世界に散らばる神秘!

 繊細で、ミステリアスで、追い求めても追い求めても 捕まえる

 ことのできない陽炎のような真理…それを便利で人を征服するためだけに

 酷使するなんて……もう!ワタシの美学に反しマス!」



トールとラウルは引いていたが、お構いなしに話す内にどんどんと

ヒートアップし、ついには むん!と 怒ったように ステッキで地面を叩くチシャ。



その瞬間、



ドーン、と轟音と共に地面が揺れ 木に止まっていた鳥が

一斉に飛び立っていった。近くにあった木々が数本 衝撃でメキメキと倒れる。



トールとラウルが 無言でチシャを振り返った。



「いえ、今のは ワタシのせいじゃ無いですヨ。」



----------------------------


家の中に戻り 一息ついたノノル。首に下げてある

魔法石ソルセリーピエトラを 手の中で転がしてみた。



(せっかく魔法が使えるようになったのにな。お荷物じゃなくて、

 ただ助けられる存在じゃなくて、一緒に戦う仲間として…

 みんなを守る王として 着いて行きたかった。父のように。)



そのままテーブルに両腕を乗せ 顔をうずめる。

また、無力な存在になってしまった。

ココラとオノモルドは キッチンで何か料理しているようだった。

二人の話し声と バター、野菜の甘いかおり。

ミルクの優しいにおいが ノノルの鼻をくすぐる。



きっと、野菜たっぷりのクリームシチューだ。



しばらくして ノノルのことをオノモルドが呼んだ。

伏せていた顔を上げ ノノルが はい、と返事をする。



「陛下、ちょっと手伝ってくれるかい?ジンハートに 

 料理を運んでいって欲しいんだ。さすがに二日も何も食べないようじゃ、

 いくら筋肉バカのアイツでも 体が弱るからね。頼むよ。」



オノモルドが持ってきたのは 予想通り 湯気のたつ

あたたかいクリームシチューだった。おぼんの上に乗せられている。

ココラも 水差しとコップを持って オノモルドの後ろに立っていた。



「分かりました。行こう、ココラ。」


「はい。」



ノノルはおぼんを受け取ると 二階への階段を登り始めた。

ジンハートと話す、いい機会だと思った。ラウルとの約束も 守ることが出来る。

部屋のドアをノックすると 中からしわがれた声が入ってくれ、と言った。

ドアを開ける。



真っ暗だった。カーテンが締め切られ 部屋には灯りが無い。

ジンハートは 毛布を体に巻きつけていて、床に座り込み 

虚ろな表情で二人を迎えた。その異様な様子に少し氣圧されながらも、

ココラと頷き合うと 一歩部屋へ入る。



「あの、ジンハートさん。ご飯食べないと体を壊すと、オノモルド博士が

 心配していらっしゃいました。少しだけでもいいんで 食べて下さい。」



ノノルがジンハートの傍に近寄り、膝をついておぼんを床に置いた。

添えられていた木のスプーンを手に取り、ジンハートに渡そうとする。



「はい、どうぞ――。」



その途端。



ジンハートの目が ぎょろり、と動いた。

それと同時に 毛布の中から大量の闇があふれ出し、

ノノルとジンハートを一瞬にして、飲み込む。




闇に 深く 堕ちていく 感覚。




「ノノルっ!?」



ココラの叫ぶ声が ノノルの薄れていく意識の中で

さざ波のように響いた。


------------------------



トール達の目の前に 木々を薙ぎ倒しながら現れたのは 

褐色と黄色が混ざった 毒々しいウロコを持つ、巨大な大蛇だった。

ちろちろ、と真っ赤な舌を出し入れし 瞳孔をカッと見開いて

呆気にとられている三人を 刃物を研ぐような音を出しながら威嚇する。



「ほら、ワタシのせいじゃ無かったでしょう。さすがのワタシでも

 イライラしただけですぐに魔法を使うなんてことはしません。

 サンコラル卿とフィンガント卿は 謝って下さいヨ。プンプン。」


「なっ…何で魔獣が ここにいんだよ!」



チシャの言葉を完全に無視し 素早く弓を張って、矢を抜くラウル。



魔法のかかった森に生息したり 魔術師によって召喚されたりする、

普通の大きさではない生き物のことを 魔獣と呼ぶ。

倒すのに なかなか骨のいる相手であった。



「来るぞ!」



トールの声と共に 魔獣の尾が、急に鞭のようにしなった。

ラウルは木の上に飛び上がり、枝に掴まってそれを避ける。



「くっそー…ガロンゾフまで まだあるってのに…。」



ひとまず矢を口にくわえ、片手で器用に枝の上へと

飛び乗ると ラウルはにやり、と笑った。



「邪魔するってんなら、手加減しねーぞっ!」



ラウルが正確に放った矢は 魔獣の片目を塞ぐ。

猛るような咆哮を上げ、痛みに大きく尾や頭を振って

暴れだした魔獣を避けながら、下で戦っているトールが文句を言った。



「ラウル!あまり暴れさせるな。動きを止めろ。」


「分かってる!」



もう一発 矢を魔獣の目に放って視界を奪ったラウルは、

隣の木に飛び移りながら あることに気付いた。



そういえば、チシャがいない。



「はーい ここですヨー。」



そんなラウルに答えるように、頭上でチシャの声が聞した。

シルクハットに手を乗せて 空中に浮かんでいる。

その場所は ちょうど、魔獣の真上だった。



「お前っ…まさか…!」


「早々にケリを着けます。下にいるサンコラル卿は 避けて下さいネー。

 あっ フィンガント卿もお気をつけて。」

 

「おい!ちょっ……やめろーーー!!!!」



下からの抗議と非難の言葉はウインクで返し、

白い手袋をつけて 両手を合わしたチシャは呪文を唱える。

黒い魔方陣が現れた。



「行きまス。」



ずおっ、と周りの全てを飲み込むかのような、

魔法で作り出した巨大な闇の塊を持ったまま、

チシャは 真下にいる魔獣目がけて



突っ込んだ。



------------------------



魔獣とその一帯の木々を 闇の中に巻き込んで消滅させた後、

チシャは ふわり、と地面に降り立つと シルクハットを傾けて空を見上げた。



「いやはや 一仕事終えましタ。」



その顔は実に晴れやかである。



「おい、もう少しで当たるとこだったぞ!」



ふー、とやりとげた顔をしているチシャに向かって

間一髪 先ほどの攻撃を逃れたトールが ずかずかと歩み寄った。

腕を組んで自分を睨む彼に、仲間を信頼してこその攻撃ですヨー と

チシャは手をフリフリ弁解している。ラウルも 木から降りてきた。



「危ねーとこだったな。まっさかこんなとこに

 魔獣が出るとは思わなかったぜ。」


「この辺りに出る魔獣ではないからな。誰かが仕掛けたに違いない。」



眉をしかめながら 剣を鞘にしまうトール。

それを見ていたラウルが、突然 大きく目を開いた。

トールの腰に下がっている鞘に飛びつき、慌てて表へ向ける。



「なっ、何だ!?」


「トール!おい、これっ!見ろよ!

 金鷲が…金鷲が光ってる…。」



ラウルが掴んだ 剣をしまうための鞘。

そこに彫られている、ウォルデラ国高貴な護衛ノーブルエスコート

証である金鷲が 赤い光に覆われていたのだ。

ラウルの弓にある金鷲も、チシャのステッキに彫られている金鷲も。



異様なほどの 真っ赤な光を放っていた。




「この色は 非常にまずいですネ…。」



彼には珍しく 焦りを滲ませながらチシャが唇を噛む。



高貴な護衛ノーブルエスコートの証である金鷲が輝くとき――



それは、



「ノノルが、危ない。」



陛下の、ノノルの身に危機が迫った時。



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